第6回 インタラプション ~女だって攻める~「ベンチャー社長、攻める」

免責事項:この物語はフィクションであり、登場人物、設定は、実在のいかなる団体、人物とも関係がありません。また、特定の架空の団体、人物あるいは物語を想起させることがあるかもしれませんが、それらとは何の関係もない独自の物語となっているという大人の理解をよろしくお願いいたします。くれぐれも、誰かにチクったりしないようにwww

第6回 「ベンチャー社長、攻める」

日本発電気自動車メーカーのアクセラレーター社にコンタクトを取ると、すぐに社長の森顕示から直接メールの返信が来た。

「ご興味お持ちいただき光栄です。いつでも、ご来社ください」

あっさりとした返事だったが、「いつでも」というのだから、向こうとしては最高の条件を出しているとも受け取れる。まさか暇なベンチャー社長はいないだろう。サニーのブランド力を感じずにはいられない。

森顕示は、たびたびメディアでも取り上げられている社長で、プロフィールによると元トヨダの社員で、世界一周をしたことがあるそうだ。

その2時間後には、絢はオフィスの前に立っていた。受付で来社を告げると、週刊アジア経済の写真そのままの格好の顕示が出迎えた。日に焼けた精悍な顔つきで、自信が全身から溢れている。

「はじめまして。わざわざご来社ありがとうございます」

そう言って、森は深々と頭を下げた。絢のような若手の女性社員に対しても、これほどまでに深々と頭を下げる態度に、絢は感心した。

オフィスの一角に設けられたプレゼンスペースに通されると、山のようなパンフレットやカタログ、資料を若い女性の社員が運んできた。

「ここに持ってきたのは、少し多いですが、うちの会社の最新の資料です。電子版もメディアに入れてあります。サニーさんには、ぜひアクセラレーターをよく知っていただきたいので、この内部資料もつけちゃいます。あとで見ておいてください」

そう言うと、森は胸のポケットから、USBメモリスティックを取り出して、パンフレットの上に置いた。

「それでは、その資料は脇に置いておいて、まずは私から10分だけプレゼンさせてください。そのあとで、ご質問を何なりと」

プレゼンが始まった。さすがにプレゼンに関して森は百戦錬磨だ。強弱、話のテンポ、ストーリー展開、どれを取っても隙がない。きっと大変な回数の練習をこなしたのだろう。

白い長袖シャツを腕まくりして、肘から下を見せている。プレゼン中、腕を振るたびに、上腕に筋肉の筋が浮かび上がった。

プレゼンが終わり、アクセラレータ社のフラッグシップスポーツカー「ギャツビーG」の写真が全面に移ったスライドに来ると、森が「ありがとうございました」と言って最後のクリックをした。

静止画だと思っていた「ギャツビーG」が、一直線に地平線まで伸びた道路を走り抜け、「先駆者の、その先へ」というキャッチコピーが浮かび上がった。

「どうぞ。ご質問を」

絢は用意していた質問をし始めた。

「電気自動車は、本当に簡単に作れるんですか?」

「プレゼンの中でも出てきた通り、モーター、バッテリー、制御装置。この3つが揃えば、電気自動車は作れるんです。構造は非常に単純ですよ。」

「それでは、競合に模倣される可能性が常にあるということですね」

「模倣は、ガソリン車よりは遥に簡単だと言えます。なので、いかによいモーター、バッテリー、制御装置を確保するかというところが勝負になるんです」

「ここで作っているんですか?工場がほかにあるんですか?」

「千葉とアメリカに小さな工場があります」

質問の最中、絢は、森の値踏みをするような視線を全身に感じていた。爪や指先、手の甲、腕、胸、首筋、唇、鼻筋、目、あらゆるところに視線が絡んでくる。最初に感じた爽やかさは微塵も感じられなくなっていた。

