第5回 インタラプション ~女だって攻める~ 「初会合」
免責事項:この物語はフィクションであり、登場人物、設定は、実在のいかなる団体、人物とも関係がありません。また、特定の架空の団体、人物あるいは物語を想起させることがあるかもしれませんが、それらとは何の関係もない独自の物語となっているという大人の理解をよろしくお願いいたします。くれぐれも、誰かにチクったりしないようにwww
第5回 「初会合」
「おまえ本当にゴルフするつもりだったのか?」
朝の5時、ゴルフバッグを担いでマンションの前で待っていた絢を大上幸弘と車内の数人が笑ってみていた。
「聞いてなかったんだな。悪かった。今日は、ゴルフじゃないんだ。まあ、いいや、あとで打ちっぱなしでも行って腕前ご披露いただこうか」
大上に続いて、奥に乗っていた細身の男性が
「周りにはゴルフだったって言うんですけどね。あとでスコアカードも作りますよ」
と声を掛けてきた。
絢は激しく混乱した。
「ゴルフじゃないんですか?」
この日のために、わざわざウエアーも新調した。初めて役員と行くゴルフに相応しい格好ということで、何軒か店を回り、店員とも相談を重ねてようやく選んだ一着だった。
そもそも、ゴルフの経験は、入社したばかりのときに、同期と「社会人っぽいことをやってみよう」とクラブを購入し、何度か練習場に通っただけだった。
だが、今回はせっかく大上さんから声をかけてもらったのに、断るわけにはいかないと思い、レッスンプロを付けてこの2週間ほとんど毎日のように終業後、練習場に通った。
ウエアー代を含め、その出費は夏の旅行の予定を全部潰さなければならないほどだったのに、どういうことだろう。目的も明らかにされないまま大上に振り回されていることに、絢は腹が立ってきた。休日を潰してまで、何をしようとしているんだ。
「来れば、分かるから」
と大上に乗車を促されたが、釈然としない気持ちは、なかなか収まらなかった。とりあえず全ての荷物を運び込み、車に乗り込むと、車が動き出した。
小一時間後に着いたのは、東京郊外の簡易な食堂と会議室しかないシンプルな作りの研修施設だった。
会議室に向かいながら、大上が
「俺とお前だけじゃないって言っただろ。今日は全員集まってる」と少し悪戯っぽい笑顔で言った。
ざっと見渡すと、大上以外に唯一知っている顔は人事本部長の安田だけだった。
数えてみるとメンバーは総勢17人で、女性は、絢を含め4人。どうやら、サニー想像していたよりも多いが、本社だけで約15,000人という会社の規模からすれば、ほとんど1,000分の1だ。これで本当に会社を変えることなんて出来るのだろうか。
「さて、全員集まったところで、早速、みんなに紹介しよう。この勉強会の新しいメンバーだ。当分、これ以上のメンバーは増やさない予定だ。結構増えてきたからな。じゃあ、自己紹介して」
唐突に振られた自己紹介に、絢はドキマギしてしまった。全く知らない先輩社員たちを相手に自己紹介をさせられるのは何年ぶりだろう。
「デジカメのマーケをやっています。西北大学経済学部卒、XX年入社の渡部絢といいます」
それだけ言って会釈をした。
「もう少し面白いネタないの?」
細身でどことなく歯医者のような風貌の男から、いきなりジャブが飛んで来た。
「会社の同僚たちには教えてない秘密を何かひとつ教えてよ」
半分ふざけているような軽い口調だった。
(なんで、見ず知らずのあなたに私の秘密を教えなくちゃならないの?)
