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「冒頭キャラミステリー杯」全作感想

玄武聡一郎先生主催の「冒頭キャラミステリー杯」の全作感想です。

さて、さっそく感想に入りたいところですが、はじめにいくつかお断りを。この企画って参加者で知ってる方が1人しかいなくて、逆に言うと、ここに来る方からしてもお前誰だよって状態になってると思うので慎重に行きます。

①以下の感想はメモに手を加えたものなので、ですます調になってません。統一感に欠けますし、偉そうな印象を与えるかと思いますがご了承ください。

②作品によって感想の長さにかなり開きがあります。

③若干、他作の感想を踏まえた記述があります。

④作品によってはけっこう辛口です。一方的に切って捨てるような感想は書かなかったつもりですが、参加者の方はそれなりにお覚悟を。

⑤講評っぽい感じになってますがあくまで「感想」です。そもそもわたし自身はただの素人字書き兼ミステリ読みにすぎないことを念頭に置いておいてください。

⑥いちおう著者一覧を見たうえでの感想です。と言っても1人を除いて初見の方しかいなかったので変なバイアスはかかってないはずです。たぶん。そもそも読んだのは一覧の発表前ですでに感想の下書きもはじめてました。

⑦ヘッダーの虎は講談社ノベルスの背表紙にいる犬のイラストのパロディです。姉妹レーベルである講談社タイガ創刊時に描いたのですが、そっちのタイガじゃありませんでした。せっかくのミステリ系企画なのでこの画像に設定してみました。

⑧続き書いたよって方は知らせてくださると助かります。

⑨ネタバレありですのであしからず。肝心なことを言い忘れてて追記しました。


1 ゲンジツセカイ・オンライン

登場人物が2人だけの会話劇。こういう男口調の博識で与太好きな女先輩キャラってライトミステリでよく見かけるけど、何か呼称がないのだろうか。

これを読んでとっさに連想したのが2003年に発表された2作の小説で、1つは言わずと知れた『涼宮ハルヒの憂鬱』、もう1つは先日作者が物故した『地球平面委員会』。

この2作はいずれも世界が根底からひっくり返るようなトンデモ理論を扱っているのだけど、決定的な違いもあって、後者があくまで理論を「信仰」として相対化し現実的に着地させているのに対して、前者はその理論が実際に力を持っていて中盤から完全にSFになってしまう。

この作品はどっちに進むんだろうなあ、というのが気になるところ。

ただ、文字数的にちょっと窮屈だった気もして、トンデモ理論に筆を割いた分、話がそこで閉じてしまって引きが弱まってる印象を受けた。最後の一文も取って付けたように見えてしまう。

先輩の性格を考えると、このトンデモ自体が何かの伏線で、それが失踪にも関係してるであろうことはわかるのだけど、それは先輩自身の口からほのめかしておく方が飲み込みやすかったと思う。

文字数的にしょうがないんだけど退出シーンでそれっぽい演出があればなあと。ただでさえすでに出来上がった関係性――それも第三者の視点がない話で、主人公もあんまりツッコんでくれないので何かしらフォローがほしかったところ。

何より、もう先輩出てこないんだってなると、もう主人公しかいないわけでキャラものとしてどうなんだろうと。まあすべては文字数。

2 墓荒らしジョーンズの消えたゾンビ探し

怪奇風味の内容を軽快に描いているのが印象的。導入からして秀逸だし、バディの性格設定、設定の見せ方など、押さえるべきとこを押さえてるので読みやすい。この文字数で謎の提示とキャラ紹介、物語としての動機付けまで全部こなしてるのは天晴れ。連載になっても楽しく読めそう。

ただ、文字数に余裕があるんだからもっといろいろ盛れたのではとも思う。恐怖シーンはもっとじっくり見たかったし、後半に出てくる主人公の設定もこの時点ではあまり意義を感じなかったので説明がほしかった。

あと世界観が現実と地続きなのか異世界なのか明言されてないので、死体の謎が弱まってるなと。謎というのはルールがあればこそ生まれるもので、そこがあやふやだとどうとでも説明がついてしまって興味を引きづらい。

