n✩儚い夢追って

「では、今日はココまで」
50分という苦痛からの開放に朝衣はノート類を机に押し込めると、
すぐに教卓前の蛍の席へ向かった。
「蛍っ!今の数学の授業わかった?」
「………」
無反応な蛍。一拍遅れて、何故彼女が無反応なのかをやっと理解した。
「朝衣…ちなみに今の時間、何やってたのよ?」
すっと朝衣に近付いてきたのはストレートの黒髪が特徴の茜音だった。
「前半はちゃんと積分の計算をして…後半はヒマだったからずっと内職…」

パシンと気持ちのイイ音がクラスに響く。
しかし誰も今となっては驚く者はいなかった。
「いった~!イイじゃんよ、別に誰にも迷惑かけてないんだからぁ」
真新しいハリセンを見ながら朝衣は反撃をした。
「そういう問題じゃないでしょ。よく先生も注意しないよね」
ハリセンの持ち主は溜息を漏らしながら、朝衣から蛍に視線を移した。
朝衣も何故茜音に叩かれたのかは重々承知している。かと言って、
今更授業態度を改めようなどとも、彼女は考えていなかった。

「2人とも五月蠅い」
「あっ蛍も内職終わり?次、音楽だから行こうよ!」
ダルいと言いつつ蛍は教科書ではなくルーズリーフとシャーペンを持って立ち上がった。
朝衣も教科書は持たず、メモ帳とペン一本だけだった。
彼女たちの内職というのは…まぁ趣味の時間なのだ。
ただ…蛍は食べていこうと考えてるらしい。
「あのさ、2人とも…担任の授業くらい真面目に受けようとは思わないの?」
唯一、ロッカーから教科書を持ってきた茜音が蛍と朝衣を交互に見た。
「大丈夫、今日はグループ発表の練習だからさ…蛍はいつもと変わらないけどね」
「別にイイだろ」
とにかく個室を確保しなきゃ、と茜音に急かされながら3人は音楽室へ向かった。

「いつもの場所がイイよね」
音楽室の奥にある準備室、そこに並ぶ個室には1台ずつグランドピアノが置かれている。
「そうね、先生の声も聞こえるし」
朝衣の後に続いて茜音と蛍も個室へ入っていった。
「でもラッキーだよね…これで今日の授業も終わりだし、他の部活がココを使う日でもナイからね」
楽譜を開きながらシミジミと茜音は言った。
彼女たちが発表するのは合唱・・・には少し乏しいがアンサンブルといった所だろうか。
他のグループに比べ3人という少なさ。
当初は担任も心配だったらしいけど…練習風景を見る限りそれは無駄な心配だと分かり、
今ではある意味、協力者でもあるのだ。
「さぁ、やろうよ!あと2回しか練習出来ないんだし」
茜音の呼びかけに2人は怒りが爆発されない内に従おう、と作業を中断した。

「一応、授業は終わりだから集まってくれる?」
担任の声に生徒は反応して、ぞろぞろと荷物を抱えて個室を後にしていく。
そんな中、この3人だけは手ぶらで隣の部屋へ向かった。

「この調子なら間に合うんじゃない?」
「まぁ…他のグループみたいに長くは無いし、スピッツの曲だからそんな高い音域がある訳じゃないから」
珍しい蛍の発言に、朝衣はあんぐりしてしまったが…
正論を述べられてしまい・・・これ以上反論しようがなかった。
「まぁね、…朝衣?どうしたの?」
「あっ別に!また放課後も練習するんだよね?」
いつもは蛍が部活のため、2人で練習するけど…
今日は定休日ということで全員揃って練習できるのだ。
それが朝衣にはちょっと嬉しかった。
「あぁ。オレも出れる貴重な日だからな」
「じゃあこのまま残ろうか」
蛍だって決してやる気がナイ訳ではない。
寧ろ3人の中では1番歌に関しては猛ているのだから。 
そうしてそのまま、帰りのHRも音楽室で済まされ、
また3人は個室へと戻っていったのだ。

未知というよりは棘の世界に近いかもしれない。
狭き門に向かう訳だから…
「そう考えると、私は何も目標がナイな」
「そんなことないでしょ」
「茜音には茜音の道があるから平気さ」
割り込むように茜音をフォローする蛍。
どうやら二人の話を聞いていたらしい。
「あれ?もう終わり?」
ちょっと残念と朝衣は甘えた目で蛍を見つめた。
「…追加料金払うなら考える」
何とも苦学生らしい一言に個室は笑いで包まれた。

まだ靄の掛った未来。 
きっときっと…明るく照らしてくれるのは
…かけがえのない友人たちなのかもしれない。

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