第7回 インタラプション ~女だって攻める~ 「見守る男」

免責事項:この物語はフィクションであり、登場人物、設定は、実在のいかなる団体、人物とも関係がありません。また、特定の架空の団体、人物あるいは物語を想起させることがあるかもしれませんが、それらとは何の関係もない独自の物語となっているという大人の理解をよろしくお願いいたします。くれぐれも、誰かにチクったりしないようにwww

第7回 「見守る男」

絢のプレゼンが終わった。メンバーたちが顔を見合わせたり、資料をペラペラとめくってみたりしている。いつものように、活発な議論が始まる雰囲気がまったくない。

大上がようやく口を開いた。

「お前さ、この資料、全部ニコラモータースの資料から抜粋してきたの?」

ドキリとして、顔がひきつった。

「いえ、ニコラモータースではなくて、アクセラレーター社の資料です。日本のベンチャーの。あ、あーと、あの参考にしたというか。取材もしてきました」

思わず、正直に答えてしまった。

「それのどこが先駆者なんだよ。人が作った資料と話をまとめてくるのが先駆者のやることなのか?」

その一言に、頭をバットで殴られたような衝撃を受けた。とにかく、宿題をこなすことに必死で、今の今まで「先駆者たれ!」という言葉がすっぽりと自分の中から抜けていた。

「サニースピリットは、どこにあるんだよ」

恥ずかしさで顔が真っ赤になるのを感じる。

(私は、電気自動車の専門家じゃないし)

(全く知らない分野で、そんないきなり先駆者なんてなれない)

(先駆者になるには、もっとたくさん勉強したりしないと)

(私は、まだ新人に毛が生えたくらいの若手だし)

(いきなりそんなことを期待されたって、無理に決まってる)

(私は、先駆者を助けるところから始めたかっただけなのに)

(私は手で触れるような創意工夫が得意なタイプだし)

言い訳がどんどん沸いてくる。

それを見透かすように、井岡が言った。

「絢、今、自分がまだ先駆者じゃなくていいと思ってないかな?先駆者は、もっと他にいて、自分は、その先駆者を支える役割なんだとか思ってない?」

言葉もない。今の言い訳は、自分が軽蔑していた先輩や上司たちが言っていることと何も変わらない。

自分が今まで「先駆者たれ!」という言葉に酔っていただけだったことを見抜かれて、それを全員の前で晒されてしまった気がした。

今すぐしゃがみこみたいという衝動を必死に抑えた。

「いきなり苛め過ぎだって。今回が初めてなんだからさ」

ホームエンターテイメントの部長、小早川隆(こばやかわたかし)が助け舟を出してきた。

「でもさ、アクセラレーターなんてのは、いくらなんでもないよ。どことなく嘘くさいもん。電気自動車は巷で言われているほど、単純じゃない。スタートアップでいきなりあんな性能が公道で出せる車が作れるわけがないんだ。もちろん、ガソリン自動車より構造はずっと単純さ。走らせるだけなら、本当に簡単に出来るよ。巨大なラジコンに乗っかるようなもんだから」

「けど実用を考えたら、ラジコンじゃまずい。たとえば大容量で安全性が高く、急速充電が可能で、かつ寿命の長いバッテリーが必要です」

「そして、それを作ることは、難しい。本当に難しい。そういう要素技術は、自分たちで開発できなければ、外から買ってくるしかない。これはすごく高くつく。誰も安く売らないんで」

メンバーがそれぞれの知見を重ねてくる。

「制御機構も同じだ。車全体を管理するアプリを作るのだって、簡単じゃないぞ。自動ブレーキシステムや衝突回避機構だってノウハウを持っているところは限られている」

「車じゅうに備え付けた様々なセンサーからのインプットを受け取って制御に活かすとか、簡単な話じゃないよ。僕だって真剣に考えてみないとベストなアプローチが見つかんない」

サニーコンピューターの技術顧問をやっている有森雅彦(ありもりまさひこ)が言った。

「センサーネットと接続して電気自動車のナビをやらせたり、音声認識を搭載して、人工知能と連動させてなんてことになったら、センサーからソフトウェア、人工知能に至るまでそれこそとてつもなく広範囲の技術が必要になってくる。しかも、それはどれも自動車屋の技術じゃない。エレキの技術だよ」

