n❀デコボコ

右手にあった温もりをどんなに思い出そうとしても…どうしても蘇らない。
…数時間前の記憶は…何処へ忘れてきたのかな?
忘れるつもりなんて無いのに…。
彼にとって…あたしって何なんだろう?

まるで…怖い夢を見て目が醒めた子どものように、あたしは我に返った。
「あははっ、馬鹿みたいだね…」
駅からそう遠くはない、誰もいない公園のベンチでヒトリ呟く。
先刻まで恋人の遊佐といたことさえ…嘘のようで、あたしは頭を左右に振った。
…やっぱり…もう少し待てば良かったね、
なんて都合のイイ考えはすぐにあたしの中から消した。
「もうすぐ試験の季節も…終わる」
まるで昔を手探りで掘り返すように…あたしは3年前に戻っていった。

―中学3年
やっぱり、というか当たり前に、みんな『受験』『試験』という単語に神経質だった。
勿論、言うまでも無くあたしもそのヒトリだった。
『遊佐!一緒に勉強しようよっ、亜梨実が今日は塾なんだって~』
まだあたしたちは友達で、クラスも部活も塾も同じだったせいもあり、
よく遊佐の友達も入れて勉強をしていた。
特に亜梨実が塾の日は、あたしはヒトリで勉強するのが苦手だったから
よく遊佐を誘った。
『おうっ、綺更が図書館の学習室、陣取ったらしいから…おまえも来るか』
『うん!!』
当時のクラスは何に関してもアツいクラスで…。
クラス目標なんて『挫折厳禁!!』だったことを今でも覚えている。

『ふぇ~…何で数学の証明問題ってこんなヘンテコなの?!』
あたしは脱力しながら、机に突っ伏した。
『挫折厳禁!!…って言われてもよ、泣いても笑ってもあと1週間だぜ?
少しでも解けるようにしろよ』
綺更の言葉はフォローなのかツッコミなのか…なんとも曖昧だった。
あたしはそんな綺更の志望校が、難関私立だと知ってたから…
嫌味も何も言えなかった。

あたしと遊佐は、学区内の公立高校を志望していたけど…
綺更は、超難関私立という…なんともチャレンジャーな域にいた。

―夢を諦めることは出来ないからな―

いつか綺更が言ってた台詞。
あたしの胸に今も熱く刻まれていて…少しだけ、悔しさもあったけど尊敬してた。
『まっ、あと少しでココも追い出されるから…もうひと頑張りしようかな』
そうしてあたしたちは…受験が終わるまで、図書館の学習室を占領していた。

それにしても…あの頃を思い出すと…
今、遊佐と付き合ってることが嘘のような、夢を見てるような気がしてならない。
でも、それと同じくらいに不思議なのは…亜梨実のあの日の行動。
綺更の合格発表の日…亜梨実は綺更に告白をした。
結果は…綺更が即答の『はい』で決まったみたい。
中学卒業までに…そう亜梨実はあたしに言っていたから、
結ばれて良かったなぁ、と思っていた。
そしてまるで…それに続くかのように、遊佐もあたしに告白をしてきた。
そんな遊佐とも付き合って…3度目の春がもうすぐ其処。
あたしは推薦で大学が決まり、あとは遊佐が本番を乗り切るだけ。
それも…あと1週間で…泣いても笑ってもあと1週間になっていた。
あたしは左手を空に掲げ、光る指輪を見ながら…思った。
中学とは違い、受験に対する考えの違いから…別れを選んだカップルが多くいた。
それはあたしの不安の種でもあったけど…この指輪を見ると、
そんな悩みは一瞬で何処かへ逃げてしまう。
『挫折厳禁!!』
中学時代のあの言葉を思い出しながら…あたしは、遊佐にメールを打った。
「…もうひと頑張りだよ!遊佐、挫折厳禁!!っと…」
送信ボタンを押し、あたしはショルダーバックを持ち、駐輪場へ向かった。
遊佐のいる市立図書館の学習室に行くのは…躊躇われる時間だったため、
真っ直ぐ家に帰ろうとした。
遊佐も…机に置いたお揃いの指輪を見て、あたしが遊佐のモノであることを…
想いながら、鼻歌をうたい、家路に着いていった…。

                               ~Fin~

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