n❀ 傍にいるから【前編】

輝良(キラ)は明らかに困ってた。
それでも意地悪な俺は、答えもヒントも出そうとはしなかった。
「ねぇ…これって、なんか問題点あるの?」
負けず嫌いな輝良は、俺を上目で見つつ、数学の問題集と睨めっこをしていた。
「あぁ、あるよ」
俺はそれが何処なのか、決して言おうとしない。
そんなの0.1%も輝良のためには、ならないからな。
俺は退屈な日常に降って来た『変化』を少なからず、楽しんでいたのかもしれない。

「ん゛~~~参ったにゃあぁ~…」
「ハイハイ、そんなカワイコぶっても、教えないからな。自力で解けよ」
全く…数学の問題一問解くのに何十分かかってんだ?
「なっ…悪かったわねぇ、可愛い女じゃなくてっ!!」
この「参った」は分からないという意味で降参ではないらしい。
流石に同じクラスになって二年も経てば、自然と相手のクセくらいは分かる。

「まっ、早く帰りたきゃ口じゃなく手動かしな」
教室の時計はもう6:30を回ろうとしていた。
もう夏が近いせいかまだ空は明るい…。
「分かってるよぉ~!……・・・・・・…あっ隼飛(ハヤト)!!
…この問題ってもしかして二次方程式の…なの?」
やっと正解への一歩を踏んだに、俺は心の底から安堵の溜息を漏らしながら頷いた。
輝良はまるでパズルのピースが全て当てはまったかのように、問題を解き始めた。

そしてあっと言う間に解くと、
持っていたシャーペンを投げる勢いでバンザイをした。
「終わったあぁ――――――――――――!!」
「おいおい、プリントのとこの名前が抜けてるぞ」
どうも最後の爪が甘いのが、輝良の性格らしい。
追試でもある課題の名前を書き忘れるなど…普通なら有り得ないだろうがな。
「え~っ、もう手痛くてまた腱鞘炎になっちゃうよ~」
「何言ってんだか」
「お願い!隼飛の字も見て見たいの」
そんな俺が書くモノじゃねぇ―だろ?と思いながら、
目の前にシャーペンを見せられては仕方ないから渋々書くことにした。

『矢壁 輝良』何とも不思議な名前だな、と思うのは失礼かもしれないが…
輝良なんて名前、一歩間違えれば『てるよし』って名前にも見えてくる。
「今、あたしの名前で笑ったでしょ~」
「なんで分かった?」
俺は詫びを入れるどころか、肯定しバレた理由を知りたくなった。
「ニヤけすぎ、あと隼飛はいつも…あたしの名前で笑ってるから…」
あっ、相当傷付いてたみたい…俺は少々バツが悪くなりながら、
弁解するしかなかった。
「んなことないって」
「あ~るっ」
「だって『輝く』なんてイイ字じゃねぇ~か」
「そんなことないよ」
「………………そうか?」
「うん」
最後は輝良の満面の笑みでフィニッシュ、どうやら俺の完敗みたいだ。
俺は苦笑いをしながら、輝良を見た。
「全く、隼飛って女苦手の癖に…変なことに首を突っ込んで、
自縛自縄になるからねぇ~」
「悪かったな。どうせ役立たずな、クラス委員だよ」

別に女が苦手って訳じゃないが…ホント自分の首絞めてるな、
と心の中で自嘲しながら俺は教壇に立った。
「おっ、そこに立つとやっぱり委員長って感じする」
「尚、悪かったな。いつもへっぴり腰で」
「どうして、そうネガティブなのかなぁ~?」
いつもいつも、クラスの決めごとをする時…
大抵の奴等は俺の話しなど右から左に流していて、
俺は同じ説明を二度三度と繰り返さなきゃいけない。

「あら?そんなことないじゃん!
い~っつも隼飛は顔色変えずに同じ説明をするじゃない?」
輝良の席は窓際の後ろから二番目の席で、HR中は…
輝良は俺の話しに耳を傾けてくれる数少ない一人だった。
「なんだ、おまえは聞いてたのか」
「まぁ~ね。いつもお世話になってるし」
そう、輝良は病弱で今も入退院を繰り返していて休みがちなのだ。
だが…輝良の周りはモチロン、クラスの連中は誰もそのことを知らない。

「ったく…調子狂うんだよ。そういうこと言われると」
輝良が病弱であることはクラス担任と学年の先生たちと…何故か俺だけだった。
「イイじゃない!あたし、何か変なこと言った?」
……コイツ、気付いてないのか?!
「…やっぱ、アホだろ」
俺の出した結論は、まぁ~言うまでもなく輝良の機嫌を損ねた。
「なっ、失礼ね!」
「ったく…人の気も知ら………」
俺は何てことを言いそうになったのだろう?
危うく禁断の台詞を吐くところだった。

アブネ~アブネ~。

「ん?人の気も…って何が?」
「いやっ、何でもねぇ~よ、ホラ、早く職員室行こうぜ。もう外も暗いし」
いつの間にか空は、闇に包まれつつあった。
流石にこんな中を女の子ひとりで帰す訳にもいかないな…
と思いながら、ようやく職員室に着いた。

「じゃあ、渡して来るねぇ~っ」
輝良はそう言って俺に荷物を渡し、職員室へと入っていった。
少しだけだが、俺は落ち着く時間が得られたって訳だ。
久しぶりに『変化』を楽しんでたとはいえ…全く…あと一歩遅ければ…
自分を見失うところだった。
今更…言えねぇよ、俺の気持ちなんて…さ。

「隼飛~先生が呼んでる~」
不意に名前を呼ばれ、俺はどんな顔をしいたんだ?
「あっ…あぁ」

マヌケな俺の返事に輝良は「疲れた?」などと聞いてきたからだ。
「いやっ、考えごとしてた」
「そう?」
俺は何も言わず、輝良と入れ違いに職員室へと入った。

「失礼します…」
流石に残ってる先生も少なく、窓の近くにいる担任にも俺の声は聞こえたらしい。
(結構、小声だったんだけどな…)
俺は担任に手招きをされた。
何故俺だけが輝良と入れ違いに呼ばれたのか…気になりながら…。

「おう、ご苦労だった。悪かったな、急に会議が入って…武下に任せてしまって…」
「いえ、別に…」
迷惑をかけた詫びをいれる担任に俺はそっと蓋をした。
別にイヤじゃなかったし、寧ろ…俺は…。
「逆に俺が助かりましたよ、先生」
「ん?…そうか、それはよかったな」
どうやら俺の言いたいことが分かったらしく、それ以上何も聞いてこなかった。

「おっ、そうだ…矢壁のことだが―」

それはあまりにも残酷な報せだった。
そして、俺は…またも自分の非力という壁にぶち当たった…。

「遅いし、送ってく」
前にも増して俺はぶっきらぼうな口調になりながら、輝良と昇降口へ向かった。
「また明日から、教えてやるハメになったぞ?」
俺は頼まれたことは断れないタチだから、ついついOKを出してしまった。
それに加えた先生の話は…今は忘れたい。
「ホント?じゃあ、明日もよろしくねっ!」

そして俺たちは、下駄箱に着き靴を履いてると、輝良はボソッと呟いた。
「隼飛って、やっぱ優しいねっ」
「何処がだ?」
心当たりゼロの俺は、靴を履いてる最中の輝良を見た。
輝良は靴紐を結ぶ手を休め、俺を見上げてきた。
「あははっ、照れてる~隼飛カワイイよ~」
………。
俺は何も答えられなかった。
何処がカワイイだ。
俺は先刻、先生に言われたことにショックを隠せなかった。

『また…入院を…』

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