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「子供まで敵を憎いって仕向けるのが一つの教育」 、86歳が語る戦争とは。(後編)


「どうして日中戦争は始まったのか?その反省は生かされているのか?」、もう一度振り返りたいと、上さまが朝日新聞のとある社説とお父さんの出征資料を持ってきてくれました。日中戦争のいきさつ、戦時中の暮らし、終戦してみんながホッとした話など、80年前の戦争記録写真帳を見ながらリアルな話を聞かせてもらいました。

MONOGATARI KAIGI @DAIKON no KAI
#56GIJIROKU

モノガタリテラー

だいこんの会 
ガチな美術マスター 上さま(85歳)
江戸っ子オーガナイザー かとちゃん(78歳)
言葉のファンタジスタ スーさん(80歳) 
精巧な折り紙職人 ぐっさん(77歳)

ナビゲーター

元ギャルバン娘 まるこ(38歳)

アシスタント

知ってることだけ知ってる Siri(8歳)

でも面白いんだな、教育されてるから負けたっていう悔しさがあるんだねぇ。



まるこ 
あの、わたしすみません。ぜんぜん、歴史の勉強を疎かに育ってきてしまって、わかってないんですけど。

上さま 
みんなそうよ。

まるこ 
例えばですね、その、日本だったらアメリカとかに空襲とか原爆とか、落とされて被害にあってるわけじゃないですか。

でも、日本は負けてからアメリカに対して、恨みつらみをずっと言ってはないじゃないですか。いやこの間、しろさんがおっしゃっていた、「アメリカが沖縄を占領していたけれども、以外と悪いことばかりじゃなくて、教育とかに力を入れてくれてた。戦争はしちゃったけれども、あとのフォローしてくれてた」みたいなのがあったから、日本はアメリカに恨みつらみを言ってないのかな?って。

スーさん 
あれね、ほんと不思議なの。負けた時から、翌日からアメリカ好きになるの。ふっふっふっ。

まるこ 
それ・・・・複雑すぎます。

上さま 
白人にコンプレックスがあるんだよ、コンプレックスを感じてるわけ。で、それから、「戦争に負けたんだ」っていう。こっちは敗北者じゃない?

まるこ 
なるほど。

スーさん 
素直になれちゃう。不思議だよね、昨日までね、

ぐっさん 
鬼畜米英ってね。

スーさん 
やってたのがさ。

まるこ 
でも、戦争に負けた翌日から。「コロッと」って言葉はよくないですけど。

スーさん 
反乱とか起きなかったの。

まるこ 
それって、心のどこかで、

スーさん 
「良かったー!」って思ったのよ。

ぐっさん 
「もう戦争はやめてくれ」って思ってたんだろうね。

スーさん 
そうそうそう。言わなかったけど。

ぐっさん 
言わなかったけどね。

上さま 
いや〜、ホッとしたよ。

スーさん 
はっはっはっ。

上さま 
でも、面白いんだなぁ。教育されてるから、負けたっていう悔しさがあるんだねえ。

アメリカ、イギリス、「米英」が敵だから、それをみんな、酷い顔してたり、撃滅したりした漫画とかいっぱい出ててさ。そういう中で育てられてさ。

戦争が終わってホッとしてたのはね、8月15日になった翌日から。こんな静かな夜はないって。

まるこ 
ああ。

上さま 
14日までは毎晩だから。高射砲と爆撃の音とで、東京は騒然としてた。

スーさん 
だからさ、夕食くらいに必ず「ブーーーン」って、飛行機が飛んで来る。そうすると、サイレンが、空襲警報とか鳴るわけ。ご飯も途中でね、止めて。みんなで防空壕行ったりした。

