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まさに祝祭。高揚感に充ちた三重ダービー【第21回JFL第27節「ヴィアティン三重 vs. 鈴鹿アンリミテッドFC」】


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優勝争いの天王山、あるいは残留争いの大一番とともに、緊迫したシチュエーションであるダービーマッチ。全国リーグに於ける同じ街や地域同士の対決というだけでなく様々な因縁が生じることで激化、加熱しがちだ。自ずとその節でもっとも人々の耳目を集めるカードとなる。

今シーズンのJFLでは鈴鹿アンリミテッドFCが昇格してきたことによって、ヴィアティン三重との三重ダービーが実現した。近隣だけに選手の移籍を巡る縁もあるが、やはりどちらが先に三重県全体のトップチームとして先にJリーグ加盟を果たすのか、競合する関係にあり、既存のダービーマッチに劣らぬ“バチバチ”感がある。
2019年は5月5日のJFL第7節、そして5月12日の2019年度 第24回三重県サッカー選手権大会 天皇杯 JFA 第99回全日本サッカー選手権大会三重県代表決定戦決勝戦で二回、直接対決があった。前者は鈴鹿のホームAGF鈴鹿陸上競技場に乗り込んだ三重が1-2のスコアで勝利を収め、三重交通G スポーツの杜鈴鹿 メイングラウンドでおこなわれた後者は延長戦までの120分間では決着がつかず2-2で試合が終わり、PK方式を4-2で制した三重が天皇杯本戦への進出を決めた。PK戦でも勝ちは勝ちと考えれば、ここまで三重の2連勝。その状態でリーグ戦の二巡目、三度目の三重ダービーを含むJFL第27節が開催される11月10日日曜日がやってきた。2019シーズン三重ダービー第3ラウンドの舞台となるのは三重のホーム、東員町スポーツ公園陸上競技場である。

◆三重県員弁郡東員町へ

名古屋駅から『快速みえ』に乗り、桑名駅まで30分前後。隣接した西桑名駅まで歩き、三岐鉄道北勢線に乗り換える。ICカードを使えないので券売機で340円の切符を買い、窓口で領収書をもらった。急ぎ狭い車両に乗り込み、東員駅へと向かう。今度は23分の道のりだ。

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小さな駅舎をくぐり外に出ると、以前にはなかった“のぼり”が沿道に立っていることに気づく。今年11月1日に設置され、11月3日のJFL第26節「ヴィアティン三重 vs. ラインメール青森」がお披露目。水谷俊郎東員町長のアイデアだという。これは非常にわかりやすい。往路は風が強くきれいに撮影できなかったので、スタジアムから東員駅へと向かう帰路に撮ったのぼりの写真を載せておく。

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東員駅前から碁盤の目のように整理された道を真っ直ぐに進み左に折れ、右に折れると、緑豊かな中部公園にたどり着く。東員町スポーツ公園陸上競技場の手前であるここの芝生は、数台のランチワゴンとお客さんで賑わっていた。ステーキ丼のステーキは歯ごたえがありつつ、しっかりと火が通りよく噛み切れて美味だった。

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東員町スポーツ公園陸上競技場の賑わいはその比ではなかった。スタジアムグルメやグッズショップなどが立ち並ぶ広場はぎゅうぎゅう詰め。ピッチ内に入りメインスタンドを仰ぎ見ると個席はすべて埋まり、満杯だった。観客は時間を追うごとに増え、試合が始まったあともバックスタンドの芝生に寄せるひとの波は止まらず座れるスペースは消えた。最終的に両ゴール裏を除くとほとんど隙間はなくなっていた。観客数は4,014人。いまだかつてない数字だ。

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現場はなんとも言えない活気に充ちあふれていた。まさに祝祭。両チームが昇格にも降格にも絡んでいないこと、初見の観客が多いこともあるのだろうか、悲壮感や敵愾心はいっさい漂わず、この場を楽しもうという前向きな高揚感だけが感じられた。
この空気を感じ取ったらしい山本好彦GMからピッチサイドで「この雰囲気はどうでしょうか」と話しかけられ、「すごい賑わいですね」と答える。成功の予感がした。