3 仮想心理は騙らない

意識不明者の脳内にダイブするという設定自体は既視感が強いけど、被害者が探偵という構図はおもしろいし、助手ポジの語り手にも何か秘密がありそう。

ただ、作中でも指摘されるように密室が簡単なもので、助手=犯人の可能性も否定されないので、全体がはぐらかしのようになってしまい、ミステリとしてどこがポイントなのかわかりづらいとこはある。ラストもちょっと尻切れトンボというか、もう一段階踏み込んだ情報開示が必要だったと思う。

含みを持たせるだけっていうのはミステリ的には効果が薄くて――いや部分的にはそういうのも必要なんだけどそれはどっちかって言うとミスディレクションの手法で、謎として積極的に魅力を打ち出すなら部分的な断言が必要になってくると思う。断言させることでなんでそうなるという興味を掻き立てるような形を作らないといけない。

4 顔のない黒きスフィンクスは『人間』を問いかける。

与太系第2弾といったところ。オイディプス王をはじめ、要素自体はありふれたものなので問題はその使い方になるわけだけど、それがこの段階では見えづらかったかなあと。

ヒロインの意味深な台詞も説明不足で効果がぼやけてる。この時点では多くを語れないとしても地の文でその辺のニュアンスをフォローしてほしかった。

だから、これもやっぱり関係性が閉じてて読者が入っていきづらいパターンになってて――特にこの作品は後半でヒロインが消えちゃうので余計に何の話かわかりづらくなってる。

最後が取って付けたように見えるのも気になるところで、何らかの伏線がほしかった。物語って主人公がゲストかホストかでできることが変わってくるんだけど、この作品みたいなUターンものはある程度両者のいいとこ取りができる。個人的にもそういう展開が好きなだけに、冒頭の時点でその強みが感じられないのは気になった。

全体的に演出の導線が見えずらく、まとまりを欠いているように思えた。たぶん、意図的に謎をばらまいてるんだろうけど、繰り返すようにここぞというところで事実を明示して足場を固めないとかえって謎の効果がぼやけるし、そもそも話として成立しない。

5 魔法の匣を開けたなら

なんと言ってもメインの謎が強い。アイテムボックスの設定はよく見るけど、こういう使い方は見たことがない。謎の強みを理解して、効果を集中させる構成になってると思う。もちろん、同時にキャラミスとしての要件を満たしていく作りにもなっていて、所長と双子の妹がいい味を出してくれそうな予感がある。

今回の企画は言ってしまえば投げっぱなしでかまわないわけで、それだけにかえって謎のプレゼンがむずかしくもあるのだけど、この作品のように不可能状況のアイディアで突破が図れるんだなあと。

6 鏡昌はアキラめない

正直、無造作だなという印象。特殊な設定なんだけど、まず主人公の独白で設定を説明してくというのが芸がないし、それならそれで説明が鮮烈なイメージを伴ってないといけないよなあと。何より、現段階では設定に必然性を感じないのが痛い。

ただ、何か展望がないとこういう設定にはならないとも思うので、そういう意味では続きが気になる作品。

また、こういう作品で探偵じゃなく語り手の名前がタイトルになってるのも珍しいと言えば珍しい。そもそも冒頭の時点では探偵に会えないという、うっちゃりめいたことをやってて、何せ名前が鏡とメデューサだし今後もずっと会えないんじゃないかという気も。

7 加害者家族と一抹の嘘

軽快な作品が集まった中、けっこう重めな内容。その分――と言うべきか、ファンタジー要素のない現代もので、かつ、語り手に含みがなさそうなのでストレスなく読める。端的に言って、わかりやすい。

過去を段取りよく説明しつつ現在の状況も動かしてるのがいい。すぐメインの事件について語りはじめるのだけど、それは同時に主人公たちのバックグラウンドでもあり、それゆえのドラマ性もある。誰が何を何故する話なのかが明瞭なのは、シンプルに強いなと思った。

気になるのは事件がかなり派手なことで、これは冒頭だけだからなのか、今後の展開にプランがあるのか。探偵役(?)をわざわざ警官に設定してる点を考慮すると、少なからず警察が噛んでる事件として考えてるんだろうなと思う。というか、作者の方もそう書かれていた。