それは、絢も感じたことだった。

「だけど十中八九、いや、もう確実にアクセラレーターはそんな要素技術を何一つ持っていない。持っているはずがない」

それが、不思議なところだった。なんで、森は電気自動車を作れたのだろう。あれほどの完成度の。

「たぶん、アクセラレーターの電気自動車はニコラモータースのライセンスを受けてるんじゃないですか?中身はニコラで、外装内装だけを自分たちで作ってるみたいな」法務の遠藤秀雄(えんどうひでお)が言った。

「でも70%は自分たちで作っているって、、、技術者の人もいましたし」絢は自分が受けた説明をそのままぶつけてみた。

「だから70%っていうのは体積か重量のことで、それは外装内装のことなのかもしれない。モーターも、バッテリーも、制御機構も、全部ニコラ製だったら、ちゃんと走るものが作れますし」井岡が言った。

「そうだとしたら、あんなのを、『国産』電気自動車って呼んで持ち上げてるメディアには呆れるばかりですね」コーポレートマーケティングの竹尾明(たけおあきら)が指摘した。

「アクセラレーターにいる技術者っていうのも、内装とか外装とか作っている職人さんなんじゃないか。絢、見てきたんだろ?」大上が重ねてくる。

「おやっさん」だ。あらゆることがピタリとはまっていく。絢が頷いた。

「ほらな。でも電気自動車の要素技術に必要なのはそういう技術者じゃない」

「ニコラモータースと互換性のある部品をいかに安く仕入れるか、場合によっては作るか、とにかくそれでなんとか利ざやを出すような商売してるのよ。アクセラレーターは。ニコラモータースのやってることとはちょっと違いそう」営業管理部の課長、東山紀子(ひがしやまのりこ)が横から口を挟んだ。

「要するにな、アクセラレーターの社長、なんて言ったっけ?」

「森顕示さんです」

「ああ、森顕示な。あいつはニコラモータースのCEOの猿真似をしてるだけだよ。パンフに書いてある未来のビジョンも、ほぼそのままニコラのまるパクリだ。それで、無知な投資家から金を集めて、夢を追いかける豪快なベンチャー経営者像を演じて、失敗したら『次は、宇宙だ。火星の住宅を作る』とか言い出すぞ」

絢は、なぜ自分が森顕示になんの魅力も感じなかったのか、分かった気がした。でも今回自分がやったことは、そのことにも気がつかず、三番煎じの絵を描いただけだ。ここで止まったら、二度と先駆者の一員にはなれない。

会の方向が絢への批判に向かわず、アクセラレーターの分析に向かったことはありがたかった。絢がアクセラレーターについて持っていた疑問が解消されていき、その間に絢は冷静さを取り戻すこともできた。

絢は全員の顔を見て、言った。

「もう一度、、、チャンスをください。再来週、もう一度やらせてください」

「次は、サニースピリット見せてくれよ。俺たちは、サニーの電気自動車を見たいんだ」

その日は、残った時間で大上がテレビの未来を熱く語りまくって解散となった。

*  * *

数日後、絢は、業務中にたびたび大きなため息をついていていた。業務で問題があったわけではない。「もう一度チャンスをください」といったものの、手がかりすら見つからず、前回の悪夢がよみがえってくる。人間、そう変わらない。

カバンからタバコを取り出そうとしていた絢のところに長谷部部長がやってきた。

「本は、読んだ?」

「あ、いいえ、、、、少し、前半だけというか、、、、まだあまり読めていないです」

「全然、読んでないだろ?机の中に入れっぱなしとかなんじゃないのか?」

ブックオフに直行とはさすがに言えない。

「いえ、家には持って帰ってます。なかなか時間が取れなくて」

「いいよ。別に読まなくったっていいんだ。手元にあれば、必要になったときに読めるだろ。もしかしたら一生必要ないかもしれないけどな。俺は、いつか読んで欲しいと思ってるけど。それより、ここ何日かため息ばかりだろ。ちょっとだけ話そうか」

