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極楽荘立退き物語(その2)

極楽荘の決済翌日、私は早速現地に向かった。真っ白のワイシャツに紺の無地ネクタイ、黒に近いグレーのスーツを着て、いかにも真面目です、誠実ですってスタイル、交渉は第一印象が非常に重要だ。

午前10時に極楽荘に着いた、深呼吸をひとつ、あらためて見る、とんでもねぇボロアパートだ、長方形の排気口(というより穴)には、豆腐の空きパックが詰められている、いったいどんなDIYだ!

鬼が出るか蛇が出るか、最初のノックは足がすくんで手が震える。ええいままよ!声は元気に明瞭に「おはようございます!お世話になります!」

まずは1階105号室の村上(仮名)さんからだ

「はーい、どなた?」

顔を出したのは身なり普通の初老のおじさま

おっ、いた!いきなりついてるぜ!(ちなみに初日で6人中5人捕まった、彼らの外出は飯と酒とタバコの買出し、週一二回の銭湯、パチンコくらいなので、1日張り付いてれば大体会える、金がないので超絶インドア派なのだ)

私 こちらのアパートの新所有者兼新賃貸人のASANOと申します!宜しくお願いします!

村上 あーそう、うん、僕はね、ここ友達から借りてるから、わかんないよ

私 えっ?(そんな話は聞いてない!)こちらが承継通知となります、弊社がこのアパートを購入して持ち主になった訳です、これが前所有者○○様の印、これが弊社の印、これが村上様の賃料で間違い無いですよね(村上さんは賃契がない1人だった)一通りの説明をする。

村上 ふーん、いやぁ、わからないなぁ

(おーおーいきなりヤベー奴じゃねーかw)

私 大丈夫です、何も変わりません、賃料の支払い先が弊社になるだけです

村上 あー、そうなの?(おもむろにドアを閉めようとする)

私 ちょちょちょちょ!まだ話終わってません!(ドアに足を突っ込む)

村上 いやわかったよ、あなたに払えばいいんだ、払うよ、今家賃を持ってくるから

私 ほへ?

村上さんはその場で翌月分の3万となんと翌々月分の3万も支払ってくれた。上々のスタートだ!

なお、私は最初の挨拶では立退きについては全く触れない、まずは大家という立場、賃料を受け取る側ということを相手に強く印象付けたいからだ。建物老朽化が進んでますねとか、万が一の時に救急車が入れなくて心配ですねとか、雑談の中で匂わす程度。また、相手の顔を見て、相手の性格を掴んでからじゃないと、その人に合わせた立退きのストーリーを描けないからでもある。

人間関係が一度拗れれば交渉は長期化し、期間が伸びることは立退き料の値上げの何倍も痛い、高利(3%)の金で物件を買っており、タイムリミットは1年だ、現金も物件価格の3割ほどブチ込んでいる!

なお、これは私の立退き道なので正解ではない。

105号室の村上さんについては結論まで書いてしまうが、この先も揉める事なく立退いて頂けた、立退き料(20万)、引越し先もこちらの言う通り、所有物は段ボール2箱のみ、冷蔵庫もレンジも持ってない超ミニマリスト、引越しもご自身で行い、全く手間がかからなかった唯一の賃借人。しかし彼は現金は持っているものの、通帳、身分証、保険証を持っていなかった、住民票の住所も極楽荘ではなく、前住んでいたという友達の家?〜○○方となっていた。アパートの他の住人との交流も全くなかった、それも10数年間である。生活保護でもなく保証人もいなかった為、引越し先は極楽荘と似たり寄ったりの共同トイレの4畳間だったが、それすら文句ひとつ言わなかった。日当たりが良くていいねぇなんて呑気なことを言っていたくらいだ、が、その一方で、自分の身の上についても一切語らなかった。これは私の勘だが、彼には後ろ暗い過去があったのではないかと思う、絶対に自分のことを話さないマン。単身高齢者の立退きをすると、聞いてもいない身の上話しを延々聞かされ、大小様々な要求があるものだが、彼はそれをしなかった、俺は求めないからお前も俺に踏み込むなよという強い意思を感じた。

いずれにしろ極めて稀なケース、極楽荘立退完了まで残り5/6人

次回(その3)は立退き前の行政、ケースワーカー挨拶&根回し編です

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