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毒物及び劇物取締法違反――前科19犯の男のため、法廷でキリストの愛を説く牧師

被告は事件当時46歳の男性。肉体労働をしていそうな、たくましさのある見た目。ガチャピンのワンポイントがついた可愛いトレーナーを着用しており、手錠と腰縄をつけられての出廷。
傍聴席には高齢の男性が多く、ほぼ満員だった。
被告が問われている罪は、毒物及び劇物取締法違反である。トルエンを吸いながら路上を通行し、通りすがりの警察官に逮捕された。
被告は容疑を全面的に認めている。

前科14犯、前歴18件

被告は京都に生まれ、中学校卒業後、大工などの職を点々とした。
今回の逮捕までに前科が19犯あり、そのうち14犯は似たような薬物乱用。
また、起訴には至らなかった前歴も18件ある。
何度目かの逮捕の際に「西成に行けばシンナーやめられる」と勧められて大阪に来たという。

被告の近年の逮捕例。

2013年
毒物及び劇物取締法違反と、恐喝罪
懲役3年

2016年
詐欺罪
懲役1年2ヶ月

2017年
覚せい剤取締法違反
懲役1年2ヶ月

前回の出所後、教会に身を寄せた

2019年1月下旬に、被告は刑務所から出た。
2019年4月の上旬、大阪市西成区のキリスト教教会が炊き出しを行った。被告もその列に並んだ。
「礼拝するから来いやー」
牧師の女性に招かれ、被告は教会に通うようになった。

教会には「信徒」が20人ほどいた。信徒用のアパートがあり、被告はそこで暮らすようになった。日雇いで働いている者もいれば、働けず生活保護を受けている者もいた。
信徒らは69歳の牧師を「母ちゃん」と呼んでおり、被告もそう呼んだ。

被告は実母とは39歳になるまで二人で暮らしていた。被告は酒と煙草と薬物に依存しており、母親は要求されるままになにもかも被告に与えた。酔って母を殴ることもあったという。
なにか事件を起こすたびに、被告は精神病院に収容された。

牧師は被告の実家がまだあることを知り、薬物などから足を洗い実家で暮らすよう勧めた。
「お母ちゃんが見てくれへんから僕はここにくるんや。ここにおる人は僕の話相手になってくれるから」
ここでの「お母ちゃん」とは実母を指す。被告は実母のもとに帰ることを拒んだ。

教会に通いながら被告は酒と煙草に依存しきった日々を送っていた。牧師はたびたび注意したが、シンナーをやめるために酒が必要だと反論し、被告は飲酒喫煙を続けた。

被告には薬物を介して知り合った似たような経歴を持つ知人が多くいた。被告は非常におしゃべりで、教会に誰彼かまわず招いて大人数で騒いだ。
風紀の乱れを気にして被告を追い出そうと提案する信徒もいた。被告の処遇をめぐり信徒たちは揉め、「教会が二分した」という。
「この人はあかんからって切り捨てたらあかん」
「一番しんどい人のところにイエス・キリストは立ってはるんや」
「誰もせんことをするのが教会の仕事やで」
牧師が説得し、信徒たちは被告を受け入れた。

それでも牧師に説教をされて不貞腐れると、自ら教会を飛び出して「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊所に行く日もあった。ドヤは教会と同じ西成区内にあるため、牧師はよく様子を見に行き、顔を合わせない日はほぼなかった。

今回の事件

教会にやってくる知人の中に、Aという男がいた。乱暴なAは被告にとって恐怖の対象だが、Aは探して会いに来るという。
2019年7月19日、教会内で問題を起こしたAを被告がかばったところ、Aはお礼としてトルエンを含有する液体400mlを被告に渡した。
被告はそのうち60mlほどをポリ袋の中に入れて吸った。劇物の使用は、およそ7年ぶりだったという。

片手に持ったポリ袋で鼻と口を覆い、もう片方の手で残りのトルエンが入ったペットボトルを持ちながら、被告は路上へ出た。歩いているうちに見かけた警察官に「シンナーや」と言って被告は自らポリ袋を突き出し、そのまま逮捕された。