あとは文字数を考えるとしょうがないんだけど、導入のシークエンスをもっとじっくり見たかった。

加害者家族とか警察不祥事といった題材は好きなんだけど、どうしてもおじさん臭い話になりがちなので、こういう若年向けっぽくてかつ当事者視点のものは応援したい。

8 歌い踊る捜査線ー5段重ね殺人事件ー

完全にギャグ振りで、『野崎まど劇場』なんかに収録されてそうだなと思った。ツッコミの期待をすかす演出が好き。

潔いのだけど、その分ミステリとしては収拾つくのかという心配もあり。雰囲気はバカミスなのでぶっ飛んだ真相でも受け入れやすくはあるのだけど。

続くとしたら連作の形かな。ニューヨーク編が見たい。

9 迷い人の探偵さん

いわゆる神の視点型3人称なんだけど、ひっかかりなく読める。第三者のマスター視点を導入してるのもわかりやすい。完成された関係を描くひとつの方法だと思う。

2人のネーミングから、少なくともトールの方は迷い人なのだろうなと予測していた。他にネームドキャラがいないのでこの世界の人名の傾向がわからないのだけど、トーコというのは本名なのかな。

手際がいい導入ではあるのだけど、ライトファンタジーの性格が強く、良くも悪くもミステリっぽくないのは気になる。叙述トリックもキャラ性の強調にはなってもミステリ要素に直接絡むものじゃない。

特に、ファンタジー要素がミステリ要素とどうかかわってくるのかがわからないのはミステリ読み的にひっかかるポイントで、普通の連載ならまだここからでもプレゼンの余地があるのだけど、冒頭だけという企画ならこの時点でその辺明瞭にしとくに越したことはないと思う――というないものねだり。

10 探偵妖精リッカの事件墓 ~山分けの謎~

おそらく解決編が発表されるだろうなという作品。解決の存在を保証するのは、不可能状況の創出と並んでこの企画では有効な手だと思う。

説明が続くくだりは若干だれる気もするのだけど、それも謎解きがしっかり考えてあるからなのだろうなという安心感につながっている。最初は流して、実質の読者への挑戦状であるラストを読んでから読み返してもいいわけだし。

パーティーメンバーが容疑者という形を取るので、こにエピソード以降も続くとしたらどういう役割分担になってくか気になる。

※解決編を発見して読了。以下、それ込みの感想。

読者に謎がなんなのかを誤認させるのがうまかった。容疑者たちが単なる目眩ましじゃなく、謎を成立させるために必要な人員だったとわかるのもいい。

ただ、説明がわかりづらい。主人公の主観で謎が解けていくのはわかるんだけど、読者との認識の相違を補完する視点に欠けてたと思う。

11 機巧(からくり)ロンド

室内から蒸気自動車の音に惹かれて外を覗くという導入は世界観の描写としてうまいし、事務所の看板を直すシーンも絵が浮かんでいい。

ただ良くも悪くもゆるいとこがあって、キャラのバックグラウンドが掘り下げられるわけでもなく、また、ドラマの推進力となるような危機設定もないので、死人が出てるわりに冒頭としてはちょっとおとなしすぎる印象。

最後の事件も取って付けたようで、ひっかかる。主人公たちが何らかの形で関わっていくのは想像できるし、「どういう経緯で?」という興味もあるのだけど、それにしたって事件が地味で「錬金術師」という肩書きに依存しているわりに特に伏線もないので急な印象がしてしまう。

これもやっぱり世界観が曖昧なのが少なからず影響していて、この世界のリアリティが判然としないのが痛い。近代ドイツ的世界なのはわかるし、その頃には錬金術なんてとっくに時代遅れになってたはずなので、現実とはちょっとずれた世界なのかもしれない――けど、それならそうと明言してほしかった。「大きすぎる見出し」というだけじゃなく「大錬金術師死す」とかだったらわかりやすかったかも(もちろん設定との兼ね合いはあるけど)。

12 VISION-死神の未来予報-

死神ちゃんの設定がおもしろい。魅力的な謎というのは、単に何かがわからないというだけじゃなく、何らかの矛盾を孕んでいるもので、この作品では「未来を予知してもらった被害者たちが死を回避できなかったのはなぜか」という謎が導き出せる。被害者が複数なのも効果的。こういう、単一の事件じゃなく同じ原理で反復されているであろう事件って好き。