◆点が入らない

試合は玄人好みの展開になった。とにかく点が入らない。攻め込むのだが、決まらない。
シュート数は三重が7、鈴鹿が8。多くはないが、少なくもない。アディショナルタイムは前半が1分12秒、後半が3分18秒と少なく、つまりそれだけボールがタッチラインを割らずゲームが止まらず、生きたプレーが多かったことを意味する。両チームとも内容は悪くなかった。
ただ、得点が入らないことと決着がつかないことで、観客が不満に思わないだろうかと、少し心配にはなった。

キックオフから20分間は両チームともフレッシュなだけに激しい攻防がつづいた。鈴鹿のシュートは前半17分、主砲のエフライン・リンタロウが無理に撃ったように見えた、クロスバー上に外した1本のみ。一方、三重は21分のミドルシュートを含むキャプテン西村仁志の2本と坂井将吾の1本、合わせて3本。ペースが落ち着いて以降はやや膠着し、互いに打開する気運なくハーフタイムへ。

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後半に入ると勝点3を求めてゴール前のシーンが多くなる。鈴鹿は少しパスの組み立てを変えてきたのか、右サイドを使った崩しで何度もセットプレーの機会を得ていた。ただ6本のシュートを撃たれひやりとさせられながらも、よりアグレッシヴに戦えていたのはやはり三重だった。判断が速やかで次のスペースと味方を探しボールをつなげ、相手ゴール近くの狙い所に進入していく行動に迷いがない。後半15分に北野純也が放ったシュートはバーの上。23分には西村竜馬の折り返しを叩いた塩谷仁がヘディングシュート。ジュビロ磐田U-18出身で第23節から第26節まで4試合連続ゴール中だった塩谷は後半さらにもう1本のシュートを放っているが2本とも決まらなかった。公式記録にはカウントされなかった前半19分の左ニアでの一撃も含めれば3本。今シーズン、上野展裕監督の許で得点になりそうなエリアを制するコツを掴み急速に開花中、間違いなくシュートの感覚を掴んでいる塩谷だが、この日は彼の日ではなかったらしい。
もっとも惜しかったのは後半30分から途中出場した平信翔太がその2分後に右から撃ったシュートだったが、これはサイドネット。結局、三重は鈴鹿の堅固なブロックを崩しきれず引き分けに終わった。

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風間八宏氏が名古屋グランパス、大木武氏がFC岐阜の監督をシーズン途中に退き、世間で超攻撃型とされる指導者が少なってしまっているが、レノファ山口FCで一世を風靡した上野監督はここまで攻撃と守備、球際の競り合いと盤上の戦い、勝点奪取とチームの成長、あらゆるもののバランスをとりながら、4強+ホンダロックSCに次ぐ6位と健闘している。囮を使った3人以上のコンビネーションで相手の守備を剥がす手管をはじめ多彩な攻撃のすべを具体的なやり方として落とし込んだ成果は決定力の問題で総得点36とやや物足りないが、どのような相手であろうと臆せず得点機をつくる姿勢はしっかりと根づいてきている。
しかしこの日の鈴鹿は、その三重に1ゴールも許さず勝点1を獲得した。意地だろう。

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◆「ダービーマッチはクラブにとってものすごく重要」

試合後、三重のコールリーダーは、相手がいるからこそダービーができる──という旨の呼びかけをおこない、鈴鹿アンリミテッドFCのチーム名をコールした。そして鈴鹿のゴール裏からも返礼のコール。ダービーではあっても殺伐とはしない。この雰囲気が今後、三重ダービーの伝統となっていくのかもしれない。

【15nov.2019夜追記】この記事を読んでいただいたヴィアティン三重サポーターの方から「ヴィアティンではJFL昇格初年度から、相手からエールがなくても、こちらはするように心がけています」とご指摘を頂戴しました。三重ダービーだからチーム名のコールをしているわけではないということを併せて追記します。

