触媒じいさん

触媒じいさん

一の宿

この宿にずいぶんといるようじゃのぉ、
もうかれこれ何年になるじゃろう?
まあ若い頃から酒好きじゃったでの、
今日も昼間っから2階の食堂で焼酎をチビチビやっとるのじゃ、
つまみはサービスなのか煮こごりなのじゃ、
はて、何の煮こごりかのぉ?
おっと先に金を払わんとならんの、
焼酎は500円でええらしいのぉ、
しかし、何故かワシの財布には金が入っとる、
誰かが入れといてくれるのかのぉ、
オッ、民宿の娘さんが新作のつまみを添えてくれたぞい、
でも、やはり何かの煮こごりみたいじゃのぉ、
NHKの朝のドラマに出てる様な快活なお嬢さんじゃ、
親父さんとこの宿を営んでおるらしい、
親父さんは賭け事好きが仇となって女房に逃げられたらしいのじゃが、
まあ、、よっぽど好きだったのじゃろ、
さあてボチボチ酒も効いて来た様じゃ、
小便でもして昼寝といこうかのぉ、
どうしてもワシは便所では小便が出ないのじゃ、
いつも階段でするのが癖なのじゃが、
誰もワシに注意せん、やはりちゃんと金を払っておるからかのぉ、
でも一体誰が払っておるのじゃろう?
まあえーわい、そんな事はのぉ、
小便も出てすっきりしたことじゃし、
応接間で昼寝じゃ、
布団もちゃんとひいてくれておるわ、
うとうとしとったら何やら声が聞こえるわい、
薄目で拝見じゃ、そして狸寝入りで拝聴じゃ、
何やら腹黒そうな男が二人宿の親父に話しとるわい、
どれどれ、、

「この土地を建物ごと一億で売って頂きたいのです」

ほー不動産屋かのぉ

「私も色々日本の復興の為に土地を買わせて頂いておりますが、
こちらの方も同じ事をやられている同士だと分かりまして、
共同出資しようという談となった次第でありまして、、」

ふん、二人とも腹黒いわい、、
大嘘つきめが、この歳になると声で分かるのじゃよ、

「ウチが3千万、こちらが7千万、合計で一億、、
悪い話じゃないでしょう?」

おうおう、そうきたか、作戦が見え見えじゃよ、

「こう言ってはなんですが、お宿の方もあまり流行ってない様ですし、
この様なご老人を抱えてはさぞかしお金もご入用でしょう?
まあ直ぐにとは申しません、考えては頂けませんか?
近いうち又お返事頂きに参ります、」

ふん、馬鹿者めがワシをダシに使いおってからに、、
馬鹿者どもめ、貴様らの腹は読めとるわい、
先ず約束の支払い日より早めにあのデブが3千万払って
3千万分の土地を使わせて欲しいと言って、
そこにやくざもんを住まわせてサンザンパラ嫌がらせをさせる、
宿には誰も近づかず、宿側は泣く泣く3千万でここを手放す、、
まあ、そんなところじゃろーて、
訴えても無駄じゃろうな、ああいうのには大きな後ろ盾がついておるものじゃて、、
デブ不動産めが、どれ、ちと正体を暴いてやろうかのぉ、
ワシはデブ不動産どもが帰ろうとしたところで、
寝返りをうつ振りをして足を引っかけてやったぞい、ほーれ

「なにしやがんだこのくそじじいぶっころすぞ!」

おー恐ろしや、、
ほーれ、本性丸出しじゃ、こんな輩に売ってはならんぞえ、
ほーっほーっほーっ
馬鹿者どもめ、後悔丸出しで帰って行ったわい、
ほーっほーっほーっ
お、娘さんじゃぞい
「おじいちゃん、怖い思いさせてごめんね、もう大丈夫だからね、
いつものお散歩行きましょうね、」
優しい娘っ子じゃのお、ワシはこの娘の花嫁姿を見るまでは死んでも死にきれんぞい、
あんれま、外に出ると沢山の馬が空を飛んどるぞい、
羽も無いのにマカ不思議な事じゃ、海の方に駆けて行ったわい、
ほーっほーっほーっ、、


マンションの一室にて

「喜んで、お父さん、数字よ、数字をしゃべったわよ」
「おお。早速教えてくれ」
「確か、5ひ、一お、三ぜ、七せ、、って言ってた、
しかも笑顔だったわ、このパターンは万馬券ね。」
「第5レース、三連単1−3−7だな、」
「それにしても国から生活を保障するからこのじいさんの介護をと言われて、
まあこっちもギャンブル狂いで生活苦、かみさんには逃げられるし、
娘のお前にもずいぶんと苦労をかけたな、
借金まで国がチャラにしてくれたんだ、
さぞかし大変な介護かと思いきや、
娘のお前でも簡単にこなせる類いのものだ、」
「そーね、お父さんは働かなくっても良いし、
私はじいちゃんに食事の二種類のゼリーを飲ませるだけだし、
一つは栄養ゼリー、もう一つは老廃物の分解ゼリー、
なので下の世話も要らないし、
車椅子で時々散歩連れて行けば良いだけだし、
そして夢でもみているのか時々数字をしゃべるのよね、」
「そうだな、このじいさんのお陰でかなり金も貯まった様だ、
福の神だな、と言ってもじいさんのしゃべった数字で馬券を買うって発想は俺ならではだろ?
しかも百発百中ときたもんだ、
一度は仇となったギャンブルが、皮肉にも今度は大きな福をもたらしたんだからな、」
「仕事嫌いなお父さんはこのままで良いかもしれないけど、私はそろそろ外で働きたいなー、」
「そうだな、そう思ってもう手は打ってある、養子に介護ヘルパーを迎えて、
家に住まわせる事にしたんだ、しかもじいさんが喜ぶかどうか知らないけど
お前より可愛い娘をな、だから自由に外に出てかまわんよ、」

三年後
娘は結婚した、
それと同じくしてじいさんはこの世を去った、
父と養子でもある介護ヘルパーは二人で小さな宿を営む事にした、、

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