法廷にて

法定で被告は以下のように答えた。
――何故トルエンを吸ったのか。
「眼の前にあったから魔が差した」
――何故吸いながら路上に行ったのか。
「行きたくなったからです」

情状証人として牧師が出廷した。牧師は小柄な高齢女性だが声は非常に大きく、快活としている。傍聴席の高齢男性らは、応援に駆けつけた信徒であるという。
牧師は初めて被告を見かけた際に「こんな若いのになんで炊き出しに並んでるんやろ、あかん、きっとなんかある」と心配になり、公園での礼拝にくるよう誘った。
礼拝の日、被告は遅刻した上に煙草を吸いながら現れ、牧師が話しているのを遮るように騒いだ。そんな被告を見て、「この子助けなあかん」「この子を連れて帰らな」と牧師は感じた。
「めちゃくちゃ弱い人間」「この子は甘いんです」と被告を評した。
「寂しがりなんです、塀の外で話してくれる人を求めてる」
牧師が話す中、被告は頭を抱えて泣き出し、刑務官に背中を撫でられていた。

被告が前回の罪で出所してから牧師に出会うまでは、およそ2ヶ月だった。何年もの間、被告は刑務所や病院に入ってばかりで、外の世界にいる期間は2ヶ月程度というのを繰り返していた。
「2ヶ月しか塀の外に住んだことの無いこの子が哀れでならんのです。もう絶対に塀の中には入れたらあかんと思ったのです」
一方で、今回の逮捕の際には、これでまた被告はしばらく酒や煙草と離れられると、牧師は安堵もしたという。

逮捕後、牧師は10回以上面会に行った。信徒らはアルミ缶や新聞を拾い集めて稼いだ金で被告への差し入れの品を買った。
「私たちは犠牲の愛を払ってるんや。それがキリストの教えやから」
一際大きく発声し、傍聴席の高齢男性らも泣きだした。
「私たちに対して最高に悪いことをして、その人達にあなたは犠牲を払わなあかんのや」
被告は面会の際に、シンナーと酒はやめるが煙草は厳しいと語った。そのことについて「全てを捨てなあかんのや」と牧師は言う。
「あなたが帰ってきたときにあなたを守るために、あなたは甘さをいつまでも持ち続けたらあかん。そのことだけは伝えなあかんと思いました」

被告は自由の身になったら、牧師の監視下でもう薬物乱用はせず、酒も断つという。酒を飲むと気分が明るくなれるし、酒飲み友達が集まる公園もあるが、その公園にももう行かない。
「苦しいですが、やめます。母ちゃんに見捨てられたら生きていけない」
「シンナーは吸いたくありません。僕が懸念してるのはお酒のことです」
「今後一切やらないことを信じてください」

検察官は懲役二年を求めた。
弁護士は執行猶予を求めた。

判決

懲役1年4ヶ月
未決勾留日数中30日をその刑に算入する

累犯前科が多数あることは重く見られたものの、今後の生活を見守る者がいることから求刑より短くなった。
「母ちゃん、兄貴、迷惑かけてすみませんでした」と被告は述べた。

感想

牧師は西成のあたりでは有名な人らしい。関係者として証言しに来たというよりも、被告に言い聞かせるような語りだった。見た目はそう目立った方ではないが、話し始めると場の雰囲気を一変させた。
いいものを聞かせていただいたという気持ちになったが、熱弁する牧師の一方で裁判官はクール。牧師は問いに対して返答するうちに長々としたスピーチになりがちだったが、その都度クールに軌道修正していた。

牧師は立派な人なのだろうが、そんな牧師がそばにいても被告は再犯した。法廷で被告は泣いていたが、これを機に悔い改められるだろうか? 出所したらまたやってしまうのだろうか?
被告は関西でずっと生きてきたらしく、その中で悪い人間関係が出来上がってしまっている。どこか遠い地に行って人間関係リセットしなきゃまたやりそう。でも被告はすごくおしゃべりで寂しがり屋らしく、そのために悪い知人も断ち切れないらしいので、リセットしたらしたで、寂しさからまた酒や薬物に溺れそう。
宗教のことはよくわからぬが、良き方へ導かれてほしい。

動画作ってました。

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