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露出狂と絶叫と私

高く澄んだ青空が眩しい。
秋が来た、ようやくの爽やかなこの季節、いかがお過ごしでしょうか。
こんな気候の良き日に。
ちょっと不快な思い出を。

小学生の高学年の時と、高校生のとき、私は露出狂と呼ばれる変質者に合計で三度遭遇している。
中学生の時に遭遇しなかったのは自転車通学していたからであって、私の実家付近にその3年間だけ露出狂が影を潜めたわけでは、多分ない。

一度目は私の誕生会の日だった。
小さい小学校だったため、クラスに9名しかいない女子は、なぜか絶対に毎年己の誕生会を休日に開催せねばならず、クラスの女子を全員招待して、おもてなしをしなければならなかった。
「〇〇ちゃんちの誕生会は豪華」であるとか
「△□ちゃんちのお菓子のチョイスはイマイチ」であるとかを毎年囁きあうため、子供心にも非常に面倒な儀式であった。

その日案の定、ボスの女子が、ある程度時間が経ったあたりで「ときちゃんちは遊ぶものがなくてつまらない」と言い出した。
あの頃我が家にファミコンは無かったし、ブームを迎えていたオセロは2人対戦だったし、ごっこ遊びするほどの人形は持ち合わせていない。

そこで、近所を散歩という選択肢が誰ともなく出てきた。
近所といっても、ほぼ畑と田舎道である。
それでもこれ以上我が家の文句を言われるのはどうにも苦痛であったので、私は大賛成をしてとりあえず外に出た。

家を出てすぐだった。
通りをぶらぶら歩くおっちゃんに遭遇した。
おっちゃんは、タオルを手に持っていて、それをお腹の下あたりでブンブンしている。
畑仕事の後に何かを磨いているのかな?と特に疑問を持たずにいたら、みゆきちゃんがギャー!と叫んだ。
すると、みゆきちゃんの隣の子も、その声に反応してギャーと叫ぶ。
2人が叫べばもう十分パニックである。
残り7名も、とりあえずギャーっと叫んで家まで走って帰った。

パニックの9名を出迎えた母が血相を変えていた。
「どうしたの!?」という問いに答えられるのはみゆきちゃんだけだった。
他の7名はなんだかわかっていなかったが、とりあえずおっちゃんを変態とした。
そのおっちゃんがどう変態だったかと言えば、みゆきちゃん曰く、おっちゃんは性器をタオルに包んであやしていたという。
「まるでペットのように」と言っていた。
念の為と、その日の誕生会は早めに解散になったので、私は心のどこかでその変態おっちゃんに感謝をしてしまうという変な流れになった。


二度目は、小学校の下校時だった。
私を含めた3人でおしゃべりをしながら歩いていると、小学生でも違和感を覚えるほどにゆっくりとした速度で不審な車が近づいて来て停まった。
パワーウィンドウではなく、くるくる回すタイプの窓を開けると、お兄さんと呼べるぐらいの年齢の男が顔を出して
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん…」と私たちを呼ぶ。
どう考えても不審者の動きと話し方と呼び方であって、これで近づく小学生がいるのだろうかと、私たち3人は顔を見合わせた。

すると、全然近づいてこない小学生に業を煮やしたのか、お兄さんは
「ちょっと、これ何か教えて欲しいんだよ」と車内の自分の足元を指差すように言う。
いや、教えて欲しい態度じゃねぇだろう。
せめて窓から見えるようにしろや、とも思ったし、え、何何?ってなるわけないだろう、小学生舐めんなよ?とも思いつつ私たちは、ジリジリと後退りをした。
すると、お兄さんは、「しょうがないなぁ…」と言うようにゆっくりと座席から腰を浮かせ、自分のブツを窓から出して「これ、何か教えて」とニヤリと笑った。

みゆきちゃんが、ギャーっと叫んで、一目散に学校方面に走った。
みゆきちゃんには、サスペンス叫びのスイッチが搭載されているかもしれない。
ちなみにみゆきちゃんは、クラスの中でもダントツに足が速い。
なんなら男子より速い。
ハッと気がついた時には、みゆきちゃんは20メートルぐらい先を走っていて、私ともう1人は慌てて同じようにギャーッと叫んで追いかけた。

