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10月は、こんな風に声をあげていくずらよ、という宣言

いままで、できなかった声のあげ方にトライしてみる

noteという場をお借りして、内部告発記事をつらつらと書いている、とめぞうと申します。

「10月これやる宣言」というnoteの募集企画があったので、これまではどうしてもできなかった、声のあげ方(内部告発)にトライしてみようと思っています。

学校法人シュタイナー学園という学校の運営問題について、声をあげはじめてから、トータルで7年ほどになります。
最初は、学内で声をあげていたのですが、理事会があまりに不誠実かつ独裁的な対応を続けたため、止む無くネット上で声をあげることとなりました。

その間、わたしの中の少数意見が「本当は、こうできたらいいのに...」と思っていて、できなかった”声のあげ方”について、お話しします。

キング牧師のことば

あなたが正しいとき、過激になりすぎてはいけない。あなたが間違っているとき、保守的になりすぎてはいけない。
ー マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師) -

When you are right you cannot be too radical; when you are wrong, you cannot be too conservative.
- Martin Luther King, Jr.  -

過激ではないとしても、相手を追い詰めて逃さない追及

こちらのnoteで私が書いている記事は、比較的マイルド(と私は思っています)なのですが、数年間にわたって書き続けてきたブログ「とめぞう版」の方では、かなり厳しくシュタイナー学園理事たちに対して、きちんと事実を語るよう求める質問を投げかけてきました。

私としては、自分の訴えがきちんと事実に基づいていて、論理的な指摘であるという自信と自負を持って声をあげていますから、相手に対して事実を述べるよう強気で求めるのは当然だ!と思っているわけです。
しかも、相手に逃げ道を与えないよう、きっちり理詰めで追及をしています。

そのやり方が「間違っている」とは思いません。
でも、結果的に相手を追い詰め過ぎてしまったかもしれないな、とも思っています。

自分が「正しい」、相手が「間違っている」ときこそ、穏やかに

私がこれまで訴えてきた内容が「過激」だとは正直思っていません。
けれど、おそらく質問された側にとってみれば、反論できないが故に、かなりきつく感じるものであったかもしれません。

「私立学校の理事」がどうあるべきかを考えれば、正当な言論をもってなされる質問や批判に対しては、きちんと対峙して責任をとるのが当然のことだとは思います。
でも、人間は「こうあるべき」ということだけでは動けません。
私だってそうです。

だからこそ、先に紹介したキング牧師のことばは、いつも私の中に引っかかっていたのだと思います。

これまでは、相手の間違いを追求することを最優先してきた私ですが、できる範囲で「穏やかに」問いかけをしてみようかな、と思っています。

せめて10月の間だけでも、穏やかな問いかけをしてみよう
そう思わせてくれたのは、記事を読んでくれる皆さんのおかげ

noteの企画の中に「10月これやる宣言」を見つけたとき、私は穏やかで前向きな気持ちになっていたので、すぐに「そうだ、穏やかに声をあげることにトライしてみようか」と思いつきました。

ちょうどこの時、noteに書いたいくつかの記事について、多くの方が”スキ”ボタンを押してくれていたので、
「あぁ、私の声に耳を傾けてくれる人がいるんだ。ありがたい、本当にありがたい」
と思えていたんです。

きっと、私の記事を読んでくださった方々の優しい気持ちが、私の気持ちを「穏やかさ」の方に導いてくれたんだと思います。

ありがたや、ありがたや!

本当に穏やかに声をあげることができるかどうか、見届けていただけたら幸いです

とは言え、これまでに先方から受けてきた数々のことを思い出すと、やっぱり心穏やかではない私もいます。

そんな状態だったりするので、私としては精一杯穏やかに声をあげても、皆さんから見ると
「それは穏やかとは言えないよ...」
ということになる可能性も大いにあります。

もしよければ、しばしの間、私がどんな風に声をあげることができるのか、できないのか、見届けていただけたら、幸いです。

がんばれ、カームとめぞう

#10月これやる宣言

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