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短編小説

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短編小説集。 ぜんぶ一話完結。
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ベッドメイクの街

【 first half 】 視界の端から端までに満遍なく君臨する比叡山は、巨大な蛞蝓(なめくじ)によって覆い尽くされていた。辺りに充満している甘さと刺激とが混在した魔性的な香りは、どうやらこの蛞蝓が出処のようだった。 私の傍には、2年ほど前に死んだ元彼がニコニコした顔で佇んでいる。巨大な蛞蝓を指差しながら、「おで、あの蛞蝓が、すき」と囈言のように繰り返す。 見ると元彼は、目を見張るほどの大きな骨壷を抱えていた。聞いていると、どうやらその骨壷の中に、あの蛞蝓の体液を注いで

イカロスの墜落のある風景

【 僕の章 】 彼女と別れたきっかけは、今思えば些細なことだったように思う。 当時、彼女が僕に昨日購入したばかりだと言うリップライナーを見せてきた。きっと彼女は、僕に可愛いねであるとか、綺麗な色味だねとか、そう言うことを言って欲しかったのだろうけれど、何を血迷ったか、僕がそのとき言った感想は「実家で買っている犬のペニスみたい」だった。 ねえなにそれ。どういうこと。彼女が僕に詰め寄る。 「犬のペニスには、陰茎骨と呼ばれる骨が付いている。だからと言うわけではないが、そのリ

ゴリラを捨てに

ゴリラを山に捨てにいくことになった。 以前ガボンへ旅行に行ったとき、おれの母ちゃんはZOZOTOWNで買ったというでかいカバンを持参していった。母ちゃんはZOZOTOWNのカバンはでかくていいぞと言った。おれがそうだねと返すと、母ちゃんはこれならゴリラだって入ると豪語した。 おれはさすがにゴリラは入らないだろうと言ったのだけど、母ちゃんは群れから逸れたゴリラを一頭捕まえると、すかさずZOZOTOWNのカバンの中に詰めた。ゴリラはミチミチといって詰まった。正確には詰まったの

わがままな妻

『モンブランのケーキが食べたいから、帰りに買ってきてね』 妻からのメールが表示されたスマートフォン端末を覗き込み、僕は右手に持っていたショートケーキの入った袋を力なく揺らした。先ほど届いたメールにはこれを買ってこいと書かれていたのだけど。 僕の妻はわがままだ。ついこの間は新しく発売されたゲーム機が欲しいと言って聞かなかったので会社の帰りに買っていってあげたのだけど、どうも妻には向いていなかったようで、すぐに飽きて触らなくなってしまった。今では専ら、休日に僕のプレイを隣で見