その絡みつく視線を振り切るように、絢は質問を続けた。

「走り心地は、ガソリン車とどう違いますか?」

「そうですね。まったく違います。砂利道を引きずられるのと、氷の上をスケートで滑るくらい、違います。そうだ、電気自動車今から乗ってみますか?」

願ってもない。こればかりは体験してみないことには分からない。一瞬、あの視線を思い出し、車で二人きりになるのはまずいかと思ったが、好奇心が勝ってしまった。

「もう時間もいい時間だから、食事がてらどうでしょう。ジビエでいいかな」

その言葉には、有無を言わせない強引さがあった。

「いいんですか?お願いします」

絢がそういうと、満足そうに頷き、数人いる社員に

「じゃあ、俺はこれからサニーさんに取材受けて、直帰するから。戸締りだけ、よろしくな。なんかあったらすぐに電話くれ」といって、席を立った。

ビルの前に立っていると、ギャツビーGが目の前に停まった。降りてきた森が助手席側のドアを開けて「どうぞ」とエスコートした。

絢は「ありがとうございます」と言いながら、森は「Alfonso」を、表紙モデルにイタリア人中年男性タレントを採用している中高年向け男性誌を毎号熟読しているに違いないと思った。

助手席に乗ってみると、いままでの車とはまるで違う乗り物であることは一目瞭然だった。猛獣のうなり声にも似たエンジン音もなく、静かに一気に加速していく。走ると言うよりも滑空していくような感覚に近かった。

信号が赤から青に変わり発進する瞬間が面白い。絢は、むしろ赤信号で停止するのを期待するようになってしまった。「砂利道を引きづられるようなガソリン車に対して、氷の上をアイススケートで滑るような電気自動車」というのはあながち嘘ではなかった。

「どうですか?自動車にはエンジン音がないと、なんていう連中もいるけど、この加速と滑空感を知ると、みんな電気自動車ファンになっちゃうんですよ」

「はじめての感覚です」

森は、満足そうに「そうでしょ」と呟いた。

「御社で、この車を全部作っているんですか?」

「全部じゃないですけどね。70%くらいはうちの工場で作って、あとは外注です。自分たちで作るよりも外にいいものがあれば、使わない手ははないから」

70%も作っていることは驚きだ。

「でも、大きい生産設備は抱えないようにしてるんです。図体がでかくなると身動きが取れなくなってしまうので」

本当に、そんな小さな生産設備で作れるのだろうか。たしかにガソリン自動車を製造するような設備はいらなそうだが、町工場で作れるようなものではないだろう。

「うちで作っている部分以外は、全部外国産ですけど、車全体で見れば、国産電気自動車って言ってもいいと思っています」

それにしても、日本にここまでの電気自動車を作るメーカーがすでに存在しているとは驚きだ。

車内をざっと見渡しても、タッチパネル式のディスプレイには、ナビだけではなく、エアコンやオーディオに始まり、車全体をモニターし制御するソフトまで表示されている。膨大な量のセンサーが搭載され、統合され、制御されているに違いない。

タッチパネルとチップの組み合わせにすぎないスマホは、ガラケーに比べ構造は恐ろしく単純だが、スマホとして成立させるには高度な技術とノウハウが必要だ。

電気自動車にも同様のかなり高度な技術が求められるのではないか。

本当にそこまで簡単に作れるのか、それともこの森という男は何か特別な技術を持っているのだろうか。

ふと、素朴な疑問をたずねてみた。

「何キロくらい走るんですか?」

「東京から伊豆くらいまでは軽くいけますよ。それとも、もっと長距離俺とドライブいきたいですか?」

こういう距離の縮め方をしようとする男を絢はどうしても好きになれない。計算高く、人の心は操れると思っているようなタイプだ。ずっと腕まくりをしているのも、無精ひげも、それが女性へのセックスアピールになると、「Alfonso」にでも書いてあったのだろう。

そんなやり取りをしていると、やがて車は駐車場に入っていった。ジビエだと言っていたので、フレンチを想像していたが、着いた店はフレンチというよりは、居酒屋に近かった。暖簾をくぐって入ると、シカ、イノシシ、キジ、クマ、ウサギ……といったメニューが壁に並んでいた。

(「Alfonso」のオススメデートスポットか、、、「意外性」で攻める、みたいな特集かな。笑える)

七輪が二人の前に置かれた。店に入る頃、森はタメ口で話すようになっていた。もし私がサニーの部長だったら、同じ態度を取るのだろうか。

「網に載せたら、触らずじっと我慢。血が浮かんできたら、さっとひっくり返して30秒。蝦夷わさびが合うよ」

食事が進むにつれ、森の話の中心は、電気自動車から徐々に逸れていった。

「俺は、東から西に世界一周しようと思ったんですよ。アレクサンダー大王が西周りで世界征服しようとしたから。アレクサンダー大王は世界一周は出来なかったけど、俺は、世界一周した」

