ザ・タイム考察 その3

ザ・タイムの考察、その3、これが終われば次はライブ・レビューです。

モーリスのソロアルバムはやはりザ・タイムと比べると見劣りする。しかしファーストColor Of SuccessでのLove Signは彼の曲中屈指の踊れるファンクだし、セカンドDaydreamingのFishnetはやはりジャム&ルイスのプロデュースが冴え渡る代表曲でこの曲があっての名作Pandemoniumだったと思う。しかし92年の3枚目のモーリスのソロ・アルバムGuaranteedで露呈したことがある。それはニュージャックスイングのような時代性のある音楽も出来なくはないけど、マイケル・ジャクソンのように颯爽と時代に乗るタイプではない、だからザ・タイムのフロントマンとしてのモーリスこそが一番だ、ということだ。モーリスは歌い手として優秀であり、パフォーマーとして絶品だが、ザ・タイムというフロントマンとしてこそ輝くということが再認識された。そしてソングライターとしての彼を一番引き出せるのはプリンス、そしてザ・タイムのメンバー達と思わされるのだ。

モーリスもそれを悟ったのか、95年、ジェシーとジャム&ルイスがいない状態で再結成したザ・タイム。後のNPGやキャンディ・ダルファーのバンドに参加するチャンス・ハワードが当時キーボードであった。プリンスの作曲したザ・タイムの楽曲、そしてジャム・ルイスらと作ったモーリスのソロからのヒット曲、これらで構成されたステージはハプニングは少なく、新曲が試されるようなものではなかったが、それでも名曲をお家芸の如く繰り出すその手練手管、モーリスの素晴らしさを具現化した最高のコンサートが展開された。このラインナップを基本として現在までモーリス・デイとザ・タイムはステージを続けている。

しかし一度だけ例外があった。オリジナルセヴンでのオリジナルメンバー再結成だ。プリンスの横槍でザ・タイムという名前が使えなかった、確かにそれはあるが、寧ろ彼らはプリンスの庇護下から離れて、オリジナルの7人で最強のアルバムを作りたい、ということの方で、自信を持ってのリリースと僕は解釈したい。先にオリジナルセヴンがプリンスからの真の独立と書いたが、それは強く貫いた彼らの意思の結果なのだと僕は思っている。本当に僕はこのアルバムが大好きだし、ザ・タイムの全てのアルバムに匹敵するクオリティだと思っている。この時期のライブでは彼ら作曲の新曲#Trendin'がプレイされ、ジェシー・ジョンソンの楽曲もプレイされたりした。プリンスの庇護下ではあり得ない構成でのライブだった。このような形で来日をしてくれないかな、と夢想する間もなく(実際来日が企画されていたそうだ)、この夢のバンドは長くは続かず、ジェシーらは脱退、直ぐにモーリス・デイ&ザ・タイムに戻ってしまう。

ザ・タイムの名義でのライブはプリンスが作ったザ・タイムの楽曲を演奏するバンドでなくてはならない。Fishnetのようなモーリスのソロでの曲もプレイされているが、だから今のザ・タイムの正式名称はモーリス・デイ&ザ・タイムなのである。まあそんな細かい棲み分けはどうでもよいだろうが、ザ・タイムはモーリス・デイというボーカリストありきのバンドであることは僕の心に刻まれている。

まあ今回のザ・タイムの来日はこのような前知識で望んだ。実は僕は生のモーリス・デイ、そしてザ・タイムは初めてである。しかしジェリービーン・ジョンソンだけは一度ミネアポリスで弟子のマイホに連れられてライブを観たことがある。その時彼はギターを弾きダンクラをプレイしていたが、もちろん今回はドラムとして参加している。

ライブ・レビューにつづく。

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