n❀五十年後にページを開いて

ドアというドアを試せば、必ずそのひとつは夏に通じる。

タイムカプセルに忍ばせたその手紙に、謎を残したのは、私なりの一種の賭けだったのだろう。

ー五十年後にページを開いてー

不可解な伝言だな、と手紙を覗き込んできた雄大(タケヒロ)に、苦笑い。
だって、この一文を添えようと言った本人はあなたでしょう?

「確か、タイムカプセル埋めたのもこんな真夏日だったっけ?ヤマもんの思いつき……とは言え、本気で五十年後に設定するとは思わなかったけど」
「きっと、おれは不老不死だからーとかね、ヤマもんは自由人だったから、尚更でしょうね。見事、杖つくことなく喜寿手前の御仁には見えないわ」
私たちの元担任のヤマもん(山室先生)は、ベタなことが大好きな熱血教師。
今回掘り出したタイムカプセルも、校長先生へは事後報告。随分、嫌味と御説教をされたーなどと、後々のHRで零すほど、気さくな先生であり、でもどこか憎めず生徒からの信頼も厚かった。
「五十年かぁ…」
「そんな感慨深そうにして、殆どタケって同窓会に参加しなかったじゃない」
「あのなぁ、今日だって何十日かぶりの休みだったんだぞ?同窓会って、何で俺の繁忙期と被るんだよ!!」
そんな学生時代さながらの戯れは、私たちだけではなく、あちらこちらで展開されてはいた。
今となっては、私たちの思い出の染み付いた学び舎は、学校的には【旧校舎】と呼ばれており、今は使われていないけれど、私たちが3-Cとして使っていた教室で、タイムカプセルお披露目会は行われていた。

「よしっ図書室に行ってみない?」
鶴の一声とは、本当に彼のことを指す言葉だろう。…と言いつつ、名字にまで含まれる鶴の字、本当に半世紀経ってもネタにされているから、思わず助け舟を出しそうになっていた。
室内の、あの少し埃っぽい空気はそのままに、蔵書の配置や棚に収まる本たちの代わり映えは、流石に時代を感じずにはいられなかった。
しかし、変わらずに収まる蔵書もあり。
首傾げたまま…何の迷いもなく、私の愛読書をタケは手にして戻ってきた。
「懐かしいな」
「そ、そうだね」
躊躇い無く、窓際のローテーブルに横並びとなる。
高校時代の定位置。
「やっぱりSF小説はね、この『夏への扉』と『アルジャーノンに花束を』しか読めなかったな」
「だって、タケってばミステリーばかりなんだもの、同じ洋書なのに…」
「いや、そうだったんだがな…あれは、その」
などと、歯切れが良いのか悪いのか、タケの姿は、スポーツ刈りの学ランを着たあの頃と重なって見えていた。
同じ頁を指差し、同じ会話をしている…ああ、あの日の約束って確か…。

「「ドアというドアを試せば、必ずそのひとつは夏に通じる。」」

あれから五十年も経つから、栞の場所は動いていて然りと思っていたのに。
「ねぇ…ドアは、試せた?」
「さぁて、ここで話すには勿体ないほど、俺はドアを開け続けたんだがな」

挟んだ栞に綴られた言葉が、引き継がれた想いを彩っていった。

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