インタビュールームに向かう。就任当初は女性監督として話題になった鈴鹿のミラグロス・マルティネス・ドミンゲス監督は、まったく違和感なく競技場に佇み、スペインの知見を持ち込む本場のプロというオーラを身にまとっていた。共同記者会見冒頭の総括で、大観衆で満杯になったスタンドとそれを実現させた運営について触れたコメントが“らしかった”。
「まずひとつヴィアティンさんに感謝をしたいのは、きょうこのようにすごく雰囲気のいいスタジアムをつくっていただき、たくさんの人々が訪れるよう働きかけていただいたこと。ありがとうございました」
試合についての評価も妥当なものだった。
「試合が始まる前からこういうファイトの多いゲームになると自覚していました。ふだんのゲームとは違ったプレーをすることも多かったが、無失点で終われたこと、こういう相手に対してしっかりと戦えたことは評価できる」

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気になったのは、とにかく負けないことにこだわった試合運びだ。チームづくりの一環として考えればもっと攻撃的なサッカーをすることもできたはずだし、リーグ戦でより上の順位に上がることを考えても勝点3を狙う戦いをしてもよかった。しかしこの日の鈴鹿は、あきらかに失点しないこと、負けないことに力点を置いていた。

ふたつ、質問をした。

――0-0は想定内か、それともかなり不満が残る結果か?
「0-0という結果は自分たちにとってもそうですし、相手にとっても価値ある勝点1なのではないかと思います。このグラウンドで彼らから勝点3を獲るのは難しいことです。それこそHonda(FC)さんもここで2-2の引き分けがあった(JFL第24節、10月20日)ように、難しいゲームになるということは承知していたので、この勝点1は決して悪いものではないと思っています」

――チームづくりをする、リーグ戦で勝点を獲るという要素に比べてダービーマッチという要素が占める割合はどのくらいあったのか?
「順位的な部分で通常のリーグ戦としての大事さもありますけれども、ダービーマッチはクラブにとってものすごく重要なことですし、自分たちにとっても彼らにとってもすごく重要なことで、唯一、どちらもゴールをお客様に見せることができなかったのはちょっと残念ですけど、お互いにとって悪い結果ではなく、ほんとうにこれだけたくさんの人が来てくれたので、非常にいいゲームだったのではないかと思っています」

欧州の人間であれば、ダービーマッチに負けてはいけないという教えが骨の髄まで刻み込まれていておかしくない。この取材に臨む前、三重が鈴鹿に撃ち勝つのではないかと予想していたが、それははっきり言って甘かった。ここまでダービーでふたつ負けているチームが、みすみす隙をつくっての3連敗を許容するはずがない。海外サッカーで好みのリーグを追っているときならその感覚に気づくはずだが、日本の全国4部でその厳密さが再現される可能性を思い浮かべることはできなかったのは、書き手としては失態だったかもしれない。
この日のダービーに緊迫感が漂い、本格の香りがしたことに、少なからず鈴鹿が、そしてミラグロス・マルティネス・ドミンゲス監督が貢献していたように思う。

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三重の上野監督にも、ふたつ訊ねた。

――パスが通らないという話がありましたが、鈴鹿の守備が思ったよりコンパクトだったということはありますか?
「ベンチからはコンパクトにしろと監督さんの声も聞こえましたし、そうしようとしていたのだと思います。実際にゴール前は固められていましたしそれでも練習して破れるような練習はしてきましたので、それが出なくてちょっと残念です」

――一年かけてチームづくりが進んできて、かなり判断が速くなって変なプレーはなくなってきたと思うんです。でもそれをここ数試合出せていたのが、きょうは出しきれなかったという見方に落ち着きますか?
「ああ、そうだと思います。日頃もっとみんな伸び伸びやっていますし、パスも通りますし。いちばんの原因は『見えなかった』らしいです(笑、平信のシュートの件)。それだけやっぱり力が入っていて、周りを見ることができなかった。でも、それも経験なので。選手たちはいい経験をしたと思いますし、次はもっと成長していってくれると思います」