どうでもいい。そもそもアレクサンダー大王は飛行機を使っていない。

「大企業やめるリスクなんて、全然感じなかった。リスクって何だって話じゃない。俺にとってのリスクは、好きに車を作れなくなることだからね」

きっと、この自分語りを何百回も繰り返し、数知れない女を口説いてきたのだろう。もしかしたら、高齢の投資家にも少しバリエーションを変えた自分語りをして、出資を引き出しているのかもしれない。

これに惹かれる女がいることも分からなくはない。「男の夢を聞くのは気持ちいい」という女は、もちろんいる。自分だって、盛下の言葉に心酔しているのだから、そういった意味では、そういう女の一人だ。

でも、森にはどこか底の浅さを感じてしまう。「Alfonso」の影がちらつくせいか、魅力をまったく感じない。浅いという意味では、先輩の佐藤裕司と同類だと思った。脳裏に佐藤の顔が浮かび、急に今日の目的を思い出した。

ベンチャー社長の自分語りを聞いていても埒があかない。大上の勉強会まではもう1週間を切っている。軌道を修正しようと、質問をぶつけてみた。

「ところで、なんで電気自動車作ろうと思ったんですか?」

「アメリカに行ったとき、イーサン・ナデラっていうやつに会ったんだよ。ニコラモータースの。知ってる?とにかく、すごい奴だった。そいつが作った電気自動車を見て俺は世界が変わるのを確信した」

ニコラモータースはもちろん知っている。もっとも有名な電気自動車メーカーだ。そして、それ以上に有名なのは、CEOのイーサン・ナデラだった。勉強会でもイーサン・ナデラの名前は時々出ていた。

絢がイーサン・ナデラを思い出していると、一呼吸置いて、森が決め台詞を投げつけてきた。

「俺は、車で世界をアップデートしたいんだよ」

(あー、また始まっちゃったか)

このタイプは自分語りがすぐに始まってしまう。軌道を修正する試みが失敗に終わった。クロージングに入ろう。

「わー、すごい。本当に実現するんですか」

棒読みにならないように、感動したような表情を作って言ってみた。森は、真剣な表情を崩さずに、力強く言い切った。

「実現させるんだよ」

思わず噴き出しそうになるのを、絢は必死に堪えるしかなかった。

乗ってきた電気自動車は、ホンモノだった。

実はガソリン車です。なんてことは絶対にありえない。むしろ、エレキの結晶のような乗り物だった。生半可な技術でないだろう。しかも、その大部分を自社で製造しているという。

堅実そうな初老のエンジニアも社員として雇われていた。あの「おやっさん」と呼ばれていたエンジニアは何を作っていたのだろう。ガソリン自動車には精通していたとしても、エレキの技術に精通しているようには見えなかった。

そのホンモノの電気自動車と、この目の前の男が絢の中でどうしても結びつかなかった。

「わー、すごい」と言った絢のことを、まだ森はまっすぐに見つめている。きっとこれも、今まで何百回も繰り返したパターンだ。

絢には今現在特定の恋人がいるわけでもない。でも、だからといって、この男に抱かれるのなんて、まっぴらだ。

自分のどこかに「簡単にやれそう」という雰囲気が出ているから、こんなつまらない男が口説きに来るのだろうか。自己嫌悪に陥りそうになる。

(そろそろ、ほんとうに限界)

スマホを確認するふりをした。

「すみません。これから社に戻って報告書をあげるように上司から連絡がありました。御社のことをまとめて、明日の投資戦略会議で報告をしないといけないので」

残念そうな表情を作り、適当な理由をでっちあげ、「投資が行われるかもしれない」という可能性を匂わせると、顕示の視線から欲情に満ちた光がスッと消えた。

「遅くまでお時間頂きありがとうございました」

「次回は、プライベートでお誘いさせてください」

それから、数日の間は顕示から誘いのメールが来たが、適当な理由で断り続けるとやがて、そのメールも来なくなった。誰かが、森を引き受けてくれたのだろう。感謝するしかない。

結局のところ、電気自動車は滑るように走るということと、構造が簡単だという2点以外に大きな収穫はなかったが、山のように貰ったパンフレットや、公式、非公式の資料は使えそうな気がした。これを上手くまとめれて、まずは次回を乗り切ろう。

絢は、資料の作成に取り掛かった。

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