2019年7月11日、ビルボード・ライブ・東京、ジェシー・ジョンソンのセカンド・ステージ、レビュー、その1

僕の記憶が正しければ、もっと練習しなくてはならないとWelcome 2 Americaツアー辺りで常にギターを弾き捲ってステージを展開していたプリンスがいたと思う。ピアノ一つでツアーなんて出来るのと心配させておいて、いざそのツアーが始まったら、プリンスが最初に触れ、そして一番上手になった楽器がそのピアノだったことを思い出させてくれもした。

ディアンジェロのバンドにジェシー・ジョンソンを迎えた時、プリンスは当然無理だから代わりにジェシーなんだろう、と僕は邪推した。結構ジェシーは頑固だから上手くやっていけるかなあ、と一方で心配もした。結果ディアンジェロはジェシーを敬い彼に自由に表現できるスペースと時間を提供したことでジェシーのギタープレイは再評価、絶賛された。またジェシーから練習中のギターを学び感じ取ることでディアンジェロ自身も技術と音楽センスが向上した。ウィン・ウィンの関係となったのだ。

静寂から拍手。僕の前を3人のメンバーが通り過ぎる。その後、長くコートのようなワイン色のジャケットに斜に被った帽子、つまりきちんとしたステージ衣装で乱れが一切ないジェシー・ジョンソンがススっと静かにステージへと歩いていく。僕には無言で戦へと向かう侍のように毅然として見えた。ギラギラと箱内の照明に反射する彼のギターは吸いこまれそうなほど魅惑的で、正に切れ味抜群の日本刀のようだと。俄然そんなジェシーに釘付けになっていると、やがてタイムマシーンで逆戻りするかのようなキーボード音が鳴る。続けて期待感で溢れてしまいそうになるほどのドラムとベースのワサワサとしたアンサンブルが奏でられる。そこにスリリングなギター・カッティングがスルッと鰻のように入ってきて、オープニングに演奏されたのはLove Struckであった。A&Mの3部作、そのラストにして名盤Every Shade Of Loveのオープニング曲。スタジオ・バージョンよりも厚みのあるサウンドで、同じキーボードのリフでも、ライブで聴く方のがホーンセクションが吹いているかのように人間味がある。ジェシーだけでライブを展開するわけではない、バンドがいる、という当たり前の事実を冒頭から思い知らされる。古くから知るシュー・アン・カウエルはいないがそれと同等のコーラスがキーボードのバニー・ハーツにより行われ、ジェシーの歌い方もスタジオ・バージョンで聴けるように遜色がない。過ぎし時代を感じさせない、いまそこにあるそのままの彼らによる煌びやかなライブ・バージョン。それでいてスタジオ・バージョンよりギター・カッティングが冴え渡り、ヘビーメタルのファンが迷い込んで来てしまったとしても唸らせる程に芳醇なギターソロが増し増しにプレイされているから、結局80年代以上にハイパーとなったジェシー・ジョンソンもまたビルボード・ライブ・東京のステージにいることになる。最後はこれにて御仕舞いで候とブルージーなギターを奏で、ジェシーは丁寧に何度もありがとうを言って歓声に応えた。このオープニング一曲で分かったこと、それはジェシーは今も尚そしてこれからもずっと音楽の武者修行をし続けているということ。冒頭で感じた侍のイメージがまた僕の脳内を駆け抜けた。