気になるにはメインになってくるであろう2人の能力がどう話に絡んでくるかで……死神ちゃんの方はフェイクの可能性もあるのだけど、探偵の能力も強力なので、犯人があっさりわかってしまうのではないかと。設定を活かしつつ、謎解きをどう成立させるのか気になる。

企画用の完結した冒頭というよりは、長編の冒頭をそのまま切り取ったような印象があるので続きがあるなら読んでみたい。

13 長柄さんの奇怪な珍事件簿のようなもの(仮)

こういう設定だと普通変な部活の変な価値観を象徴するような変な先輩が後輩の主人公を誘うんだけど、この作品ではその逆に後輩が誘う形になってるのがおもしろかった。コミュニティのことをよく知らないがゆえの幻想みたいな、そういう誤解釈で駆動する物語が好きなので。

ただ、その後輩が男口調なので会話シーンで誰がしゃべってるかすぐにはわかりづらいのが気になった。

また、最低限の説明で事件の調査に入ってくのはいいんだけど、冒頭だけで勝負するにはネタが弱く、見せ方の工夫も足りなかった印象。最後に出てくる情報がどう局面を変えるのか、なんでそういう結論になったのか、なんで最初から知らなかったのかがわかりづらいので効果を損ねてる。言い換えると、アイディアに頼りすぎてて、あって然るべき演出やロジックが伴ってない。

そもそも発端からして情報の出所がよくわからないしそこにツッコミが入らないので、その後の展開も地に足着かない印象を受けてしまう。文字数にまだ余裕があるしもうちょっと丁寧に段取りを踏んでもよかった気がする。

14 青春ハーレム男の事件ノート

司の表情芸が少しわかりづらかった。特に冒頭は何の説明もないので読者は確実に混乱すると思う。

事件は起こるけど詳細がわからず、「ドッペルゲンガー」のインパクトに頼ってるなあと。ないよりはいいのだけど、苦肉の策という印象も。最後に人が落ちてくるシーンは冒頭が伏線になってるのもあって印象的なのだけど。

タイトルにもなるくらいだから主人公の設定はそれなりに重要なのだろうけど、冒頭の時点ではそれがあまり伝わってこないのも気になる。探偵との出会いにいまいち化学反応を感じないというか。丸眼鏡のモブも含めて一気に4人も登場するので、見せ方がむずかしいシーンになってた気が。

簡単な謎を絡めてメイン3人を紹介してるのはいいけど、その先のビジョンが少し曖昧に思えた。ただ、事件はハードなのにキャラ立ちはしっかりしてて、いっそ不謹慎なのがミステリらしくて好きではある。

15 そして探偵は影になる

探偵の見た目で個性を出してきた作品。実はこれってかなり重要で、内面依存のキャラ付けってかえって広がりがなくてステレオタイプに回収されがちだったりする。

作中でも言及されるように入れ墨には何か意味があるかもしれないんだけどこの段階では不明瞭。読みやすいし後半に妹を登場させて空気を一変させてるのも効果的なんだけど依頼はうっちゃりのような内容だし、良くも悪くも今後の展開が読めない。ただ不思議と気になるのは何気ない描写に地力を感じるからかもしれない。

謎らしい謎がないのが謎で、何か罠がある気がするんだけど何度か読み返してもわからなかった。ひっかかるポイントはいくつかあるんだけど(ケーキの数など)、それがうまくつながらない。

16 表裏同体『君が悪ければ僕も悪い』

挑戦状型。ずばり、シャム双生児でしょう。犯人は普通に考えたら「俺」の方なんだけど確証はないかも。あと、先生の方の事件がどう関係してくるのかが読めない。

キャラミスというよりは何となく西尾維新を思わせる鬱々としたライトミステリといった趣。叙述トリックの必要から生まれたであろう独特の雰囲気は買い。設定的にそう長く続けられそうにないのが気になるのだけど。

17 我が家の座敷童子は名探偵

とてもこなれてて読みやすい。座敷童子を安楽椅子探偵に据える発想もおもしろい。ファンタジーが入ってるので謎の見せ方も工夫が必要なんだけど、設定に縛りを設けて不可解を演出してるのがうまい。キャラ立ちもしてて、すごくキャッチーだと思う。

