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短編小説

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短編小説集。 ぜんぶ一話完結。
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#短編

ベッドメイクの街

【 first half 】 視界の端から端までに満遍なく君臨する比叡山は、巨大な蛞蝓(なめくじ)によって覆い尽くされていた。辺りに充満している甘さと刺激とが混在した魔性的な香りは、どうやらこの蛞蝓が出処のようだった。 私の傍には、2年ほど前に死んだ元彼がニコニコした顔で佇んでいる。巨大な蛞蝓を指差しながら、「おで、あの蛞蝓が、すき」と囈言のように繰り返す。 見ると元彼は、目を見張るほどの大きな骨壷を抱えていた。聞いていると、どうやらその骨壷の中に、あの蛞蝓の体液を注いで

カエサルの瞳

友人の牧田が校内でゲリラ的に開催するバザー(基本的には牧田の実家に眠っていたガラクタの叩き売り)、『マキタスポーツ』が、今日も懲りずに開催された。 マキタスポーツの品揃えは壊滅しており、大抵は2、3品しか売られていない。以前、牧田が母親と喧嘩をした際には、『活きのいい熟女』と称された牧田の母が3万円で売られていた。 「このコラショの目覚まし時計、なんで5万円もすんの?」 「バカ!小学生の頃の俺が、毎晩愚痴をこぼしていた相手だぞ。そんなに易々と手放せるかよ」 「なら売るな

RUKO

海底でのっしり息を潜めているような、素晴らしく愉快な夜を過ごしていた。俺の全身を覆うこの倦怠感は、きっと水圧に違いない。多幸感は酸素だ。まるで魂魄がぺりぺり剥がされてゆくように、緩やかに俺の口から抜け出てゆく。 「四面楚歌なんて言葉を、楽しい飲みの席で遣っちゃいけない」 昨晩、たまたまバーで隣り合ったおじさんの言葉を思い出した。その時は俺も良い具合に酔っていて、アル中の戯言もありがたいお説教くらいには聞き入れていた。 「はあ、それじゃあなんと言ったらいいんです」 「三

イカロスの墜落のある風景

【 僕の章 】 彼女と別れたきっかけは、今思えば些細なことだったように思う。 当時、彼女が僕に昨日購入したばかりだと言うリップライナーを見せてきた。きっと彼女は、僕に可愛いねであるとか、綺麗な色味だねとか、そう言うことを言って欲しかったのだろうけれど、何を血迷ったか、僕がそのとき言った感想は「実家で買っている犬のペニスみたい」だった。 ねえなにそれ。どういうこと。彼女が僕に詰め寄る。 「犬のペニスには、陰茎骨と呼ばれる骨が付いている。だからと言うわけではないが、そのリ