学校に戻って事情を話すと、すぐに近くの交番からお巡りさんが来て、聴取が始まってしまった。
みゆきちゃんは、コナンにおけるあゆみちゃん的なポジションであったため、ものすごくテキパキとお巡りさんの質問に答えていた。
「メガネは?」「かけてません!」
「服の色は?」「青っぽいです!」
間髪入れずに答えているのを、私はただただすごいなぁと聞いていた。
顔も服も、車の色でさえ、改めて聞かれると記憶がぼんやりしていて、みゆきちゃんがそう言うのならそうかも…?という程度だった私は曖昧な顔をして頷いていた。
「他に気づいたことはない?」と、何も話さない私におまわりさんは優しく聞いた。

「腰を…」
「腰を?」
「窓から見えるように腰をイスから浮かすのが大変そうでした…」

私がその時、その変質者に感じた感想はそれだけだった。
そんな無理な体勢をとってまで見せたいモノなのだろうか。
ドアを開けた方が楽だったのでは?
ズボンを履いてないから恥ずかしかったのかな?
いや、1番恥ずかしいものを見せつけておいて、ズボンがないのが恥ずかしいはどういう感情なのだ?

私の関心ごとはそこに集約されていたため、お巡りさんには特に役にも立たない感想を述べるにとどまった。
後日、みゆきちゃんの正確な情報により、その界隈に現れる変質者は逮捕されたようであった。

三度目は高校からの帰り道である。
信号を渡ろうとしていたら、その向かいにそいつはいた。
青なのに渡らないし、渡っている私をジッと見ている。
「ああ…絶対に変質者だ」と私は思った。
田舎道に続く道で、その信号を渡ると、人も車も通らない。
どうしたものだろうかと、体を硬くしながらいつでも走り出せるようにしていたら、案の定話しかけられた。
「ねぇねぇ、これ見て…」

その時の感情といえば、これを見せたからなんなのだ?という憤りしかないのだが、あいにくと護身術など習っていない。
下手に逆上でもされたら恐ろしいと思って、とりあえず言われるがままに見ることにした。
ジッと見つめる女子高生と、ジッと見られる変質者。
な、なんの時間なんだ…。

おそらくこの流れは1、2秒のことなのだが、永遠にも感じた。
早く私の前から立ち去って欲しい。
そこで私はみゆきちゃんを思い出した。
みゆきちゃんはこういう時、必ずギャーっと叫んで脱兎のごとく駆け出していた。
その2回とも、追いかけてまで見せようとした変質者はいない。

私は叫んだ。
が、普段そういうスイッチを持ち合わせていないため、痰が絡んだような「ン…キャア…」というような感情のない壊れたおもちゃのようなか細い声が出た。

しかし、どうやらそれが正解だったらしい。
変質者は満足そうに頷いて、踵を返していったのだ。
「あんな声でいいんだ…」
なんだかすごくモヤモヤとした。
こんなに不快感を押し付けられた挙句、満足のいかない叫びで満足されてしまった。
せめて痰を切ってから、もう一度ギャーっと叫ばせてくれないだろうか。
もっと威圧的な、腹の底から、夢に出そうな「ギャァアアアア!!」をお見舞いしたかった。くそ。

なぜこんな気持ちのいい秋晴れの日に、こんな不快なことを思い出したのかといえば、埼玉の話題になっていた虐待禁止条例案をモヤモヤと考えていたからだ。
娘が上記のような目に遭うのは許せないので、埼玉(の県議会)の言いたいことは分かるが、子育て世代が怒るのも無理はない。
公園にも近所にも見守りの大人が常にいて、子供を守るための時間と余裕がある。そういう環境が整って初めて「子供を1人で留守番させるのは虐待」という条例が成立するはずだ。

あの頃、私たちは、どこに逃げれば助けてくれる大人がいるか知っていた気がする。
そういう環境でない今、大人が子供のために議論するのはとても大事だと思う。
そして多分子供は、そういう大人の議論を、素知らぬふりをしながらちゃんと聞いている。
『子育ては大変』
ただただそれだけを植え付けるのではなく『子育てにこういう工夫を始めました』というニュースが増えたらいいなと、変質者の思い出の向こう側を秋の空に思った次第でありました。


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