見出し画像

ミリアニ5話はまさに創世神話だという話


はじめに

突然ですが皆さんは、クニマスという魚をご存知でしょうか。

クニマスは、もともと秋田県の田沢湖にのみ生息していたサケ科の固有種で、1940年の生保内発電所建設の折、玉川温泉の強酸性水を田沢湖に引き込んだことで絶滅したと長らく考えられていました。
その後2010年、山梨県西湖でさかなクンらによって再発見されたことで一時話題となり、現在は田沢湖畔の「田沢湖クニマス未来館」で飼育・展示されています。

さて、このクニマスには「キノシリマス」という古名が秋田県内に残っています。「キノシリ」という言葉は木の燃えさしに由来する言葉なのですが、この名前とクニマスの真っ黒な体色は、田沢湖にまつわる一つの伝説と深く関連しています。伝説の内容は以下の通りです。

田沢湖が田沢潟と呼ばれていた頃、院内にまれにみる美しい娘、辰子がいた。辰子はその美しさと若さを永久に保ちたいものと、密かに大蔵観音に百日百夜の願いをかけた。満願の夜に「北に湧く泉の水を飲めば願いがかなうであろう」とお告げがあった。
辰子は、わらびを摘むと言ってひとりで家を出て、院内岳を越え、深い森の道をたどって行くと、苔蒸す岩の間に清い泉があった。喜び、手にすくい飲むと何故かますます喉が渇き、ついに腹ばいになり泉が枯れるほど飲み続けた。
時が過ぎ、気がつくと辰子は大きな龍になっていた。龍になった辰子は、田沢潟の主となって湖底深くに沈んでいった。
一方、辰子の母は娘の帰りを案じ、田沢潟のほとりに着き、娘が龍になったのを知って悲しみ、松明にした木の尻(薪)を投げ捨てると、それが魚になって泳いでいった。後に国鱒と呼ばれ、田沢湖にしか生息しなかった木の尻鱒という(田澤鳩留尊佛菩薩縁起より)

仙北市HP「たつこ姫伝説」より
田沢湖と辰子像(画像はWikimedia Commonsより)

この「たつこ姫伝説」に由来して制作されたのが、田沢湖のメディアイメージとしても有名な舟越保武作「辰子像」です。
そして、伝説の中で投げ捨てられた木の尻が魚となって泳いでいったというこの魚こそがキノシリマス、現在のクニマスなのです。

さて、ここまで読んで「なんのこっちゃい」、「燃えカスが魚になるわけないだろ」、「ミリオンの話は?」と思った皆さん、もうしばしお付き合いください。

私のこよなく愛する漫画、矢口高雄先生の『釣りキチ三平』シリーズでは、このクニマスに関するエピソードがあり、たつこ姫伝説についても触れられています。作中では、主人公の三平と、その釣りの師である魚紳の会話として、以下のような一節があります。

三平「しかし伝説だからちゅうて、なんで木の尻がマスになるだ。こじつけもいいところだなや。」
魚紳「ハハハ。三平くん。神話に『ナゼ』はないよ。そのようにしてそうなったというのが神話なんだから。」

『釣りキチ三平 平成版1 地底湖のキノシリマス』p.85

この「神話に『ナゼ』は無い」、「そのようにしてそうなった」というのは、神話の本質を語る上で非常に重要な考え方を、短い言葉で簡潔に表すのにこの上ない表現だと私は考えます。

そして、次のコマから魚紳はこう続けています。

しかし発想を逆転してみればつじつまも合っているじゃないか。

つまり田沢湖には、昔より真っ黒いマスが棲んでいた。
なぜこんなところにこんな魚がいて、それがなぜ黒いんだろう……?
ハハハ、きっと黒い木の燃えさしが魚に化けたんだよ。
じゃあなぜ燃えさしを湖に投げ込んだのだろう……?

