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初音ミクはなぜ世界を変えたのか?(著:柴那典 太田出版)を読む

僕は比較的ボカロが好きだ。ツタヤに行くとついついボカロのコーナーを覗いてしまうし、雑誌や本の表紙にボカロのキャラクターが使われていたりすると手に取ってしまう。つい最近も「カゲロウプロジェクト」(じん:自然の敵Pによるボーカロイドの楽曲や小説などの作品群)のアニメ化作品である「メカクシティアクターズ」を見て、興奮していた。特に「アヤノの幸福理論」の曲がよすぎて泣いた。(しかし、こうやって見るとメディア露出が多いものやパッケージングされたものばかりでネット発の文化であるボカロ文化を自分は全然楽しめていないのかもしれない)

さてこれを読んでいる人たちはボカロと聞いてどんなことを想像するのだろう?大抵の場合は「萌えキャラ」だと思っているのではないだろうか。それはもちろん間違いではない。SNSには多くのイラストが投稿されいるし、多くの企業がそのキャラクター性を宣伝や広告につかっている。(最近ではロートの目薬「デジアイ」に利用されている。)しかし、忘れてはならないのは初音ミクが音楽ソフトだということだ。そう。初音ミクは音楽のカルチャーでもあるのだ。

今回読んだ本「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」はボーカロイドブームの音楽の側面をポップミュージックの歴史と照らし合わせて論じるというものだ。本書は二部構成になっていて、第一部でボカロブームと音楽の歴史の繋がりを。第2部ではボカロブームの過程について書かれている。著者の柴那典はライター、編集者そして、音楽ジャーナリストとして「ナタリー」や「CINRA」、「クイックジャパン」などの様々なメディアで記事を執筆している。また学生時代、神前暁らと共に「吉田音楽制作所」というサークルに参加していたと書けば、「お!?」と思うアニメファンがいるんじゃないだろうか。さてこの本のユニークな点はボカロブームが「サード・サマー・オブ・ラブ」だったのではないかと考えているところだ。「サマー・オブ・ラブ」というのはロックやクラブカルチャーの歴史の中で起きた、その後のカルチャーに影響を与えたムーブメントのことだ。一度目は1967年からの数年間にアメリカ西海岸で起き、二度目は80年代後半のイギリスで起きた。そしてこれらムーブメントから様々な伝説やカルチャーが生まれた。一度目のムーブメントで生まれた有名なものにはあのウッドストックフェスティバルやジョブズやジョンレノンが影響を受けた(というか今ある多くの文化に影響を与えた)ヒッピーカルチャーなどがある。二度目は、そこでテクノやアシッドハウスなどの新たな音楽、野外レイヴなどのイベントが生まれた。またこれらのムーブメントにはドラッグ文化や若者たちの反抗精神があるといった共通点があった。僕はこれら二つのムーブメントと初音ミクのブームは果たして繋がるのか?と最初は思った。ドラッグ文化なんてないし、反抗精神で盛り上がったとは全く思わないからだ。しかし、読み進めてみると確かに繋がっているんだ!と思わされる。二度のサマー・オブ・ラブにも、そして初音ミクにも「若者たちの熱狂」があり、それに応えるだけの「遊び場」があり、そして「新たなカルチャー」生んだという共通点があった。もちろんそれだけではない。初音ミクにおけるドラッグ文化にあたるものはなんだったのかとか、遊び場とはなんだったのかとか、著者ははっきりと述べていて「見事!」と思ったものである。

いやーしかしこの本、とにかく面白い。先に述べた、サマー・オブ・ラブと初音ミクの共通点をあぶり出すというところ以外にも読み応えのある記述がたくさんあるのだ。VOCALOIDの開発者である剣持氏のボカロ開発の話や、クリプトン社の佐々木氏がなぜ初音ミクの声に藤田咲を起用したのかなどの電子楽器としてのボカロの話や、初音ミク(ボカロ)ブームがどのように進んでいったのかなどなどとにかく面白いのだ。そして特に興味深かったのはクリプトン社社長の伊藤博之氏の話で、初音ミクリリース後、爆発的に二次創作が増えていく中でクリプトン社が行った対応についての話だ。二次創作は制作者の許諾を得ていない場合は違法だが、多くの場合許可を取らずに二次創作が行われていて、それを黙認しているというのが現状である。初音ミクも多くのイラストや同人誌がつくられていて、また一部ではクリプトン社にイラストの利用許諾の相談も届いていた。そこで伊藤氏はそのグレーな部分を明確にして、より創作が盛り上がるようにルール作りをしたのである。具体的にはピアプロというコンテンツ投稿サイトをつくりそこにキャラクターの利用のガイドラインを設けた。このエピソードの面白い部分は、二次創作を規制せず、曖昧だったルールを明確にし、創作を促すということを会社が行ったということだ。もちろんブームが盛り上がればもっとソフトが売れる!みたいな打算的なものもあったのだろうけれど、とにかく規制!みたいな音楽業界の雰囲気があった中で、ルールをしっかり作って消費者や創作者が安心して楽しめるようにし、かつ初音ミクのイメージを損なわないようにしたっていうところには感心した。またキャラクター利用のガイドラインから発展し、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスを採用するなど、著作物の扱い方を法律に詳しくない一般の人にもわかりやすく示したという点もすごい。他にも伊藤氏の話は興味深いものばかりなのでぜひ読んでいただきたい。

もう少しだけ。冒頭でも言った通り僕は比較的ボカロはスキだけれど、そんなに詳しくない。でも初音ミクの曲を初めて聞いたとき思ったことがある。それは「もう声で悩まなくていいかもしれない」ということだ。それは単純に曲に歌を入れるのに苦労しなくなったということではなくて、自分の声から解放されるということだ。歌声に限らず声にコンプレックスを持っている人間は少なからずいると思う。(かくいう自分もその一人で、いつも動画に撮られたりした時に入っている自分の声が気持ち悪すぎてへこんでいる。)ボーカロイドや文章読み上げソフトがもっと発展して、日常会話にも応用できるようになったら、どれだけ救われることか。自分のスキな声に変わることができたらどんなに幸せだろうか。そして近い将来それが可能になるかもしれない。そう思わせるだけの衝撃が初音ミクにはあった。(しかし、ボーカロイドの良さは機械的な部分があるというところにあると思うので、発話が滑らかになりすぎても、もしかしたら面白くなくなるのかもしれない)最近はブームが一段落し、今さらボカロを語るというのは遅すぎる気がするものの、まだまだこの先ボーカロイドがどうなっていくのかっていうのは結構重要なトピックになりえると思う。ので、これからも気が向いたらボーカロイドについての本や記事は読んでみたいと思う。(曲は聞かないのか?というツッコミはなしで!)

それでは最後に初音ミクの音楽の中でもエポックメイキングな楽曲、「メルト」を聴いてお別れしましょう。お相手はとばりのカシオが努めました。

読んでくださってありがとうございます。サポートしていただいたものは、読みたい本がいっぱいあるので、基本的に書籍代に当てたいと思っております!