助けを求めるように大上を見た。
「分かった。じゃあ、あとで俺たちが絢に自己紹介するときに、一つずつ秘密を教えあおう」
大上が笑いながら、そう言うと、「俺たちもかー」「何か言えるのあったかなー」「うわー、思いつかねー」というようなざわめきが起きたが、反対する声は無さそうだった。
乗るしかない。
「どんなのでもいいですか?」
「いいよ」
シモネタを期待されている雰囲気でも無さそうなことに安心した。
「子供の頃から、枕に名前をつけてます。4歳のときに初めてつけた名前は『かまぼこ』でした。今の枕の名前は、2個目の秘密になるので、今日はもう言いません」
大きな笑いが巻き起こり、場が一気に暖まった。
それから、各メンバーの自己紹介が始まった。それぞれが、ほとんどどうでもいい秘密を話すので、その度に笑いが起こる。それぞれの秘密や滲む人柄が印象に残るせいか、簡単に顔と名前を憶えることが出来たのは秘密を交換したことによる嬉しい効果だった。
「秘密を教えろ」といったのは、サニー研究所の課長の井岡幸雄(いおかゆきお)で、病院の研究をしているそうだ。子供の頃集めていたダンボール箱1箱にもなる牛乳瓶の蓋が未だに捨てられないのが秘密らしかったが、その秘密を聞いた周りのメンバーからは、「らしいなー」という声が挙がっていた。
絢が知る限り、サニーは一部の医療用カメラを製造しているだけで、それ以外の医療系の技術を持っているという話も、ましてや病院自体の研究をしているということも初耳だった。
どのように集められた人材なのかは、まったく不明だったが、とにかくあらゆる部門、あらゆる階層から選抜されていることだけは確かだった。
「最後に、俺の番だな。全員、俺のことは知ってるだろ。秘密は、、、そうだな、そのうちとっておきのを話す」
「ずるい!」という声がすかさず挙がる。
「そのときは、2個話すから。今は、勘弁してくれ」と大上がいうと「僕たちは、忘れないですよ!」という声が挙がり、再び笑い声が起きた。
「というわけで、新しいメンバーだ。絢って呼んでやってくれ」
大上は、少し強引だ。絢と呼ばれるのは、まったく不快ではない。けれど、それは私から言うことではないのか、とも思った。
(まあ、いいか)
全員からの拍手を受けながら、絢は、心の中でつぶやいた。
「絢、これは、サニーをどこに向かっていくか、どうやって変えていくかを本気で考える勉強会なんだ。よろしくな」
その日、自己紹介のあとに行なわれたのは、「未来の病院像」がテーマのディスカッションだった。あらかじめ決まっていたらしい。議論をリードしたのは井岡だった。まずは、井岡が研究している「未来の病院」について発表し、それについて広範囲に議論が行われた。
「そもそも、病院にかかるのは最終手段であって、本当に医療を再発明するなら、病院なんて狭いテーマではなくて、予防医療から入るべきだ」
「今日の議論は、『未来の病院』であって、『未来の医療』ではないですよ。医療としては、確かにその方向がありえますが」
「だから、『未来の病院』は、『未来の医療』の中で再定義されるべきだろ」
「そこまで行くと、議論したところで、実現に向けてクリアしなければならない法規制がとてつもないことになりますよ。非現実的な未来は、未来とは言えません」
「そんなもの、法規制が緩い国に行けばいいんだよ。そこで未来の医療を始めれば、アメリカなんてすぐ手を出してくるんだから」
議論は完全にフラットだった。しかし、この分野についてまったく知見のない絢は、とにかく出てくる意見が全てもっともに聞こえてしまい頷いているだけで時間が過ぎていった。
夢にまで見た「先駆者」たちのサニーを目の当たりにしている気がする。来るまでの不満感は吹き飛び、その輪の中に、1,000人に1人の中に自分が今いることに陶酔感すら覚えていた。
午後は引き続き「未来の病院」についての議論が行なわれ、17時をまわった頃に、ようやくお開きとなった。
(20年後の病院が見えた。本当に未来って見えるんだ!)