というようにして出来上がった話かもしれない……。

『釣りキチ三平 平成版1 地底湖のキノシリマス』p.85-86

つまりこの作品を通じて矢口先生は、「神話とは、人々の想像力と逆算によって生まれるもの」だと示しているのではないでしょうか。

日本神話における創世神話の一つである「オノゴロ島伝説」も、何故ここにこのような陸地ができたのだろう、それは神様が天から海をかきまぜて、そのとき垂れた雫が固まって陸地になったのに違いない、という考えによって。
星座にまつわる神話も、この星が今このような並びになっているのはこれこれこういう出来事があったからに違いない、という「逆算」によって生み出されていると考えられます。

心理学者のロロ・メイは、著書『自分さがしの神話』の中で、神話の意義について「神話とは、意味のない世界に意味を見出すための、ひとつの方法である。神話とは、私たちの人生に意義をあたえてくれる、さまざまな形式をもった物語である。」と説いています。

神話とは、「ノンフィクション」である現在の現実と、人類には解明できない成り立ちとを、物語という「フィクション」を使って納得できる形で関連付けるための「後付けの説明」なのです。
現代科学が発明される以前、人々は神話という「説明」を通じて未知の出来事を解釈し、対峙してきたのです。

さて、お待たせしました。ここからはようやく、主題を「アイドルマスター ミリオンライブ!」(以下、ミリオン)の話題に移していきます。

ミリアニは神話だという話

アニメ『アイドルマスター ミリオンライブ!』(以下、ミリアニ)5話「未完成のThank You!」では、4話からの主題となっている原っぱライブに向けての準備と本番の様子が描かれています。

この5話で重要な要素となっているのが、サブタイトルにもなっている楽曲「Thank You!」。ミリアニにおけるこの曲を巡ってのエピソードが「あまりにも神話すぎる」というのがこのnoteの主題です。

「Thank You!」神話

楽曲「Thank You!」は、ミリアニの作中ではMILLIONSTARSにとって最初の全体楽曲として登場しますが、「ノンフィクション」のミリオンの歴史においては既存曲、そしてミリオンにとって「始まりの曲」です。ミリオンの歴史は「Thank You!」から始まっていると言っても過言ではありません。

このカット、「Thank You!」のゲーム内ジャケットっぽい

ふと、ミリオンのこれまでの全体楽曲を振り返ってみると、「シアターデイズ」としての新たな始まりを歌った「Brand New Theater!」、10年間の歴史とこれからを詰め込んだ「Crossing!」など、現実での歴史の積み重ねをふんだんに盛り込んだ歌詞が特徴的です。
一方の「Thank You!」には、始まりの曲であるということの裏返しとして、この歴史の積み重ねが全くありません。765ASのそれまでの歴史があるとはいえ、「ミリオンライブ!」としては当然、曲が発表される2013年2月よりも以前の、全てがまっさらな状態でこの楽曲は制作されています。

ここで効いてくるのが、5話のサブタイトルである「未完成のThank You!」というフレーズ。上述のように「Thank You!」からミリオンの歴史が始まっていると考えれば、即ち「未完成のThank You!」はユーザーにとってはミリオンの歴史に存在しない、言わばエピソード・ゼロにあたる部分ということになります。

歴史に存在しない部分を描くには、フィクションとして、神話として昇華するしかありません。ここにミリアニの神話たる所以が顕著に表れています。

5話では、「Thank You!」が生まれる経緯について作中ではっきりと順序立てて明示されています。

P「『ありがとう』か……。」
美咲「(前略)定期公演用の楽曲発注もそろそろ……。」
P「はい。でもやっと方向性が決まりました。」

アニメ『アイドルマスター ミリオンライブ!』5話「未完成のThank You!」

この場面からは、Pが以前から全体楽曲の発注に難航していたこと、原っぱライブの準備で劇場に寝泊まりすることになったアイドル達が口々に感謝の言葉を交わしている光景を見たPが、定期公演用の全体曲のテーマを「感謝」に決めたことが読み取れます。

また、原っぱライブ本番の3日前となった6月5日、レッスン中の未来たちの元にPが「定期公演用の曲のデモが上がってきた」といって、曲のデータの入ったUSBメモリを持ってくる場面があります。この場面ではまだ、曲がどんなものであるかは明かされません。

ちなみに、前述の寝袋のシーンは6月1日。Pが曲を発注したのが翌6月2日だとして、ミリアニ時空での「Thank You!」は数え4日でデモが上がってきていることになります。現実での楽曲制作のペースがどれくらいかはわかりませんが、凄い仕事の早さ。