上さま 
で、みんな「防空壕掘ったって、上から落ちりゃあ、お終いじゃないか」と思ってたの。

スーさん 
はっはっはっ。

上さま 
だけど考えたら、あれ、爆風を防ぐんだね。

一同 
ああ〜。

上さま 
だから、炸裂する爆風を防ぐために、どこの家でも防空壕入って。火が被っても低いとこにいたから。

子供ながら防空壕ってのはね、「もっと深く掘ってさ、穴の中に入らなきゃ」って思ってたけど、実際そんなこと簡単にできないから。

で、ある家では蓋をするわけね、掘った上から、土被せたりして。そういう風にしてる家も随分あったよ。

かとちゃん 
わたしもね、それだけは覚えてる。ようするに、一軒のうちの庭、そこに防空壕掘って、入り口2つ造ってって。警報が鳴ると電気消して、そこ行ってみんな潜り込んだの。そして、結構広いっていうか、隣近所の人も入ってきた。

上さま
じゃあ相当(大きな)、共同で作ったのかもしれないね。

かとちゃん 
その辺は小さいから定かじゃないけど。

スーさん 
町内会で造ったの、空いてる土地に。それは個人で造ったのと規模が違うんですよ。職人が造ったって感じで、階段を降りて行くの。

まるこ 
すごい。

上さま 
そんなの、よっぽどの余裕のあるとこじゃないと。みんな穴だけ掘って、穴の上に被せて逃げる人がほとんど。それで、この辺でも助かった人が随分いると思うけど。

なぜかっていうと、火が落ちてくるからね。焼夷弾っていって、爆弾じゃなくて火がついたのが落っこってくるから。
それで今度、破片が落っこちてくるでしょ、炸裂した爆弾の破片が。それを被らないようにして、防空頭巾っていってね、ようするに布団を被ってさ。

かとちゃん 
防災頭巾ね。

上さま 
布団みたいのを、こういう風にやって。

かとちゃん 
頭から被ってね。

上さま 
今のさ、ヘルメットと同じ。学校行く時、必ずそれを俺たちはぶら下げて行って、なんかあるっていうと被る。で、いざって時は水かけたりなんかするんだけど。

それは知らないでしょ?

スーさん 
知ってる。

まるこ 
わたしも小学校のころは、地震対策で、防災頭巾。

スーさん 
似たようなもんだけど、みんなね。

まるこ 
昭和ですから。

一同 
(笑)

かとちゃん 
簡単に言うと、座布団。

スーさん 
いろいろお洒落してね、ヒダが付いてたりね。

上さま 
それでね、サイレンってどういうのかわかる?

スーさん 
「ウォーーーン」って、言うんでしょ?

上さま 
あのねえ、「警戒警報」って最初言うんだよ。約束事でさ。

スーさん 
うん。

上さま 
鳴り方が2種類あって、「ウーーー、ウーーー」っていうのは警戒警報。で、今度はね、爆撃が始まるとね、「ゥウゥッ、ゥウゥッ、ゥウゥッ、」って、短いの。

まるこ
あ、変わるんですか。

スーさん 
あぁ〜。

上さま 
で、そうなったら気まで焦るよね。逃げ惑うわけだ、防空壕の中へ。

で、高射砲がバンバン鳴ってて、届かないのに。

日本の高射砲なんて、うちの近くにあったのなんて3000メートルくらいしか届かないんですよ。で、B21っていうのは6000メートルか10000メートル上だから。だから、飛行機が飛んでたって、届かないで炸裂するから、破片だけ落ちてくる。

それでも久が原にB29が落こったっていうんだから、どうやって落としたのか、久が原の呑川の縁に落ちたってね。

かとちゃん 
この辺に落ちたって話、聞いたことある。

上さま 
みんな竹槍持って行ってさ。

み戦争だから鉄砲がないわけで、金物はぜんぶ、軍艦だとか兵器になっちゃって。だから、しょうがないから竹槍でね。

まるこ 
あ、竹槍って、ほんとに刃先も竹ってことですか?

