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極楽荘立退き物語(その4)

最初の退去者は、ヤンチャ老人田中(仮名)さん102号室。アパートの立退きにおいて、どれだけ早く最初の1人を出せるか、ここが短期決戦で終わらせるポイントになる。1人立退けばアパート全体に、「あっ、ホントに出ていかなきゃ行けないんだ」という雰囲気が生まれる。

私が最初のターゲットに選んだのが、田中さん(60後半)だ。彼は喧嘩っ早く、昔から酒を飲んでは他の賃借人と取っ組み合いの喧嘩をする、若者だろうと殴る蹴る、極楽荘きっての武闘派だ。その一方でサッパリとした性格であり、恐れられながらも少しだけ頼りにされている兄貴分的存在だった。

私が田中さんを選んだ理由は、まず極楽荘で1番元気であること、後先考えない性格であること、ちょっとだけ極楽荘の精神的支柱であることの3点だった。

また、田中さんは最初から極楽荘から出て行きたがっていた。なぜなら彼の部屋の和室畳が一部落ちており、常々大家に文句を言っていたからだ(前大家のお婆ちゃんは完全無視)

最初に挨拶に行った時から、田中さんの方から立退きの話が出るくらいだった。

私 宜しくお願いします!

田中 おう(タバコを吸いながら)、これヒデーアパートだからよ、あっ?何だお前不動産屋か?ならぶっ壊すんだろ?おい(肩パン)ウチは床抜けてるぞ(肩パンパン)ヒデーぞお前見てみろ!

私 あはははー、それは後々、、、けど大変ですねぇ(肩パンすんなよ、中学のヤンキーか、しかし話しの早いジジイで助かるぜ)

田中さんは生活保護だったので、福祉課との挨拶を済ませ、引越し先を見繕って突撃した。

私 田中さん、お引越しの件なんですけど、、、

田中 おうおうw やっぱりぶっ壊すんじゃねーかこの野郎(肩パン)いいよ、出て行きたかったくらいだからよ、ほんで、いくらくれんだよ?

(話が早いw)

私 立退き料として20万、引越し費用と仲介手数料、礼金も弊社で負担します。今日この「立退き合意書」にサイン頂ければこの場で半金の10万円をお支払い致します(封筒から10万チラッ)

田中 ‥‥(ゴクリ)引越し先はどこなんだよ?

(うおー、田中さんチョロ過ぎんだろw)

私 宜しければ明日何物件かご案内しますよ!

田中 あれお前、役所はどうなんだ?

私 福祉課のご担当には既に話通しているので、明日一緒に参りましょう。

田中 そうか、、、その紙っぺらよこしな!

田中さんはその場でサインし、10万円を受け取った、やはり現金の効果は絶大である。田中さんの頭の中は(これで良い酒飲めるぜウッヒョー)だろう。立退き合意書の内容はザックリこんな感じだ。

本日付で賃貸借契約は解約する。立退き猶予は2ヶ月でその間は無償利用、費用負担の別を記載、家具什器は残置しても良いがその所有を放棄する、合意内容につき一切口外しない、出ていかなかったら損害賠償、引越し先の手当ては弊社で行う。

この時点で賃貸借契約は切る。後から文句を言われた時に、賃契が生きてると何かと厄介。

翌日、田中さんを何物件か案内する。ここで意外な粘りを見せ、気に入らねーなぁを連発、虎の子の物件を出さざる得なくなり、そこで決めた。1日で決まって良かったが、早くも貴重なカードを切ってしまった。

そのまま不動産屋に行って契約、俺には知り合いも家族もおらん!天涯孤独じゃー!と叫び、保証会社の緊急連絡先は友人の私になった(この後、極楽荘の3人と友人になる。私は友達が少ないので嬉しい(嬉しくない)

また、不動産屋でも田中さんは粘りを見せた。

田中 おい兄ちゃん!

私 ハイ!

田中 敷金2ヶ月ってなんだお前、お前コラお前。

私 敷金の一部は返ってくるお金ですから。

田中 お前コラお前!お前俺がお前払ったらお前、立退き料の半分お前敷金で無くなるじゃねーかお前コラ!

(ふぬぅ、中々抜け目のないジジイだ)

私 わかりました!こちらも弊社で負担します!但し!田中さんだけの特別な対応ですからね!

田中 たりめーだお前!お前の都合だろコラ!

こうして無事?契約も済み、その足で福祉課に立ち寄り説明する。福祉課の担当もあっという間に引越しが決まって感心してくれた。極楽荘はボロ過ぎ、かつ道路が狭く救急車も入れないので、福祉課も心配していたのである。田中さんの立退きには合計50万円(1番かかった)かかったが、福祉課の信頼が得られたのは収穫だった。

その後、立退き合意書で他言無用とあったのに、田中さんはアパート内で喋りまくる、お前らはノロマだから俺が1番良い物件取ったぞ!と、これも予想通り、喋るなと言えば必ず喋る。普段は仲が悪くても、情報はキッチリ共有されている。

これで一気にこの立退きに勢いが出てきた!アパート立退きは団体戦、集団心理をうまく利用する。1人出ていけば不安と焦りが他の入居者に生まれる。そこを突く!

田中さんは立退き交渉開始から1ヶ月後、極楽荘を後にした。1週間後、引越し先を訪ねると、そこにはウチよりデカい薄型テレビがあった。

田中 お前これスゲーだろ!お前コラお前!

私 凄いっスねぇ(やれやれ、救えねぇ奴らだ)

極楽荘立退完了まで残り4/6人

次回(その5)「キチ○イと呼ばれた男、きょうちゃんは狂ってる?」に続く


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