そして、以上の伏線が原っぱライブ本番での「Thank You! (Acoustic ver.)」の披露に繋がります。

未来「ライブができるまで、いろんなことがあって、いろんな準備をして、みんなにいーっぱい思った気持ちがありました。今日は、来てくれた皆さんに届けたい。その気持ちでいっぱいです。」
未来「これから歌うのは、まだ完成していない曲なんですけど、そんな気持ちをどうしても皆さんに伝えたくて、だから歌います。」
未来「それでは聞いてください、『Thank You!』」

アニメ『アイドルマスター ミリオンライブ!』5話「未完成のThank You!」

話の本質とは逸れますが、改めて読み返してみると、このMCでは未来の「気持ち」の内容について何一つ具体的に説明されていません。しかし、直後の「Thank You!」に繋げることで何の説明も無くても自然に解釈ができる上、未来がまだMCに不慣れな様子もこの短いシーンの中で完璧に表現されています。なんだこの気持ち悪い脚本は。

さて話を戻しまして、この「Thank You!」という楽曲が2013年にミリオンとして最初の曲であることは紛れもない現実です。では何故この曲が、「感謝」をテーマにした楽曲が最初の楽曲に選ばれたのか?それを補完するのが上に挙げた「フィクション」のストーリーです。

「感謝」がテーマになっているのはなぜ?
——アイドル達の「感謝の気持ち」を目の当たりにしたからだろう。

アイドル達の気持ちが曲に反映されるのはなぜ?
——楽曲制作に携わっているPがその場面を目撃したからだろう。

その場面を目撃できたのはなぜ?
——劇場でアイドル達とPが一堂に会する場面があったからだろう。

その場面とは?
——

既存曲である「Thank You!」からストーリーを膨らませる上で、上に挙げたような逆算が行われたと想像できます。
神話を描くには想像力による逆算が必要だと先述しました。ミリアニのストーリーはこの「逆算」を行うことで、「ノンフィクション」であるミリオンの歴史と、「フィクション」であるアニメの世界とを自然な形で繋げることに非常に長けています。

また、作中では曲の歌詞に対する新たな意味付けも行われています。

みんなで作ったの 遅くまで残って 手作りの「ぶどーかん」 看板は虹色

Thank You!/765 MILLIONSTARS  作詞:NBSI(モモキエイジ)

5話はまさに「Thank You!」のこの歌詞の映像化といっても過言ではないでしょう。全てが逆算によって作られています。
むしろ、ミリアニよりも、4thライブの武道館公演よりもずっと前に「手作りの『ぶどーかん』」なんていうフレーズが生み出されていたことが信じられません。
作中では、ロコの描いた設計図によって、またジュリアのセリフを前置きとして、このフレーズが自然な形で説明され、新たな文脈が付与されています。

またここには、「Thank You!」の発注が原っぱライブの決定よりも後に行われているというストーリーの流れが効いてきます。Pが原っぱライブの準備の様子を見聞きし、その様子を要素として発注したという時間軸の流れが明示されているからこそ、この歌詞が自然に納得できるものになっています。

「パピヨンマーク」神話

5話で提示された「神話」は、もう一つ。それが、現在のミリオンを象徴するものの一つとなっている「パピヨンマーク」です。作中ではその生まれた経緯について触れられています。

手描きでこれ描けるのヤバい

作中では、やはり原っぱライブの準備中、アイドル達はPの用意した寝袋で寝ることに。その中で、翼の「芋虫みたい」というセリフが、ロコにインスピレーションを与え、蝶のモチーフを発想させた様子が描かれています。
見返してみると、寝袋のシーンではしつこいくらいに「芋虫」という単語が繰り返されていました。脚本の引き算に引き算を重ねていたミリアニにおいてこれだけ時間をかけて説明されていることは、それだけ「芋虫」というキーワードが重要な要素であることを示しています。

翼「私も、こんな芋虫になってなかったと思うな。」
星梨花「芋虫、ですか?」
杏奈「芋虫……」
静香「そうね、私たち芋虫みたい。」
ロコ「芋虫……」

アニメ『アイドルマスター ミリオンライブ!』5話「未完成のThank You!」

現実でのミリオンの歴史における「パピヨンマーク」の出処はというと、よくわかりません。2016年頃に突然使用されるようになったということですが、2013年のブランド立ち上げ時点では使用されていなかったものです。
また、パピヨンマークのモチーフは言うまでもなく「蝶」ですが、2013年から2016年までのミリオンを振り返ってみても、具体的に「蝶」と結びつくような重要な要素は見て取れません。
強いて言うなれば、宮尾美也役の桐谷蝶々さんとその美也が歌う「ハッピ~ エフェクト!」や「初恋バタフライ」くらいのものでしょうか。しかしこれらはミリオンを象徴するに足る要素とは言えません。