上さま 
竹だよ、竹の先を切って。女学校でやる、あの薙刀みたいなのにして。

で、みんな女、子供が習うわけ、男はみんな兵隊に行っちゃうから。それで、銃を守るっていうので、われわれ子供と女性は銃後(じゅう)って言ったね。

スーさん 
銃の後ろだから、家族のことね。

上さま 
それで竹槍を、こうやって(笑)!

スーさん 
(笑)

上さま 
練習するんだよ、町会で。あのころ隣組っていうの、作らされてね。

かとちゃん
あ、隣組ね。

上さま
♪「とんとん とんからりと 隣組〜っ」てね。ははは。

かとちゃん 
ラジオで放送が。

上さま 
昭和16年だか17年にできたの。それで、隣組は仲良くするんじゃなくて(笑)。

まるこ 
なんか響は可愛いいですけどね(笑)。

上さま ぐっさん
(笑)

上さま
みんなモンペ履いたお母さんたちがズラズラズラって、バケツ持ってね、並ばされるわけよ。

そこにさ、昔の兵隊だった旧軍人が来て、命令するわけよ。そういう風にこの辺もやってたよ。

まるこ 
ようは、なにか起きた時に、地域の人たちと連携プレーですぐに消火活動できるように?

上さま 
そう。水をバケツに入れて渡して、それで上へハシゴかけて消す練習をするの。まあ、原始的だよね、江戸時代と変わんないよね。

スーさん 
ふふ。

まるこ 
でも、お水っていうのは、その時は水道って出てたんですか?

上さま 
水道っていうか井戸。

かとちゃん 
用水。あの、水を溜める、

スーさん 
桶があったんだよね。

かとちゃん 
そうそう、防火。

かとちゃん スーさん 
防火用水。

スーさん 
うん、赤で書いてある。

まるこ 
街の中に点々と?

上さま 
うん、特に商店は全部なくちゃいけないの。だから、そこに魚を入れたりなんかしててさ。僕は子供だから、そこの魚盗んじゃあ、洗足池行って流したりしてたけどね。

一同 
(笑)

上さま 
どこの商店でもみんなあったよ。準備させられてたの。

まるこ 
それは戦争が始まってから??

上さま 
いわゆる、太平洋戦争が始まって、昭和16年以降の話。

まるこ 
なるほどー。

上さま 
でも、太平洋戦争は昭和16年の12月に始まったけど、次の1月2月はさ、勝って勝って勝ち進んでたから。

勝ちゃあ、提灯行列して、「香港が陥落したぁ!」「シンガポールが陥落したぁ!」って、そういう状況だったからね。

あの勝ち戦の時の雰囲気はすごかったよ。

まるこ 
日本って、強かったってことですか?

上さま 
強いっていうかさ、「命を捧げろ」っていう教育。

教育勅語でも、自分の家のためじゃなくて天皇、「神の天皇陛下のために生きてください」って。「天皇陛下のために戦争に行って戦ってください」って。

自分のためじゃない、そういう精神でわれわれは生きてきたから、すごい時代だよね。

ぐっさん 
そういう教育されてたんだよね。だから、戦場でも捕虜になっちゃいけないって。

まるこ 
捕虜になるくらいだったら、自害?

ぐっさん 
そういうことだね。

人命をね、当時、日本ちゅうのは軽視してたんだよ。もう、道具みたいに使ってたよね、兵隊を。

だから、インパール作戦ちゅうて、インドのビルマの国境なんかのとこでさ、たくさんの兵隊が逃げ惑ったわけよ。ただただ、降伏して捕虜になるんなら、あとから食料とかなんにも来ないのに、自決するか逃げるか、そういうことを強いたわけだよね。

あの硫黄島なんかもそうなんですよね。

「硫黄島の砂」って、有名な映画なんだけど、硫黄島で2万人くらいの兵士が、少しでも本土への米軍の襲撃が遅くなるんだったら、自分たちが命を落として少しでも阻止しようっちゅう。

そういう教育をされていたわけ。

上さま 
あのねえ、太平洋ってのは島がいっぱいあるんだよね。日本はカロリン諸島って言って、大体そうだなあ、7、800キロくらいのオーストラリアとハワイの間ぐらいの、その辺のところ全部、日本の領土だったの。

不思議でしょ?なんで日本の領土だと思う?