18 隙間探偵~隙間女は謎を解かない~

あやかしもの二連発。これもこなれてて読みやすいのだけど、いまひとつ狙いが見えづらいというか要素が点に留まって線になってない印象。

メイン2人はキャラが立ってると思うけど、それがプロットにどう関係してくるのかがこの段階では見えない。隙間女の能力は調査に便利そうだし、金田のミステリ知識も役に立つかもしれない……けどこれも想像の域を出ない。企画のプレゼンとして決め手を欠いてたように思う。

また、読者の視点に寄り添うべき語り手がいきなりとんでもない登場の仕方をするので、話に入っていきづらいとこも。この手の設定で語り手にこれだけ個性を持たせるのって挑戦的でおもしろいと思うんだけど文字数的にも厳しかったかも。

隙間の概念を物理的なものだけじゃなく、抽象的なものにまで適応するのはおもしろかった。

19 エビフライ・エフェクト

いまのいままで、この駄洒落が思い付かなかったのが悔しい。そんなタイトル。

ただ、現時点ではこのタイトルがどう本筋と関係してくるのかわからないのが少し悩ましく、特にバタフライ・エフェクト的真相自体は有名な前例が何作かあるので、差別化の意味でももっと踏み込んだ見せ方をしてほしかったなと。謎も抽象的なので引きが弱い部分はあるかなと。

ミステリにはホワイダニットというジャンルもあるけど、言うまでもなく、それもロジックがないと成立しなくて――こういう心理的な謎を否定するつもりはないけど、それにしたって謎を謎とする根拠が個人の資質じゃなくある種の偏見に求められてるのがちょっと雑だなあと。全部計算した上でしょうがなくこういう形になったのかもしれない気もするのだけど。

メイン2人の関係の根拠を謎として提示して説明を省略するのはうまい逃げ方だと思う。ここがモテ男の謎とリンクしてくるとわたし好みの話になるなあと。

20 刑事 九十九結衣はヴァンパイアなので利き血ができます。

これはうまい。最初の死体でまず利き血の設定を見せて、第二の死体へと導く。そしたら今度は血が飲み尽くされて利き血ができないという例外を早くも見せつけ変化をつけてる。しかもそれは同時に吸血鬼による事件ということも意味していて。さらにさらに、だめ押しとばかりに放たれる謎も吸血鬼の設定をいかしたものになっているのがすごい。

企画趣旨へのアンサーとして、すごくうまい。これで続けられたらもっとすごい。利き血を使うにはまた死体を転がさないといけないっぽいし、血を吸われてたら意味ないからむずかしそうだけど。

21 アラサー監察医に謎とショタを添えて

肉を焼きながら解剖の話をするという導入部がうまい。シチュエーションから描写から事件の設定までとにかくうまく、最後の超展開にも前振りを設けてるのが周到……なのだけど一気にファンタジーになっちゃうので、前半の医療要素とどう折り合いをつけるのか心配になってしまう。現実的に考えると、先輩とショタは別人でしたってオチしかありえないんだけど(某医療ミステリで似たようなことやってたし)。

22 裸足のままで飛び出して

このラストを思い付くセンスがすごいなあと思う。特に意味はないんだろうけど、世界のズレを鮮烈なイメージとして提示することに成功してると思う。

起きたら死体がってシチュエーションは確か企画レギュレーションで例としてあがってた気がするし、サスペンスにおいては定番のものではあるんだけど、SF的な設定と組み合わせることでかえって新鮮になってる。つまり、組み合わせの妙味がある。定番と定番を組み合わせることで、独自の切り口になってるなと。同じような設定でも、たとえば『ボトルネック』ともまったく違う展開になりそう。

また、木刀を使ったピンチの作り方もうまいし、その状況下で最後の希望として先輩を登場させるのもキャラものとしてうまい。物語のはじまりとして秀逸なんだけど、同時にここだけで完成してるようにも思える不思議な作品。

23 コインロッカー・ベイビー

村上龍なタイトルに面食らいつつ。ドライな筆致で描かれる、低体温系の主人公像。赤ちゃんの存在がいいアクセントになってると思う。キャラミスというにはやっぱりちょっと落ち着きすぎとも思うのだけど。

赤ちゃんを持ち帰らせるための性格設定なのだろうけど、うまく魅力に転化してると思う。こういう、ご都合主義を恐れず魅力に転化する居直り方ができると強い。今後もどうにか赤ちゃんを手元にキープさせるための無茶を押し通してほしい。