わからないなら、「逆算」で想像するほかありません。

なぜ、「蝶」がモチーフなのか?
——アイドルが蛹から蝶になって羽ばたいていく様子からだろう。

そもそも、あのマークは誰が考えた?
——ロコならあのマークを作れるんじゃないか。

なぜ、ロコは「蝶」モチーフを使うことを思いついたのか?
——芋虫から蛹、蝶に発想を飛ばしたのではないか?

ではなぜ、芋虫が話題に上がることになるのか?
——寝袋に入った姿から連想したのではないか?

そもそも、シンボルマークを作ることになったきっかけは?
——

恐ろしいのは、この「パピヨンマーク」神話と「Thank You!」神話が、劇場での寝泊まりという短いワンシーンを通じて、同時進行的に、破綻なく説明されているところです。これには脚本の妙としか言いようがありません。

また、作中では1話冒頭をはじめとしていくつかのシーンに蝶の蛹が描かれているなど、パピヨンマークから連想される「蝶」の要素が現実のミリオンの歴史以上に投影されています。これも「新たな文脈の付与」といえるでしょう。

余談ですが、第2幕の先行公開前には、第1幕公開前の本予告PVでは「パピヨンマークを作ったのがロコなのではないか」ということ、第1幕の舞台挨拶では「第2幕の作中でパピヨンマークの成り立ちが説明されること」が既に匂わされていました。
その上で、初めて映画館で5話を見たとき、寝袋の中でロコが「いもむし……」と呟いた瞬間、私は鳥肌が立ちました。現場からは以上です。

おわりに

春日未来という一人の女の子がアイドルを志し、仲間と出会い、劇場のこれからを暗示させる、今までのミリオンとは少し違う、新たな物語を持ったミリアニはまさに、既存の「ミリオンライブ!」というコンテンツにとって、「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」を再構成して体現した一つの神話のように感じられました。

ミリアニの作中では上記のほか、「未来の“百合子”呼び」や「ロケットスター☆」の扱いなど、これまでの歴史で語られなかったもの、現実での順序を変えたものと様々な要素が提示されていました。それらは全て綿田監督の掲げていた「再構成・再解釈した新約としての『ミリオンライブ!』」というコンセプトに見事に収束しています。また、同じく第1幕パンフで監督は、加藤陽一氏の脚本について「ロジカルなタイプのシナリオ」と評していました。先述したような自然な逆算と再構成という神話的な要素はこのロジカルなシナリオによって構成されたものだと考えれば非常に納得できます。

さて、序盤半分くらいはミリオンになんら関係ない話をつらつらと流してしまいましたが、私としては自分の好きな魚と神話とミリオンライブの話をまとめてできたので非常に満足です。

では、また。

【参考・引用資料】

・ 仙北市HP「たつこ姫伝説」(仙北市, 2024/1/7閲覧)https://www.city.semboku.akita.jp/sightseeing/spot/tatsukodensetsu.html
・『釣りキチ三平 平成版1 地底湖のキノシリマス』(矢口高雄, 講談社, 2002年)
・アニメ『アイドルマスター ミリオンライブ!』5話「未完成のThank You!」(バンダイナムコエンターテインメント, 2023年)
https://youtu.be/58D58_Wp7Ok?si=_Nm6k5ljUET2GQAq
・せつPのブログ「【ミリシタ】蝶マークの名前はパピヨン【ミリオンライブ】」(せつ&P, 2019年, 2024/1/7閲覧)
https://www.setandset.com/archives/millionlivebutterflymark.html
・「アイドルマスター ミリオンライブ! 第1幕」パンフレット(バンダイナムコエンターテインメント, 2023年)

【画像引用】

・inunami - tazawako_20220814111830, CC 表示 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=130061181による
・「【アニメ】【ミリオンライブ!】劇場先行上映本予告PV【アイドルマスター】 #ミリアニ 」(YouTube アイドルマスターチャンネル)
https://youtu.be/58D58_Wp7Ok?si=-WfOYii-QnxNIAZ0