日本が占領したはずないのに。それはね、第1次対戦でドイツが持ってたんだね。

ぐっさん 
ドイツが持ってたね。

上さま
それがね、日本は一緒に参戦しただけなんだけど、大して戦わないけど、一応戦勝国として、全部日本の領土になっちゃたの。

ニューギニアの近くまで、ずーっと島が、いーっぱいあるよ。

まるこ
同盟国だったからって、ことですか?

上さま 
そう、一応勝った国の中に入ってたから。

で、日本のその時の世界の地位ってのは、武力があったから、戦勝国の中でも同等以上の地位にあって。東洋じゃ日本だけだけどね。

あの辺の島に軍港だとか、その前に日本の資本がいろいろ降りてて、農産物とかいろいろな物を生産したりして。

例えばね、鳥がいっぱい住んでたところで、鳥の糞を使ってリン酸の肥料作って、世界中に出したり、そういうこともあったんですよ。

・ ・ ・

子供まで、「敵の将軍の奥さん憎い」って言わせるようなムードに持っててるんだからね。



上さま 
8月末のNHKの日曜美術館で、「知られざる従軍画家」っていう特集があって、「小早川秋聲(こばやかわしゅうせい)っていう人の、戦争を描いた絵をやったんだけどね。

その人は、家族画を書くような、そういう平和な人だったんだけど、結局、銃を持つか筆を持つかで。

「筆を持って戦争を普及、啓蒙する絵を描くか、それが嫌だったら銃を持って一緒に兵隊になって戦え」って。

だから、この時代、画家の場合は銃か筆かどっちか選ばなきゃいけなくて、ふつう、筆を持つよね。

まるこ 
戦争の絵を描いた方って、戦争が終わったあとって、戦犯になったり?

スーさん 
コロッと美人描き出したりするんだよ。ははっ。

まるこ 
(笑)

上さま
美人画もさ、その時に描いたっていいんだけど(笑)。軍服着てりゃあいいの、そういう感じ。

スーさん 
ふふ。

まるこ
なるほど(笑)。

上さま 
この小早川秋聲っていうのは、昭和11年か2年くらいに中国に渡って。揚子江とか南京爆撃とか書いてるんだけれども。その時ね、この人の場合は、満州の一番北部にあった、墓標を描いてるんですよ。誰か、戦争で亡くなった人を。なんとも悲しい、ね、絵を。ようするに、今で言う、写真だよ、記録写真。

スーさん 
カラーがなかったからね。

上さま
それで戦争の夜ね、銃をみんな立てて寝るわけですよ。盗まれるとかいろいろ、わけはあるんだけれど。

まるこ 
兵隊さんのを??

上さま 
野営するわけ。そういう野営した絵とかドラム缶風呂入ってる絵だとか、この人はどっちかっていうと、そういうの描いてるんだけどね。

でも、一番われわれとして思い出すのは、「千人針」。知ってる?

スーさん 
知ってる。

まるこ 
いえ。

上さま 
やっぱ時代が違うんだ。

スーさん 
縫ってね、出征する人へ。

かとちゃん 
そう。出征する人のために、千人の人にやってもらうの、布に。

上さま 
赤い糸で。

まるこ
無事に帰ってきてください、みたいな?

上さま 
それで、日の丸のさ、ひとつの旗に周りに書いていくわけよ。「武運長久」とか「家内安全」とか、いろいろ。戦争に勝つためのことを書いて。

まるこ 
文字を縫うんですか?

