いわゆるゼロ・ポジションにおける肩内外旋筋力の力源について

田中直史先生(大野記念病院)他
臨床スポーツ医学:Vol.13. No.9(1996-9)1049-1063

はじめに

 ヒト肩関節の動作筋は側方挙上では三角筋と棘上筋、さらに僧帽筋や前鋸筋、外旋では棘下筋や小円筋、補助的に三角筋、内旋では肩甲下筋や大胸筋、広背筋であるとされる。そして肩甲骨は挙上時には上腕骨と協調運動、つまり肩甲上腕リズムをとるが、通念上挙上以外では肩甲骨は僧帽筋などの肩甲胸郭間筋によって体幹に固定されるとし、この場合の運動の力源は肩甲上腕関節をはさんで走行する筋群が挙げられる。
 しかし腱板はその走行上、挙上に従い、いわゆるゼロ・ポジション(scapular planeで外転130~155°付近)では回旋筋としての効率が極端に低下すると考えられる。したがって90°前後の挙上動作として投球やまたほぼゼロ・ポジションまで挙上していると考えられるバレーボールのスパイク動作でも腱板による回旋力は理論上、下垂位より低下しているはずである。ただ実際に発揮される筋力は肩挙上の程度によって大きく変化したり、低下するとは考えられず、そこには挙上に影響されないものが強く関与していると考えられる。
 今回KIN-COM(Chattanooga Corp.)を用いて、下垂位と、いわゆるゼロ・ポジションを想定した挙上位での肩内外旋筋力を計測し、肩内外旋時の力源について比較解剖学的見地から考察を加えたので報告する。

対象と方法

 健康男性7名に対して、坐位で下垂位、背臥位でいわゆるゼロ・ポジションとされる挙上位で、求心性と遠心性に60および180°/sec、内外旋各30°の範囲で等速性肩内外旋筋力のピークトルク値を比較検討した。

結果

 内旋筋力はいずれも挙上位で下垂位の40~60%と明らかに低下していたが、外旋では低下傾向はなく、逆に80%からさらに上回るものも認められ、いわゆるゼロ・ポジションにおいても下垂位とはほぼ同等の強力な外旋筋力が発揮されることが確認された。

考察

 腱板は肩甲上腕関節の重要な回旋筋ではあるが、解剖学的にいわゆる肩甲棘と上腕骨長軸とが垂直に交差する下垂位付近で最も強力に発揮され、両者の軸が一致するゼロ・ポジションでは著明に低下するはずと考えられる。日常診療上も転医を伴う上腕骨近位骨折においていわゆるゼロ・ポジションで整復が行われるのは腱板による回旋変形力を低下させることで整復を容易にするためであるといえる。
 しかし今回の計測結果では、下垂位に比較していわゆるゼロ・ポジションで発揮された外旋力はほとんど低下しておらず、単純に外旋力の力源を棘下筋や小円筋に求めることには矛盾がある。そこには何らかの別な作用筋を考慮する必要があり、われわれはほかの力源として肩甲胸郭間筋を考えられる。
 もし肩甲上腕関節が十分にスタビライズされて肩甲骨と上腕骨が強固に一塊となれば、肩甲上腕関節を挟まない肩甲胸郭間筋によっても上肢の運動が可能となり得る。僧帽筋は副神経と頚神経の複数神経支配であり、さらに肩甲胸郭間筋の多くが幅広く厚い筋腹をもつことから、回旋のような三次元的に複雑な動きも肩関節の挙上の有無にかかわらず、これらのどの筋のどの部位を強く働かせるかによって、さまざまな力強い動きが可能と考えられる。また肩甲胸郭間筋より小さい構造である腱板では、力強さの不要な場合にはそれら単独で運動を行えるものと考えているが詳細にはなお検討中である。したがって棘下筋や小円筋による外旋筋力が低下するはずの挙上位でも、これら腱板が肩甲上腕関節のスタビライザー、肩甲胸郭間筋が力源となることで、今回計測された強力な外旋力の説明が可能と考えられる。
 また内旋でも肩甲下筋がスタビライザーとして主に働き、大胸筋・広背筋に加え、小胸筋や前鋸筋などの肩甲胸郭間筋が外旋の場合と同様に内旋筋力の力源として働いているものと考えられる。しかし外旋に比べ内旋では発揮される筋力は明らかに低下していた。この内旋力が大きく低下した理由として、外旋では僧帽筋などが挙上に影響されにくいのに対して、内旋では挙上とともに最大の内旋筋と考えられる大胸筋も肩甲下筋と同じく作用効率が大きく低下してしまうことが挙げられる。
 肩甲骨は一般にそれ自体がある程度の可動域を有することは知られているが、挙上時のいわゆる肩甲上腕リズム以外は整形外科医にとって肩甲胸郭関節はきわめて馴染みが薄い傾向にあるが、我々は少なくともスポーツ動作や障害発生のメカニズムや障害予防、さらに後療法を検討する際には、肩甲胸郭関節を考慮するべきであると考えている。

まとめ 

 1)下垂位と挙上位(いわゆるゼロ・ポジション)での回旋筋力を比較検討した結果、挙上位でも強力な回旋力、特に外旋筋力が発揮されることから、この力源として肩甲胸郭間筋が関与していることが示唆された。
 2)肩甲胸郭間筋は比較解剖学的にはロコモーション機能を担っており、ヒトでも幅広く厚い筋腹をもっていることから、どの部位を強く収縮させるかによって、三次元的な力強い複雑な動きも可能と考えられた。
 3)以上のことからスポーツ動作のメカニズム、障害の発生メカニズムや予防、後療法に関しては肩甲胸郭関節を考慮すべきであると考えられた。
感想
 1996年9月の報告であり、この頃から肩甲胸郭関節の可動性が重要だという議論が進んでいったんだと思う。現在、2024年5月。肩甲胸郭関節が重要視され、肩甲上腕関節の可動性が軽視されているように感じることもある。肩甲上腕関節の可動性をしっかり獲得し、その後、脊柱、胸郭も含めた肩甲胸郭関節の可動性を獲得していけるように努めたい。
 
次回
6月19日にLocation and initiation of degenerative rotator cuff tears: an analysis of three hundred and sixty shouldersについて報告します。
 
投稿者:小林博樹

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