マラソン

華々しい復活を遂げた日本男子マラソン 設楽悠太と大迫傑に見る新しいランナー像

 低迷していた日本の男子マラソンが息を吹き返した。1992年にバルセロナオリンピックで森下広一が銀メダルを獲得して以来、世界で活躍するスターが出なくなって久しかったが、昨年は主要大会での優勝、日本記録更新が相次ぎ見事に復活を遂げた。


 2月に設楽悠太(ホンダ)が2時間6分11秒と16年ぶりに日本記録を更新したのを皮切りに、4月にはボストンマラソンで「公務員ランナー」の川内優輝(埼玉県庁)が瀬古利彦以来31年ぶりに優勝し、8月にはジャカルタ・アジア大会で井上大仁(MHPS)が2時間18分22秒で、日本勢としてはソウル大会(1986年)の中山竹通以来32年ぶりの金メダルを獲得するなどその勢いは続いた。さらに10月にはシカゴマラソンで大迫傑(ナイキ)が日本勢初の2時間5分50秒と早くも日本記録を更新し、初の5分台に突入。日本男子マラソンの復活が年間を通して大きく感じられた年となった。


 世界との差が広がったことに危機感を感じていた2015年、現状を打開するため、日本実業団陸上競技連合によって「Project EXCEED」が始まった。これは2002年に高岡寿成(カネボウ)がシカゴマラソンで達成した2時間6分16秒の日本記録を超えるために設けたもので、既成概念を打破して通常では超えられないものを超えるという期待が込められている。そして日本記録を更新した選手には賞金1億円が支給されると発表され、驚きの声が上がったのは記憶に新しい。賞金の設定自体がすぐに効果があったとは考えにくいが、マラソン界の指導者とランナーがそれによって、世界に通用するランナーを育てるという意気込みを強く感じたことは容易に想像できる。


 それに伴うようにして、青山学院大学の原晋監督のようにランナーの育成の為、トレーニング法などで新しい風を送り込む指導者も現れ始めた。原監督が推進する「青トレ」は走るために鍛えるべき筋肉には重要度があり、トレーニングの優先順位が存在するという考えから来ている。導入以降、選手たちはウエストまわりがきゅっと絞れて故障も減り、腕振りがスムーズになったと言う。


 先述の設楽も独自のトレーニング、調整方法を行っている。体幹トレーニングを全く行わないのは、余計なトレーニングをすると無駄な筋肉がついてしまうからで、走りに必要な筋肉は走っていれば自然に身につくと語っている。マラソンの前にハーフマラソンを走るなど周りからは「おかしい」と言われるようなことも、ただの練習と実際のレースでは全然違うから行うのだと言う。このように自己流の調整を貫き、結果として16年ぶりに日本記録を更新した。


 また「陸上界の異端児」として知られる大迫は国内での練習環境に飽きたらず渡米を決意。世界のトップエリートだけを選りすぐったナイキのオレゴンプロジェクトに参加している。打倒アフリカ勢が目標であり、本人もアフリカ勢の走りを意識している。大迫はつま先で地面を捉える「フォアフット走法」をマスターし、以前よりもスピードが出てうまく走ることが出来るようになったと言う。踵で走るよりエネルギー消費が少ないと説明している。
世界記録はエリウド・キプチョゲ(ケニア)が昨年ベルリン大会で出した2時間1分39秒で、大迫の日本記録とはまだ差があるが、日本のマラソン選手は今本気で世界に立ち向かう努力をして、それぞれが自己の個性、創造性で既成概念を打破し、次々と世界で結果を出している。「Project EXCEED」によって、日本人のチャレンジ精神に火をつけたのが今成果として出てきているのだろう。設楽も大迫もフルマラソンの経験がまだ浅い選手なので、これからの伸びしろが期待できる。独創的なトレーニング方法で新しいスターが現れている日本の男子マラソンは再び五輪でメダルが期待できる種目となった。

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