上さま 
いや、文字は書くのよ、筆やなんかでね。で、そこに千人針で。ようするにひとつの祈りを込めて。

もらった人は、今度は丸めて風呂敷みたいにして、しょったり巻いたりして、そういうのを描いた絵だとか。

それをね、戦争中に情報として伝えるのに絵葉書にするっていう。太平洋戦争が始まってからは、「戦争記録を取る」っていう制度を国がつくって、陸軍から書けという命令で描いたわけ。そこで一番先頭いったのは「藤田嗣治」。

まるこ
あの独特の髪型されている方ですか?

上さま 
まあ。

ぐっさん 
フランスかどっかに行って。

上さま
フランスに何回も行って、フランスから帰れなくなっちゃったんだよね。

で、一番ハッキリした、「アッツ島玉砕」っていう絵を描いてさ。

「アッツ島」っていうのはさ、千島の先にあるアリューシャン列島って北のほうにある、ひとつの要所なんだけど。

そこで敵から攻撃されて、2000人かな?日本人が死守して。でも、日本からなんにも供給できないから、全滅するわけ。そういうのを玉砕っていうんだよ、全滅のことを。

「アッツ島玉砕」は、今でも近代美術館に、常設展にしてる。

一同 
うんうん。

上さま
藤田嗣治は、そういう絵をいっぱい描いてたんだけど、それから、日本はシンガポールを取るわけよ。

香港とシンガポールっていうのはさ、東洋の一番貿易港の要点だから。それで、シンガポール陥落した時に、向こうのパージバルっていうトップの人と、山下っていう日本の総司令官の太ったやつが交渉してね。

俺たち随分、その映像何回も見させられた。

降伏させられてるパージバルっていうのは、宮本三郎っていう人の絵で有名だよ。

まるこ 
わたし、すごく不思議に思うのが、終戦記念日が近くなると、テレビとかで話題は出るじゃないですか。だけど時期が過ぎたら、やらなくなっちゃうじゃないですか。で、自分の学生時代を振り返ると、近代史っていうのがすごく短いなあって。

ぐっさん
軽視されてるよね。だから、なるべくそういう知識を入れないようにしてんじゃない?

まるこ 
それがすごく不思議だなあと思っていて。例えば、お隣の韓国なんて近代史をちゃんと教えてるじゃないですか。だから若い人たちでも、日本がどういうことしただとか、詳しいし。

スーさん 
韓国はね、書物がない。

まるこ 
書物がない?

スーさん 
そういう国なの。韓国内で部族が勝つでしょ?

上さま 
うん。

スーさん 
勝った人がね、過去を消していくんですよ。

まるこ 
そういう文化なんですか?

スーさん 
そう、そういう文化なの。

まるこ 
なんか不思議な文化ですね。

スーさん 
過去のことは真っ白にしちゃって。で、俺がやるんだっていう。だけど日本って細かいからさ、文学が盛んだったから、きちんと記録があるんだよ。

上さま 
今言ったように、歴史的にそういうことをキチンと、事実あったことをさ、伝えていくのが歴史の一つの大きな役割だよね。どこの国でもね。

まるこ 
そうですね。

上さま
日本は逃げてるんだよね。

ぐっさん 
やっぱ、過去のことに学んでいかないと。

日本は戦争が終わる間際に、戦争中の記録とか、ああいうの、みんな焼き捨てたわけでしょ。進駐軍がくる前に証拠となる前にぜんぶ焼き捨てて。

それがまた同じようなことが今に始まってるじゃない。公文書を無くしたとか、まあ、実際はあるんだろうけど。で、それを改ざんしたり平気でやってるわけでしょ。

上さま 
あのころのムードって、ここにもあるけど、結局ね、蒋介石やその奥さん、宋美齢が憎いだとか、そういう風な単純な人たちもいたってことなんだよね。

まるこ 
わたしも、今、これ読んでて、「人ってすごい流されやすいなー」なんて思ってたんですけど。

でも、今も昔も流されやすい人が多いと思っていて、わたし自身も流されやすい方だと自覚はしてるので、それは気をつけないといけないなと。これって、日本人の気質なんですかね?流されやすいのって。