ただ、最後がちょっとぶつ切りすぎるように思えた。やっぱりここもほのめかしじゃなくて「断言」が必要なシーンだったと思う。

死んでたのは赤ちゃんの母親か絡んできたおばさんのどっちかな。

24 帝都あやかし小径~刃付き娘の事件帖

タイトルの印象を裏切らない雰囲気の作品。ファンタジー入ってるので謎の見せ方がむずかしいんだけど、最後に浮上する事件の不穏さと切実さの演出がうまいので物語としては引き込まれる。

ただ、個人的にこういう息が詰まるような雰囲気が続くのは苦手なので、ユーモアを交えた緩急がほしかったかも。

25 仄暗い洋館の中で

タイトルと冒頭部分からパロディっぽい内容を予想しながら読んだんだけど、コメディには流れず幻想方向に。これ、冒頭は完全な前振りというかプロローグみたいな感じで、これ以降に基本設定の説明があるタイプだと思う。企画趣旨的にはかなり変化球で先読みしづらい。探偵役は生きてるっぽいのだけど、どうやって続けるんだろ。

26 冤罪探偵

ミステリを茶化した設定なんだけど最後にちゃんとミステリとして期待感を煽ってるのがうまい。構成がよくできてる。同じ展開を反復させることで特定の原理を浮き彫りにする手法が好きなので、気持ちよかった。あと、個人的にこういう不謹慎なノリは好き。

欲を言うと、トリックがもうちょっと具体的な方が期待と満足感が高まったと思う。

27 トリッカー&ジャンキー

神の視点なんだけど、さりげなく視点がスイッチしていくのがうまくて、ひっかかりなく読める。設定そのものも秀逸なんだけど見せ方もうまくて完成された構成だと思う。将棋を介したやりとりが伏線になってるのが好き。この文字数に過不足なく収まってる。

なんと言っても、メイン2人のキャラ性がミステリとしての構造と結び付いてるのがきれい。構造的に要請されたエキセントリックさなのであざとくない。言わば機能美。

続き物として考えるとすごいムチャブリな設定なので、こういう形で使い捨てるのはクレバーだよなあと。

28 すべての謎は解けている

これも仕掛けの手数とゲームを使った演出が秀逸。謎解きも参加作の中ではかなり本格的。

ミステリとして伏線を効果的に配置しようと思ったら、探偵が最初から真相を知ってることにしてその言動を伏線にしてしまうのが楽――ということがあるんだけど、この作品はその役割を助手が担ってるというのがおもしろい。麻耶雄嵩の某シリーズでも似たようなことやってるんだけど、この作品は探偵との関係に時限爆弾を仕込んでるのが挑戦的だと思う。

29 ショタ好き陛下の生首事件

密室&首切りの欲張りセット。あえて「勇者」というありふれた言葉を用いることでかえって陛下の個性を際立たせてるのがうまい。最後に挑戦状があるんだけど、全然わからない。

30 出張FBI:特殊魔術犯罪取締課 日本の闇に消えた犬

これも続きを考えてないとこういう構成にはならないだろうなあ、という作品。このまま捜査する側とされる側みたいな感じで続くのか。

比喩じゃなく文字通り犬が消えるのだけど、それにしてはタイトルの大仰さが気になる。海外ドラマの雰囲気を残しつつ、設定とかキャラはライトめなのがこの企画らしい。

惜しむらくは、ファンタジー要素の説明がこの段階ではほとんどないことなんだけどそこが重要な話でもない気はする。なんというかいわゆる特殊ルール本格というよりは、科学捜査を魔術に置き換えた感じになるんじゃないかなあと。

31 雨を呼ぶ少女と願いの対価

なんかちょっとゼロ年代の香りがするボーイミーツガール。倒置法的な構成だけど、まだ隙間があるのが気になる。願いとか対価っていうのはなんなんだろう。

描写やエピソードがちょっとぼやっとしてて、ポテンシャルを活かしきれてない気も。

32 現代ミステリー考案店

科学音痴なので、どこからこういうネタを拾ってくるんだろうなあと感心。交換殺人はさすがに知ってたけど。

これもこの企画ならではの方法でアイディアを使い捨ててるなと。つまり、続き書くのがしんどそうなムチャブリネタをぶつけてきてる。これ単体で完結してるようにも見えるんだけど、内容としては筋らしい筋がないのでプロローグっぽくもあり。

