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囲碁と人工知能・前編(2016年のメモから)

~今日PCのファイルを整理中に見つけた2016年イ・セドル九段とアルファ碁の対局直後に書いた文章に多少の加筆・修正を行ったものである。当時はAIと囲碁について、あるいはアルファ碁、人工知能の行く末について包括的に解説されたものがまったくなかったため、私個人の理解を共有することに価値もあろうかとまとめたのだったが、アップする前に飽きてしまったようである。読み返してみたら案外面白かったので、2年の沈黙を破りアップすることにした~

人工知能について盛り上がっている。囲碁と人工知能について書いていく。
アルファ碁についての解説もする。論文を読まないで分かったようなことをゆうとる情弱も多いので、ここらで決定版を書いたるわ。

囲碁について

まずは囲碁について、ごく簡単に説明しよう。囲碁の盤面は19路盤という縦横それぞれ19本の線によって構成されている碁盤と白黒の石を使う、2人用のゲームである。

囲碁とは先手、後手がそれぞれ黒石、白石を持ち、縦横19本の361の交点のどこでも好きなところに先手後手交互に石を打つ。どこでも好きなところといっても、相手の石や自分の石がすでにあるとこには打てないし、一度打った石を動かすことはできない。

交互に石を打って行き、より大きな範囲を囲んだ方が勝つというゲームだ。囲んだ範囲の広さは、石で囲んだ交点の数で表され、その単位を目(もく)と呼ぶ。

通常、それぞれが70目前後の地を囲ったところで勝負がつく。段位者同士で互角だった場合、その差は2〜3目程度の差になることが一般的だ。級位者の場合は、互角であっても隙が多いため10〜20目程度の差になることが多く、時に40〜50目差がつくこともある。

双方が自分の地を拡大しようとするとき、必然的に対立が起きる。相手の石を取り除ければよいのだが、それは、相手の石を自分の石でぴったりと囲むということのみで実現する。双方が、相手の石に囲まれないよう、相手の石を囲むよう、何手も先まで読みあう。

ルールは極めて単純だ。運が介在する余地はない。もちろん、相手の見落としなども含めれば「運」となるが、ようするに完全情報ゲーム(盤上に全ての情報があり、対局する双方が等しく情報を取得している)である。

私が知る限り、もっとも奥が深く、抽象的で美しく、戦略的なゲーム、それが囲碁だ。

囲碁の強さ

囲碁を打ったことのない者、あるいは囲碁の入門者であれば、「囲碁の強さ」とは「過去のデータ/定石をどれだけ覚えているか」「何手先まで読めるか」だと想像しているかもしれない。

しかし、それは大きな勘違いだ。囲碁は恐らく歴史が始まってから1度も同じ手順で終わった対局は存在していない。

囲碁の可能な打ち手(あとの解説のために、合法手と呼ぶ)は、将棋など他のボードゲームとは比較にならないほど多い。なにせ盤上に何も置いていない状態だと361手の合法手がある。2手目は、360手、3手目は359手、ここまでで可能な手の数は467万通りである。終局(勝負がつく)までに、平均250手前後なので、いかに巨大な選択肢の中で進んでいくゲームかということがわかるだろう。

この世界においては、「過去のデータ」や「何手先まで読めるか」は、ほぼ無意味といっていい。

アルファ碁がイ・セドル先生に勝利したとき、「コンピュータは過去の棋譜を全部覚えているから強い(勝った手順を再現できるから)」、「定石をすべて覚えているから強い」というコメントが挙がったが、これはまったくの誤解だ。

イ・セドル先生を相手に、定石の暗記で勝てたら誰も苦労しない。超人的な記憶力で、(囲碁の)定石辞典を丸暗記したプロ将棋棋士の先崎学九段は、定石丸暗記だけで囲碁アマチュア3段になったそうである(ちなみに、算用数字で表される段は、一般にアマチュアの段位を表す)。

しかし、囲碁における定石は、将棋における定跡ほど絶対的な手順ではない。定石通りに打ったからといって必ずしも有利になる訳ではなく、場面によってその有効性の程度はほぼ無限と言っていいほど変化する。

実際、市販のコンピュータ囲碁ソフトには、最先端のプロの独自定石を除くほぼ全ての定石が網羅されているが、定石のみでの実力ではアマチュア高段者に勝利することも到底かなわないのだ。

アマチュアの最高レベルは6段だが、プロ予備軍である「院生」になるための条件が15歳までにアマチュア6段であることと規定されている。これはとてつもなく狭き門であり、さらに、院生の中でプロになれるのは4%に満たない。

囲碁3段の先崎九段(くどいが将棋である)が、本気のプロと勝負をすれば、おそらく20目近い差がつくのではないか(もしかするとそれ以上かもしれない)。この差を解消するためには、対局を始める段階で、3~4つの石を置く必要があろう。ちなみに、これを置き石と呼ぶ。置き石によって、力量に相当の違いがあっても、互角に勝負を楽しむことができるというのも、囲碁の面白いところである。

要するに、定石の暗記だけでは、決して勝てるものではないのだ。まして、世界のプロ棋士の頂点に立つイ・セドル先生に、コンピュータが定石をいくら覚えたところで勝てるはずもない。

また意外かもしれないが、「読みの深さ」も、実は上位プロレベルになれば、コンピュータと戦って劣るというようなことは実はない。注)これは2016年時点の囲碁AIについて書いたもので、その後、この点は大きく覆されている

膨大な計算量を誇るコンピュータが人間のプロに劣るはずがないと思われるかもしれないが、囲碁のもつ宇宙規模の選択肢の前では、コンピュータも人間も「読みの深さ」についてはどんぐりの背比べである。

石の取り合いになるような場面においては、そのような読みの深さが求められるが、プロレベルになれば、その局面での取り合いを読み切ることは容易い。

では、なにが強さを作るのか。それが「良い形、悪い形」である。

良い形、悪い形

言い換えるならば、囲碁の強さとは、すなわち「形の判断」といってもよい。少し違う言い方をすると「いい形、悪い形」の判断ということになる。

実際に、囲碁をひたすら打っていると、徐々に「よい形、悪い形」の判断がアマチュアでもついてくるようになる。

もちろん、アマチュアの判断は往々にして不正確であり、その範囲も非常に狭い範囲に限定されている。強くなればなるほど、より強く明確な美意識が、より広い範囲を捉えるようになる。

囲碁の盤面は19路盤というたてよこそれぞれ19本の線によって構成されている。アマ初段レベルだと、恐らく3×3〜5×5くらいの範囲でしか形の良し悪しを判断できず、その狭い枠をいくつか盤面上にあてはめて全体を判断するということをしている。

19路盤全体に対して、「よい形、悪い形」が判断できるのは、プロしかいないのではないか。

なにはともあれ、この「よい形、悪い形」の判断が、囲碁の強さを決定づけるといっても過言ではないのである。

コンピュータがイ・セドル先生に勝利したこと、それは、実は「よい形、悪い形」の判断が、人間のプロを上回ったということを意味している。

では、コンピュータがなぜ、よい形、悪い形を判断できるようになったのか。いよいよ、アルファ碁が何を、どう成し遂げたのかを解説していこう。

後編へつづく

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