上さま 
いや、そんなことなくて。教育というのはさ、そういう風に仕向けるのが一つのやり方でもって。

子供まで、「敵の将軍の奥さん憎い」って言わせるようなムードに持っててるんだからね。

ただね、今じゃ考えられないと思うけど、軍国主義の時代でしょ、僕ら。もう、とにかく、一方的な権力の中にいたから。

全部権力に抑えられて、みんなもその中に閉じ込められながら小っちゃくなって、自分の言葉は発言できない中で、ずーーっと当たり前で育ってきてる。戦争に負けるまでは。

負けたことによってね、いっぺんに解放されたことになるから、一流国が三流国になったって。

スーさん 
明るくなったの、国中。

まるこ 
人々が?

スーさん 
うん。

まるこ 
やっぱり、みんなホッとしたっていう。

スーさん 
そうそうそう(笑)。

ぐっさん 
みんな我慢してたんだよね。

スーさん 
明日から、飛行機飛んでこなくなるから(笑)。

まるこ 
空襲って、だいたい夜なんですか?

スーさん 
夜。晴れた夜でね、川筋に登ってくるの。だから、ここも呑川沿いに上がってくる。目視でくるから、レーダーじゃなくて。

上さま 
昼間はね、艦載機。グラマンとかね、カーチスとかね。それで人間狙うんだけど、機銃掃射だから、上からこう、飛行機でもって、ね。

まるこ 
昼も、昼で来るんですか?

上さま 
だって夜は見えないじゃない、人間が。

まるこ 
じゃあ、昼と夜とでは目的が違うってことですか?夜は街を焼いて、昼は人を。

上さま 
昼間はよく見えるから。もう犬や猫だって狙うんだから。

まるこ 
わりと低い高度で飛んでたんですか?

上さま 
うん、すぐ近くだったよ。

まるこ 
それは恐い。

上さま 
で、禁じられた遊びって、

まるこ 
ギターのですか?

上さま 
いや、映画(笑)。

まるこ 
あ、すみません(笑)。

ぐっさん 
あの映画、飛行機が列車や人間に向かって低空飛行できて、ババババって。

スーさん 
それは、スペインかなんかの映画だろ?

上さま 
あれはフランスかな?どこだったかな?たしかヨーロッパだけど。

スーさん 
ヨーロッパですね。

上さま
ようするにさ、戦争中だから親子でいるところ、親が背中を撃ち抜かれちゃうわけよ、機銃掃射で。

子供だから影にいて助かって。

それで親が死んじゃってるのに、フラフラ出ていって、こんな3つ4つの女の子が。それが主役になっていく映画。

日本地域は特にね、海岸。茨城とか群馬のほうには、信州とか山梨とかにはあんま来なかったと思うな。

まるこ 
やっぱ海とか川とか。

上さま 
艦載機だから。艦載機ってのは軍艦が、

ぐっさん
空母。

上さま 
航空母艦があって、そっから艦載機ってのは飛び立ってきて。

それはもう、僕はその時東京にいなかったけど、恐かったらしいよ。どっから来るか、わかんないらしい。早いからね。

ぐっさん 
でも本当は、戦争に関係しない市民とか、爆撃したり殺したりしちゃいけないんだよね。

ジュネーブ条約とかっちゅうのがあって、軍事工場とかは攻撃してもいいけれども、市民が住んでるとことかはね、空襲とか原爆とか、本当は国際上、違反なんですよ。

スーさん 
だって、原爆非難されない。

まるこ 
それって、他の国で起きてる戦争とかで、守ってる国って。

ぐっさん 
みんな守んないんだよね。

上さま 
だから、戦争になるんだよね。

まるこ 
すみません途中になってしまいますが、そろそろお時間になってしまいました。上さま、今日は貴重な資料を持ってきていただき、ありがとうございました。みなさま、今日は貴重なおはなしを、ありがとうございました!

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2019-10-23-WED
(おしまい)

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