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極楽荘立退き物語(その8)

極楽荘、最後の1人はお婆ちゃんだった。

女手ひとつで息子二人を育て上げた肝っ玉母ちゃん、生活保護を受けていたが、しおらしくなることもなく、いつも元気ハツラツに見えた。

フラダンスをして、茶飲み友達と旅行に行き、部屋には息子達の賞状や孫の絵、会う度に息子と孫の自慢をした。

何度も呼びつけられ、立退き、引越し先について文句を言われたものの、割とスムーズに引越し先まで決まった。

何より、お婆ちゃんが私を気に入ってくれて、文句を言う時ですら楽しそうに喋るので、全く心配をしていなかった。

しかし、引っかかることがひとつだけ。自慢の息子達は近くに住んでいるのに、なぜこのお婆ちゃんは生活保護を受けて、極楽荘に住んでいるのだろう。

息子達には迷惑を掛けたくないとも言っていた。長年住んでいた愛着があるのだろう、わざわざ引っ越すのも面倒なんだろう。そう思うことにした。

後日、いざ引っ越すという段になって、お婆ちゃんから電話が入る。

アンタ!とんでもないことをしてくれたね!!

激しい口調に驚いた、全く心当たりがない。

慌てて極楽荘へ行き、お婆ちゃんに話を聞いた。そこには見たこともない怒りの形相のお婆ちゃん。曰く、引越し先のオーナーが、過去に賃借人に乱暴をしたと聞いたという。

は?

何を言ってるんだ?

そう思った。だが、お婆ちゃんの情報網は侮れない、不動産屋に失礼にならないよう確認した。すると当然そんなはずはないと言う。オーナーの素性も確かなものだった。

ここでひとつの事実に気がつく、お婆ちゃんは今、嘘を言っている。これは確実に作り話だ。

そして更に気がつく。

ちょっと待て、これまでのお婆ちゃんの話しの中に、どれだけの嘘があったのだろう。どれだけの事実があっただろうか。

お婆ちゃんは私の説明を聞くと、そうかいそうかいなら安心だと言って、その後は何も言わなかった。それ以来、息子の話も孫の話もすることがなかった。元気がなくなったお婆ちゃん、おそらく息子さん達とは随分前から上手くいってなかったのだろう。結局、引っ越しの日も息子さん達は姿を見せなかった。

私が張り切って立退きをするように、相手もまた久し振りの人生の変化に張り切っている。私が良い人間に見せようとするように、相手も自分を良い人間に見せようとしている。そんな単純なことに気がついた。元気のない、息子と疎遠な孤独なお婆ちゃんこそ、本当の極楽荘のお婆ちゃんだったのだ。


【立退きの極意とは】

立退きの極意とは何だろうか、それは不動産仲介営業と変わらない、相手の気持ちになって考えることだと私は思う。ではその相手とは?極楽荘の元気に見せかけたお婆ちゃんのように、自分を取り繕った相手は本当の相手だろうか。立退きは短期決戦、どれだけ早く本当の相手に辿り着くことができるか、要はお互い腹を割れるか、策に溺れることもある。やはり最後は誠心誠意しかない。

不動産屋の皆様、築古アパートのオーナーの皆様、立退きに縁遠い方々、この物語はいかがだっただろうか。誰かに頼むのではなく、ヨシ!自分でいっちょ立退きやってみるか!そう思う方が1人でもいれば幸いである。

上手くいかないこともあるだろうが、どうか諦めないで欲しい、相手の立場で考えて誠意を尽くせば、必ず状況は打開できるはずだ。

それでもどうしても上手くいかない、もうお手上げ!そんな時は私のことを思い出して欲しい。23区内若しくは東横線沿線であれば、購入価格の6掛けで買い取ってあげようw

極楽荘最期の2ヶ月間、あの時のジジイババアは元気に、いや、相変わらず元気なくやっているだろうか。

ー完ー


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