「サニーは先駆者たれ。その視線は、いつも未来に向けられ、いかなる過去にも束縛されない」まさにその言葉通りの世界だった。
「今日は、ゴルフ名目だから、一応、スコアカード作っておこうか。東山が、トップだったことにしてやろう」ホワイトボードに名前やスコアが書き込まれ、スコアカードが配布されると、それを全員がワイワイ言いながら写していく。
隣に座った安田が、「僕たちがやってることは、大上さん主催のただの勉強会です。でも絶対に見つかっちゃだめなんですよ。今のところ。大事な時期なんです」とだけ言った。そんな場にいれることに、ワクワクしてしまう。絢は、「はい。心得ています」と頷いた。
それからも会合は様々な名目で、ほぼ隔週行われた。
毎回行なわれる議論も、「未来の~」といったものに限らなかった。これまでには大規模投資を行なうための財務会計や組織構成の議論なども行なわれたようだった。
外部の経営コンサルタントがゲストとして議論に参加することもあったし、海外の研究者、大手広告代理店など異業種の社長を招いての勉強会が行われることもあった。
先駆者サニーに飢えていた絢にとって、それは毎回夢のような時間だった。しかし、議論に参加することが、どうサニーを変えることに繋がるのかは、正直なところ、よく分からなかった。実現性が見えず、なんとなく不安なところもある。
この議論で出たアイデアをまとめて実行するなら、大上が社長になっている必要があるだろう。いくらなんでも、大上が社長になるまで10年は掛かるはずだ。大上が有能だとしても、序列で言えば30番くらいの役員に過ぎない。このような議論を10年も続けるのはとても不可能だ。
手触りのある、現実的な変化が欲しい。
6回目の会合の帰り、絢は、大上にその疑問をぶつけてみた。
「いつになったら、サニーを変えられるのでしょうか。議論の先が見えていないんですが」
「ああ、そうか。絢に言ってなかったな。あと2ヶ月だよ。みんなには最初から期限を伝えていたんだが。忘れてた。すまん」
そのスケジュール感は、逆にあまりに現実味がない。
「2ヶ月後に何かが変わるんでしょうか」
絢は食い下がった。
「一通りの議論が終わるんだよ。投資分野で有望そうなのは、住宅、医療、交通。家電そしてエンターテイメント。5つだ。まあ、くくり方は大雑把だけどな。いままで2年近くかけて、この5つを考えてきた」
議論が終わったら、サニーを変えられるという説明がが良く分からない。
(2ヵ月後、何か起きるのかな)
さらに食い下がろうかとも思ったが、これ以上は、あまり意味のないことのように感じ、納得することにした。いずれにせよ、話を聞くのは楽しい時間だ。2ヶ月で一区切りなら、それはそれで構わない。
立ち去ろうとする絢に、大上が続けた。
「あと残っているのは、交通カテゴリーの自動車なんだ。絢、次回はお前が電気自動車をテーマに何かやってくれ。そもそも、絢は電気自動車担当のつもりで入れたんだ」
唐突に与えられた宿題に、絢は絶句した。
今まで、絢はほとんど発言することもなかった。正直、自分から発信できる情報なんて何もないように感じていたからだ。ましてや自分がプレゼンターになることなど、想像もしていなかった。「電気自動車担当のつもりで入れた」という言葉に至っては意味不明だ。
「楽しみにしてるぞ」
そう言って立ち去る大上の姿を、絢は、返事をするのも忘れて、見つめ続けていた。
どこから手を付ければいいのか見当もつかない。作業的にネットや雑誌の情報を断片的に収集する以上のことは何も出来ず、気がつけば、次回の発表まで残すところ1週間というところまで来てしまっていた。
(またタバコ来ちゃったな。今日、何回目だろ)
タバコに火をつけると、絢は大きなため息をついた。
「電気自動車って何を話せばいいんだー。電気自動車なんてよく知らないし。井岡さんみたいな専門家じゃないしー」
思いつくのは「未来の電気自動車」ではなく、毎回あれほど楽しみにしていた会合をサボる口実と不満ばかりだ。
ふと見ると、足もとのマガジンラックに今週の週刊アジア経済が置かれていた。
パラパラとめくると、日本発の電気自動車メーカーであるアクセラレータ社の社長、森顕示(もりけんじ)のインタビューに目が留まった。
「インタビューでもしてみるか」
ようやく一筋の光明を見つけた。これなら、具体的に動ける。絢は、急いでタバコの火を消すと、デスクに戻り早速アクセラレータ社のWebに記載されている問い合わせ先アドレスへメールを送ってみた。
(次回は8月5日更新やでー!)
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