ギターに向かって、これから暫く演奏が続くけど大丈夫かい?と大好きな犬をやさしく撫でながら尋ねるように爪弾くと、続くはBe Your Manのプレイとなった。ザ・タイムのメンバーを引き抜き結成したバンドでのファースト・アルバムJesse Johnson's Revueに一曲目として収録されている。ここでもスタジオ・バージョンとは異なるアレンジを魅せた。その違いは、歴然と形容したくなる位で、クールでかっこいいスタジオ・バージョンに比べて、肉感のあるファンクネスを武骨に感じさせるライブ・バージョンとなっているのだ。演奏者のジェシー自身は冷静なのに、である。どこかバッキングがプリンスのParty Upに似ているからそう思うのかもしれないが、こちらはじわじわと高揚して汗も流れ始める。一方ジェシーは淡々と君を愛したい、とベタな愛の言葉を唱えつつギターを時折触って音を鳴らす、だけだ。汗を流さず涼し気に演奏しているプリンスの姿がふと僕の脳裏にカットインする。プリンスのFeel U Upみたいなキーボードが煽るように流れ、ジェシーの曲を聴いているのか、プリンスの曲をカバーしているのか、だんだんわからなくなってきた。ただ観客を躍らせるためだけのBe Your Manというライブ演奏曲として収斂していく。そんな時間の経過中、唐突にControversyの演奏が切り込んで来る。本当に何があったのか分らないくらいに、突然殴られて暫く痛みに気が付かないでいる時みたいに、まるで出会った誰かと一瞬で恋に落ちた時のように。確かに少し前に僕はジェシーがプリンスの曲を演奏しているようには錯覚した。しかしそれはジェシーがプリンスに影響を受けているから仕方のないこと。楽曲にプリンシーなサウンドを感じて踊れることは快感の何ものでもない、そう思い始めた矢先にこれである。あからさまのControversyのカバー。それもプリンスのスタジオ・バージョンに似たアレンジで、バニーの声がプリンスのファルセットのボーカルと重なって聴こえる。つまりプリンスがライブでアレンジしたバージョンとはかなり異なっていることになる。ジェシーは自分の曲をプリンシーにアレンジしつつそこからメドレーで本当にプリンスの楽曲をジャストにカバー演奏している。一方プリンスはリズミカルとは何かという探求心で自身のギター技術を磨くべくControversyをWelcome 2 Americaツアー前後にこれでもかと演奏し続けた。ジェシーがキーボードのリフを補完するようなカッティングを入れるControversyのスタジオ・バージョンのアレンジに”今更”すり寄っている。ギターを前に出したプリンスの”進化系”ライブ・バージョンではなく、だ。もちろんジェシーはプリンスのライブ・バージョンを研究したりはしていない、だからオリジナルだけを聴きそして素直にカバーした。でもジェシーはギター侍だ。音楽神プリンスが追求したリズム・カッティングをジェシーもまた目指す、そんな図式の方が僕はしっくりと来る。そんな戸惑いを他所にジェシーが、In the jungle groove、jungle baseとジェームス・ブラウンの有名なコンピレーション・アルバムのタイトルを呟きつつ、Jungle Loveの演奏へとスイッチした。ジェシーがホホホアハハハとモーリスの掛け声を模倣する。Jungle Loveのリズム・トラックの作り手はジェシー、これはプリンスのファンならある程度知られていることだ。そしてモーリス・デイはもちろんプリンスも作曲に絡んでいるから当然のようにJungle Loveを演奏する。ザ・タイムはヒット曲だと絶対プレイするし、プリンスは08年ごろからThe BirdやThe Glamorous Life、A Love Bizarreといった他人提供曲のメドレー中に組み入れて演奏していた。しかし言わずもかなザ・タイムとプリンスはキーパーソンであるジェシー・ジョンソンを共に欠いている。一方ジェシー・ジョンソンの演奏はどうか。要の部分を作曲しているジェシーがプリンスのControversyの忠実なカバーの後にJungle Loveを演奏するのである。多少のリズムカッティングの変化、そして醍醐味のギター・ソロの部分でのジェシー印のフレージングの熟達さ。ジェシーはJungle Loveをちっとも進化させていない。ありのままのJungle Loveにちょっとスリリングさを隠し味程度にふりかけただけだ。モーリスもプリンスも、この巧妙な匙加減の演奏の前には平伏さないまでも、チッと舌打ち一つでもしてそうである。ジェシーはひけらかさないのだ。自身が絡んで一番ヒットした曲をアンコールで遂に演奏して大団円などとは微塵も考えていない。Be Your Man、Controversy、そしてJungle Loveのメドレーに通底するファンクネス。ジェシーはオリジナル曲へのこだわりやギター・プレイへの献身、そして名曲を担っているという自信、そういったちっぽけな驕りで演奏中のグルーブ感を壊したくなかったのだな、と思った。演奏が終わったと同じくらいにジェシーのその気高き気概を感じることが出来たので、僕は思わず一人でニンマリしてしまった。

つづく

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