◆戦い終えて

鈴鹿の執念とも言えるディフェンスの前にヒーローを生むことができなかったコートの、そのピッチサイドで、山本GMを掴まえ、試合を振り返ってもらった。

「きょうは三重ダービーということで過去2勝しているものの、相手も今回だけは譲れないという気持ちで来るわけですから、我々もそこで受けて立ってはいけなくて、やっぱりいままで自分たちがやってきたことにチャレンジしつづけるということをベースに臨んでいるんですけれども、相手のブロックを崩しきれなかったというところは、工夫や予測の見直しが必要だと思います」

上野監督は会見で、平信のシュートについて「視野狭窄」という意味のことを言っていましたが、相手も堅く来ていたし、こっちも違う意味で硬くなってしまったのか──こういう環境でもやれるようにしないといけないということでは、また一段階別のテーマが出てきたのか? こう訊ねると、山本GMは「ああ、平常心をどこに置くかですね」と、答えた。
「我々は今回運営側のシミュレーションとしても観客数3,000人を目標に取り組んだわけですけれども、これはプレーする側も『(満員になると、あるいは戦いのステージが上がっていくと)こういう雰囲気になるのか』ということを感じるいいきっかけになると思いますし、これくらい(の環境の変化)でいままで積み上げたものをあらわせないとするならば、そこはやっぱり常にトレーニングで自分のなかでそういう環境に置いて練習を重ねていくというところの積み重ねしかないと思います。いい勉強になったと思います」

4,000人を超えた“上ブレ”は、クラブとしても想定していなかった数字だ。「ここの収容キャパシティが5,100人くらいですので、それに対して4,000人が入り、駐車場の課題はまだこれからですけれども、動線や仮設トイレをつくって事故もなく安全に試合ができたということはひとつの成功事例かなと捉えています」と山本GMも言うように、運営面の手応えは大きい。
「(平均観客動員に対して)3,000人以上の新たなお客様が来られたということは、このうえない喜びですね。そのなかに、きょうのサッカーを観て『下手くそだけど面白いな』と思ってくれる方がいらしてくれれば、次の試合ホーム最終戦に脚を運んでくれると思います。そこの歩留まりがどのくらい出るか。次のホームゲーム(最終戦)を楽しみにしています」

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惜しむらくは勝利を収められず得点もなかったことだ。来場者へのアピールを考えれば、ダービーの雰囲気に加え、わかりやすい結果もあったほうがベターだった。この点について触れると、山本GMの表情に苦笑いが浮かんだ。
「いやー、もったいないですね。シチュエーションが整って、あとはちょっと触るだけだったですけど。でも彼らはこういう環境でもゼロで抑えて最後までやりきってくれたのでね、課題はありますけれども、おつかれさんと言ってあげたいです」

ともあれ、過去2シーズン連続ふた桁順位だった三重が、この一年でJ3加盟に必要な4位圏内の次のグループに入ってきたことは間違いない。ただ、山本GMは「まだ(力が)足りない」と、慎重だった。
「いま(第27節終了時)6位で4位が手に届くかどうかという順位ではありますけれども、まだ我々の実力はめざすところには足りないと思います。来シーズンの話になってしまいますけれども、そこをめざすためには何をするべきか、運営部門も含めてすべてクラブとしてどうするべきか、冷静に判断してやっていかないといけないと思います」

ピッチ外とピッチ内のバランスをとり、クラブを成功に導こうとする山本GMらスタッフの姿は、サッカーの中身でバランスをとろうとする上野監督の姿勢とも似たところがある。頭でっかちになりすぎず、ストイックにサッカーだけを追求することもなく、着実に発展していこうとする三重。その三重に負けず存在感を発揮する鈴鹿。両クラブの前向きな矢印がぶつかる、充実したダービーマッチだった。


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