外伝1st 黎明の騎士道篇 考察メモ
記念すべき外伝の1stストーリアは国イベ最初期に登場し、他のファンタジー者とは一味違うリーダー像を提示したライアンが主人公です。タイトルにある「黎明」とは夜明け、明け方という語義を持つ言葉です。そこから転じて物事の始まりという意味でも使われます。
メルスト世界の黎明
このイベストは王国1stなどの前日譚にあたり、ライアンが騎士団に入る前、自分の騎士としてのあり方を見出すきっかけとなった話です。彼にとって本エピソードは彼の騎士道の始まりであることに疑いはありませんが、同時にメルストの世界観にとってもひとつの始まりを告げるものでもあったと思うのです。
騎士団は(王直属の近衛騎士を除いて)王国各地での自警を担う組織であり、彼らが武力を振るう最大のターゲットはモンスターでした。ユーリアンが言うように、かつては「生き延びることだけにみんなが必死だった」時代であり、モンスターに常に生活を脅かされ、力なき多くの人は逃げ惑うしかありませんでした。騎士団が力を行使することによって秩序を守る...夜明け前の時代、そこに迷いの入り込む余地などなかったわけです。
しかし時代は変わります。癒術士の登場によってモンスターはただ恐れ敵対するだけの存在するだけではなくなり、癒やされたモンスターたちとの共存の試みすら始まります。この状況にあって騎士団の存在意義とは何なのか? 彼らが行使すべき力は何のために振るわれるべきなのか? 戦功のあるダレンやカイザーがかたや懊悩の日々を送り、かたや戦士としての全盛期に騎士団を退く決断をしたのは、この問いに向き合わざるを得なかったからなのかもしれません。
ライアンはこの時代に騎士がまだなお守るべきものがあると考えます。それは「心」です。心を守るために必要なのは力ではなく対話。そしてそれは人間だけではなくモンスターも例外ではありません。彼は騎士の象徴である剣を捨て、言葉の通じないロアともぺルルランダーとも対話に徹します。
だからライアンにとって、癒術士との共闘は極めて自然な選択肢だったはずです。逆に言うと、モンスターを「癒す」という根源的な概念を、剣を振るう側の立場から下支えする理解者がライアンだったのですね。もし騎士団が王国2ndでバーミュスを排除しようとしたような頑なな集団であり続けたならば、癒術士の活動は困難になっていたはずです。つまり彼がヒイロと志を共にし行動したことは、ユウくんたちの旅の大きな伏線になっています。その意味でもこのストーリーはメルストの世界観にとっての黎明でもあったわけです。
ライアンのレアリティ
ところでユニットとしての初期実装のライアンは騎士団にあってただひとり後衛職だし、性能もまあポンコツです。しかし彼が武器を握る必要など最初からなかったのです。武器を持たず盾で専衛に当たったときにレア度が最大になり、有能ユニットになるのはそのあらわれと言っていいでしょう。ただし、タフエン35でも耐え数が4.99という微妙さも彼らしい感じはします。
外伝?
最初はユウくんが出てこないから外伝扱いなのかなと思ったのですが、2ndでバッチリ登場したのでこの予測はハズレでした。
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