報告書以前の話

 それがいつから始まったのかはわからなかった。私が大昔に住んでいた世界では長い間戦争が続いていた。
 ある日国営のチャンネルでニュースのキャスターが戦争が始まったことを告げていたが、それよりずっと前からそれは始まっていた気もする。結局のところ状況は悪かった。
 私はアンドロイドで警察のある部署のオペレーターをしていたのに、いつの間にか前線から少し離れた場所で後方支援部隊になっていた。
 私たちの隊は物資や人員の消耗が激しい中、長い間前線を守り続けて、最後は後方の私以外が全滅し、私も仲間を追った。

 そのはずだったが、次に目が覚めた時私は知らない場所にいた。
 見たいことのない巨大なビルの中で、大鳥居の下。
「ちょっと!そこのあなた!」
 知らない女性が私を呼んでいる。白衣のような服を着ているが、知らないロゴがついていた。”観測者”と。
 ここがどこかも、相手が誰かもわからない。とにかく情報を集める必要がある。幸い言葉が通じそうだ。 
「たす…けて…ください……」 
 声を絞り出す。
 すると相手は急いでこっちに向かってきて、倒れた私に手を差し出した。
「大丈夫ですか!今医務課を呼びます!」
「ありがとう…」
 女性が焦った様子で話しかけ、しゃがみ込み私に手を差し伸べた。私は差し出された手を両手でつかむ。
 と同時に思いっきりその手を押し返した。予想外の方向から加わった力に押され、女性は倒れる。
「ごめんなさいね。知ってることを教えてもらう」
 すかさず女性の頭に手をかざす。開いた手の平の先で光の輪が現れた。
 ヴィルーパ、観測者、企業…様々な情報が腕を伝って流れてくる。ここが私のいた世界ではないということも。
「手を上げろ!」
 声に反応して後ろを振り返ると黒い制服2人、私に銃口を向けていた。いつの間にこんなに集まっていたのだろう。動きが素早い。
 私は指示に従い、手を上げた。
「動くなよ。お前何者だ。どうやって侵入した。何が目的だ」
「あなたたち、執行部ね。観測者の荒事専門」
「質問に答えろ!」
「こちら執行部。意識不明の局員一名と侵入者。今すぐ応援を」
 冷たい銃口が私の額に当たる。少なくとも相手は私が何か知らない。ただの侵入者ならこの組織は問答無用で私を排除するだろう。
 時間は無い。相手が少ないうちにケリをつける。
 私は深く息を吸って、吐き出す。吐き出すと同時に、音がした。呼吸音ではない、どこか遠くで響いているようで、耳元でなっているかのような音。セラミックの食器を金属のフォークでひっかくような音が少しずつ大きくなっていく。
 音が大きくなるにつれてあたりの温度が急激に下がり、銃を向けていた人間達も動揺する。
 私は上げていた手を下ろし、胸の前で合わせる。
 胸から胴にかけてが少し白熱して、水蒸気がうっすらと立ち上っている。
「あなたたちは私のことを何も知らないけど、私はあなたたちについてさっき教えてもらった」
「何を言って…」
 黒服の片割れが口を開こうとしたと同時に、空気中の水分を凝結した氷塊が出来上がり、二人に向かって射出される。
「ぐあ!」
 氷塊は二人の腹に深々と突き刺さって、二人とも倒れた。

 新手がやってくる前に観測者ラボから逃げ出した私は、初めて見る外の景色に喜びの反面、焦りのようなものを感じていた。

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