そう言って、長谷部は絢を談話室に誘った。

「タバコよりは、こっちのほうが健康的」

長谷部がコーヒーを2つ淹れながら、言った。

長谷部部長と話すと、なぜか、心が少し軽くなってくる。なぜ、私はこの人を見下していたのだろう。自分が、盛下の言葉に酔って、自分と盛下を一体化するような錯覚をしていたせいかもしれない。「先駆者たれ!」に応えないサニー社員は、すべて害悪だと感じていた。先日の勉強会での出来事は、絢を冷静にしていた。

「どうやったら、『先駆者』になれるんでしょう」

聞くつもりもなかった質問が、不意に口からこぼれた。

「『先駆者たれ!』か、、、」

長谷部は、一呼吸置いた。

「『先駆者』になるのは、大変なことなんだよ。勇気と弛まない努力、いや、そんな生易しいもんじゃないな。執念がないと『先駆者』にはなれないんだよ」

何千回も反芻した言葉が蘇ってくる。

(サニーは勇気をもって現在の不可能に挑み、現在を未来に変えていく)

そうだ。「勇気をもって」という言葉がそこには確かにあった。

もし「先駆者たれ!」が簡単な目標なら、盛下はこのメッセージを社員に向けて発することはなかったはずだ。非常に困難で挫けそうな目標だからこそ、盛下が常に発破をかけ続けなればならなかった。あれは、そういうメッセージだったのだ。

絢は、サニー社員であれば、そして「先駆者たれ!」と念じていれば、どこからかアイデアが降ってくるような気がしていた。でも、そんなことがあるはずがないことは、先日思い知ったばかりだ。

「先駆者になろうと挑んだ人間は、みんなそれを知っている。挑んで先駆者になれたのなんてごくわずかだ。挑んで届かなくて挫折したやつは、たくさんいる。諦められないでもがいている人間もたくさんいる。残念だけど、そういうことに挑んだこともない奴は、その何百倍もたくさんいるけどね」

長谷部がコーヒーを飲みながら言った。

長谷部さんは、挑んだ側だろうか。それとも、挑まなかった側だろうか。自分は、挑む側になれるのだろうか。

「そういえば、何週間か前、あれ、もう少し前かな。どこで聞きつけたか、テレビの大上がお前のこと聞いてきたぞ」

「大上は、俺の同期だ。最初から飛びぬけて優秀だった。あいつがお前のこと聞いてきたんだよ。どんな奴だって」

「『生意気で人の話を聞かないから、周囲とはまったく協調できていない。能力も未知数』」

長谷部がニヤリと笑って続ける。

「『でも、サニースピリットを持っていると思う』と言っておいた」

大上さんは、確かに自分のことを「色々と調べさせてもらった」と言っていた。でも、まさか、長谷部さんにも話を聞いていたとは思わなかった。

「社史編纂室、行ってみるか?」

長谷部の唐突な提案に、絢はギョッとした。電気自動車のプレゼンの失敗は完全に業務外だし、いくらなんても長谷部が知っているはずがない。周囲とは上手くいっていないとはいえ、いきなり社史編纂室へ左遷とはあまりに酷すぎる。

「私は、これからも、ちゃんとした仕事がしたいです」

「ああ、そういう意味じゃないよ。異動じゃない。社史編纂室に変わったやつがいるんだよ。一度、話してみろ。ドアには、『立ち入り禁止』って書いてあるけど、気にしないで入っていい。俺からも連絡入れておいてやるから」

「話すって、何を話せばいいんですか?」

「知らないけど、『先駆者』になりたくて、悩んでるんだろ。相談してみたらいい」

「知らない人に、それも社史編纂室の人に、相談ですか?」

「まあ、行けば分かるよ。たまには俺の言うことも素直に聞いてみてくれ」

そういうと長谷部は笑った。

気が進まないが、本も古本屋に売ってしまった手前、もう一度、アドバイスを無視するというのは、さすがに気が引けた。

次の日、一度も足を踏み入れたことのない倉庫フロアの奥にあったその部屋の前に、絢は立っていた。

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