初めてnoteを書いてみる。

初めてnoteを書いてみる。
目的は特にない。けれど、強いて言うなら、私が現在考えていることを記録したい。5年後・10年後の自分が見た時に、今悩んでいるこのときを、意味があるものだったと感じるために。もし、この文章が同じようなことで悩んでいる方の目に触れることがあったなら、悩んでいるのは自分だけじゃないと思ってもらえるかもしれないが、それは副次的な結果であって、目的ではない。

ところで、私は文章を書くことが苦手だ。中学・高校の夏休みの作文の評価はCかDで、文章を書くことが嫌いになった。

それでも私が文章を書いてみようと思った理由は、悩んでいるからだ。何を悩んでいるかというと、

やりたいことがわからない。
これに尽きる。

なぜ私は悩むのか、そして悩みに対して何を考えたかを書いていこうと思う。
(短く簡潔に書けるかな。)

やりたいことがわからない。

悩み始めたのは、就職してしばらく経ってからのことだ。
学生時代は、部活動の試合、受験、学校のテストなど、常に何か目標があったように思う。何も考えなくても、周りが目標を設定してくれた。

「いい高校に入学したら、いい大学に入学したら、まあなんかあるだろう。」
「やりたいことはわからないけど、とりあえず就職すれば、まあなんかあるだろう。」

やりたいことが決まらない私は、大学4年で嫌々就職活動を始めた。

「一生懸命仕事して、その時に出会った人と結婚して、きっと子供が生まれて、よくわからないけどまあ幸せなんだろう。」こう思うようになった。
自分が何をしたいか、考えることに意味はなかった。

やっとのことで、内定をもらえた会社に入社した。
英語を勉強してきたので、英語を使うことができる仕事を選んだ。とても良い会社で、いろいろなことを学ばせていただくことができた。やりがいもあり、とても苦手なことでもなかった。
しかし、あるときに気がついた。

私にはもう目標がない。

急に虚しくなった。しかし周りを見渡すと、目標や夢がある人の方が少ないように見え、私は多数派だと安心した。しかし、モヤモヤとした気持ちは消えなかった。この仕事は本当にしたいことなのだろうか?

やりたいことを仕事にしている数人の友達、大学院で興味のあることを研究している友達、好きなことを動画にしているYouTuberなど…好きなことを追いかけている人がとても眩しく映った。

私も好きなことを追求したい。
でも、やりたいことがわからない。私は何がしたいのか?

好きなことを追求している人に憧れるものの、自分は何を追求したいかわからなかった。
相変わらず、なんとなく日々を過ごして数年が経った。

2020年に転職、そして2度の失恋をした。
辛いこともあったけれど、その経験があったからこそ、諦めずにやりたいことを探そうと決めた。

興味があることを検索したり、ノートに気持ちを書いてみたり、勉強したいことを考えては大学や大学院を調べてみたり、必死にやりたいことを探した。
時間ばかりが過ぎ、焦りだけが増えてゆく。
とうとう数日前、焦燥感でイライラが止まらなくなり、私は気が付いた。

やりたいことは無理に探すものじゃない。

好きなことを追求し、極めている人に憧れる。
しかし、好きなことができている人は、好きなことを探して見つけたのではなく、興味のあることをやってみて好きになり、それを続けていたらいつのまにか極められていた、ということだと思う。

焦ってやりたいことを探すのをやめ、アプローチを変えてみた。

○今の仕事を全力でする。
○些細なことでも、好きだと思うことをやりたいだけやってみる。
○なるべくたくさん本を読む。
○日々、自分が抱いた感情を記録しておく。
これらの積み重ねで、自然と追求したいものが見つかるのではないかという気がする。

追求した結果として、会社で働き続けるという選択をするかもしれない。それでも、今考えるその過程に意味があり、その過程なしにはこの先も納得することはできないと思う。考えて継続を選ぶのと、なんとなく継続するのでは大きく異なるはずだ。

簡潔どころかすっかり冗長な文になってしまった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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