少年法改正について思うこと

少年法改正に伴い、18〜19歳の重犯罪者の実名公開が行われるような動きがある。

この実名報道は少年犯罪や、再犯の抑止力になるとの期待がされているのだが、

え、ほんとに?

という気持ちです。

ニュースでは実際に少年犯罪によって自身の子どもの命を奪われた保護者の方が、少年法に守られた加害者に対して「反省している様子がない」「なぜ彼らは実名をさらさず、私の子どもは名前が晒さられるのか」等の心中を語っていた。

被害者親族の方の心の苦しみや加害者に対して憎み切れないような思いは、私が想像できるはずがないものである感じます。
それくらい大きなものであると思うので、その気持ちは分かるなんて、口が裂けても言えないくらい。

だけど、今の私はこの法改正に対し疑問を感じてしまいます。

はじめに前提として、
20歳未満はまだまだ未熟であるという考えの元、以下の疑問を呈していきます。

まず一つ目に
本当にこの厳罰化が犯罪の抑止力になるのかということです。
私は犯罪について、特に少年犯罪は、心の未熟さや未来予測能力がないが故に、突発的に、かつ情緒的に起こるものがほとんどであると感じます。
またその未熟さは、その加害少年たちの環境から生まれたもので、社会が生み出したものであると言っても過言ではないでしょう。

その中で、そういった加害者になりうるような精神状態の少年少女が、
「実名報道されるから辞めておこう」
なんていう考えになるのでしょうか?

そういった重犯罪を犯した加害者は病気に近い状態であって、収容所での隔離生活を長くするというならまだしも、社会復帰するにあたって弊害となるような実名公開による厳罰化は果たして意味があるのかどうかという疑問があります。

また再犯防止にはなるのでは、という考えにも首をひねる。
ニュースにもあったが、実名公開によって加害者への考えられる影響は
①ネット社会での情報の保存
②就職等、社会復帰に必要な活動での弊害
の二つが考えられる。

これによって犯罪歴のある元加害者は、コミュニティからの疎外、貧困生活に陥る可能性が上がり、むしろもう一度犯罪をする危険性が上がるのではないでしょうか。

二つ目に、なぜ実名報道なのかということです。

先ほども言及したとおり、暴力的な思考を持った未成年はその生まれ育った環境に多くの原因があります。
その未成年の犯罪の防止や再犯の抑止力を期待するならば、貧困や家庭環境からそのリスクを見極めること、そして、収容所での隔離によって例えば危険な思考を持った団体から距離を置き、良心的な環境で新たなコミュニティを形成することが必要になってくると思います。

しかし実名報道によって、新たな善良な環境から拒否され、結局以前のコミュニティに戻ってしまう等、逆効果になりうる。

被害者の親族が加害者が社会復帰をするなんて許せない、という気持ちがあるのも重々承知している。
何故自分の子どもはもう何も出来ないのに、加害者がのうのうと生きていけるのか、少しでも罪を感じるために厳罰を課したい、
そういった気持ちだと思う。

しかし、それではおそらく、犯罪の抑止力にはならない。
被害者を一人でも減らすためには、犯罪の厳罰化ではなく、いかに未然に犯罪を防ぐかという考えをしなくてはいけない。

そのために、いかにリスクを見極めるか。そして、犯罪が起こってしまったのならば、いかに再犯を起こさないように更生させるか、そういった考えをしなくてはならないと考えます。

そのために必要なのは、実名公開による社会復帰の妨害ではなく、暴力的な思考を生んでしまった環境要因からの脱却、そして新しい善良な居場所づくりだと思います。

そして、もう一つ論点として挙げられるのは、
被害者の実名公開です。

これに関してはまだまだ私の勉強不足なのですが、これまで何度も被害者の実名公開が問題視されているにも関わらず、なぜいまだに改善されていないのか、どのような制度が被害者の実名公開廃止の弊害になっているのか、
改めて確認しなくてはならないと感じました。

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