33 魔王シャーロックホームズと魔犬バスカヴィル

この企画、異世界ものの打率が高いなあと。この作品もネーミングの工夫と、ロジック、キャラクターの魅力で読ませるものになってる。ちゃんと話が動いてるしね。ここからはじまるって感じがするのがいい。構成というか情報開示の段取りが完成されてるんだよなあ。企画へのアンサーとして秀逸な例のひとつ。

34 桜宮財閥ご令嬢アイの妄想プロファイリング

基本設定を最後に明かす構成がうまい。しかも、普通こういう構成にするとそれまでの過程が地味になりがちなんだけど監禁という飛び道具でヒロインの設定を際立たせてるなと。プロファイリングで活躍する前振りとして、主人公に失敗を重ねさせてるのもうまい。

これもムチャブリ型といえばムチャブリ型で、毎度プロファイリングだけで間を持たせるのは厳しいと想像する。ヒロインのインチキ金持ちパワーを使えば、調査もコミカルに描けるんだろうけど。

35 妙能力者達のタソガレ・アフタースクール

学園異能ミステリというと、やっぱり嘘判定能力が鉄板だよなあと改めて。ただ行使される対象が語り手なのがちょっとひねくれてるなと。あんまり信頼できない語り手で、独白体じゃないけどそれに近い語り口もいかがわしい。対比で幼馴染みの個性が際立ってる。

ただ、容疑者が出揃う前に終わってしまうのがすっきりしないし、謎や設定の見せ方はちょっとぎこちないなと。

36 変わり者探偵

タイトルが直球。そして、実際読んでみると変わり者としか言えない。

これ単体で完結した話になってるんだけど、それだけに企画としての弱さが浮き彫りになってると思う。蘊蓄と独特のとぼけたセンスはあるんだけど、それだけだと苦しい。

なんというか企画へのアンサーとして良くも悪くも愚直で損してる気がする。直球勝負って一番むずかしいから。

37 来る日、君は最悪な死にかたをするだろう。

最後の梯子外しに全部持っていかれる。賛否分かれてるという話も聞くけど自分はうまいと思った。こういう詐術めいた演出が使えると強い。

個人的に、約束された悲劇というモチーフが好きなんだけど、メタっぽいのとかタイムリープ系はよっぽどうまくやってくれないと乗れなくて――28はその例外なんだけど――この作品みたいに部分的な予知という形は受け入れやすい。

38 少年探偵の助手は謎が多い

現代ものだけど設定とかヒロインがけっこうぶっ飛んでるのは、34と似てる。そういう部分も含めてコミカルに描いてるんだけど、ちょっとメリハリに欠けてたかなと。

たとえば、ヒロインの有能さが具体的な形で表現されてないのは気になるし――文字数に余裕があるしその辺もっと詳しく描けば出自の謎も際立ったと思う。

ストーリーも顔馴染みの面子しか出てこないので、日常の一幕を切り取った印象が強くて盛り上がりに欠ける気がしてしまう。

ヒロインが床に転がされてるのに立ってるときの姿で描写されてるのも気になった。

39 題名の無い絵

36同様、単体で完結した話。名探偵のキャラで話をどんどん進めて、語り手のツッコミでフォローしていくスタイルがテンポよくてうまい。

ただ、さすがに文字数が足りなくて遊びがなくなってる。謎解き、キャラ、ドラマ、いずれも中途半端に終わってる感じがしてインパクトに欠けるなあと。

40 氷の棺

本格的なSFミステリといった趣。ホワイダニットとしての設問もきちんとしてる。

宇宙船内の描写がうまくて引き込まれるけど、メイン2人がギャルとオタク君という卑近さに脱力させられる。

おもしろいとは思うんだけど、これだけ技術が進んでるのにそこの価値観がアップデートされてないのがひっかかってしまう。ギャグに振るならそれでもいいんだけど、先述の通りわりと本格的な雰囲気なので。

まあ、これも文字数さえあれば設定とうまいこと紐つけられた気はするし、なんなら続きで語られるのかも。

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