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おまじない

「早く寝なさい」
母さん熊は子熊の後ろ姿に何度目かの言葉をかけました。
子熊は巣穴から外を眺めていたのですが、母親に振り返って叫びました。
「母さん母さん!白い虫がいっぱい飛んでるよ!見てきていい?」
母さん熊の返事も待たず、子熊は喜び勇んで飛び出して行きました。

しばらくして帰ってきた子熊が泣きべそをかいているので、母さん熊はどうしたのかと尋ねました。
「あのね、白い虫がちくちく刺すの。逃げようとしても、ぼくのお顔に向かってくるの」
母さん熊は子熊の涙をぬぐってやりました。
「大丈夫。あれはお前に悪さはしないから。からだもほら、ちょっと濡れてるだけだよ」
「でも痛かったよ」
子熊の訴えてに母さん熊は笑いました。
「それは『冷たい』っていうんだよ」
「つめたい?」
「つめたい」
母さん熊は頷きました。
「『冷たい』はいついなくなるの? ぼく、お外に出られないよ」
「そうだね。眠って次に起きたらいなくなってるよ。だから寝床にお行き」
子熊はおとなしく寝床に入り、母さん熊の子守唄ですうすうと眠りにつきました。
ようやく子熊を寝かしつけると、母さん熊は目覚まし時計のねじをいっぱいに巻き、枕元に置きました。これで春が来る頃には起きられるはずです。けれど母さん熊はいつも心配せずにいられないのでした。
「春は来るのかしら。ほんとうに」

風の音が遠くに聞こえます。冷たい風が山を雪で塗りつぶしているのでしょう。
「あったかい、あったかい。ここはあたたか」
と母さん熊はつぶやきました。さっき「冷たい」という言葉を使ってしまったので、寝床が冷えないおまじないをかけたのです。
子熊のとなりに横になると、やがて母さん母さんのからだもぽかぽかと温まってきました。母さん熊はおまじないが効いたのでほっとして、そっと目を閉じました。

前回のノートもTwitterのお題タグでしたが、これもまた #雪という文字を使わずにを雪が降るを文学的に表現してみろというお題でした。ツイートではあまりよくない出来だったので、ちょっとだけ書き足して短いお話にしてみました。(もはやタグ関係ないですが……)こんな風にストーリーが発展するかと面白がっていただければ、読んで眠たくなっていただけたならなお嬉しいです。それではおやすみなさい。

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