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短編小説

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短編小説集。 ぜんぶ一話完結。
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#日記

イカロスの墜落のある風景

【 僕の章 】 彼女と別れたきっかけは、今思えば些細なことだったように思う。 当時、彼女が僕に昨日購入したばかりだと言うリップライナーを見せてきた。きっと彼女は、僕に可愛いねであるとか、綺麗な色味だねとか、そう言うことを言って欲しかったのだろうけれど、何を血迷ったか、僕がそのとき言った感想は「実家で買っている犬のペニスみたい」だった。 ねえなにそれ。どういうこと。彼女が僕に詰め寄る。 「犬のペニスには、陰茎骨と呼ばれる骨が付いている。だからと言うわけではないが、そのリ

たけし君の学級裁判

「先生!たけし君が学校にエッチな本をもちこんでます!」 ホームルームの最中、クラスメイトの芳子ちゃんが元気よく叫んだ。その隣で、たけし君がぷるぷると震えながら座っている。滝のように流れる脂汗は、まるでシャブ中のごとくだ。 「ばっ!バカ!僕がそんな、いかがわしい本を持ってるわけがないだろう」 「たけし君、本当ですか?」担任の麻理先生が、目を細めて問いつめる。麻理先生はいつもはとても優しいのに、怒るとこわい。彼女の大柄な体型は、見るものすべてを圧倒する。優しいときの麻理先生

針供養の日

僕の右手の中指と人差し指の隙間から、大きな浅間山がみえた。 「大きな山だよな。それに少しごつごつしてて、なんだかムカムカしてくる」 「りゅうちゃん、ほら、よく見てごらんよ。浅間山はそんなにごつごつしてないよ。どちらかというと、丸っこいくらいだ。なんだかかわいくみえてくるだろ」 「ああ、本当だ。確かに丸っこい、お坊さんのあたまみたいなかたちだ。それなら僕がなでてやろう。ほら、よしよし、よしよし」 僕は遠目に見える浅間山のちょうど山頂あたりの位置で、両手をわしゃわしゃとや

余生も半ばを過ぎて

ちょっぴり辛いお酒を少々と、それほど強くない煙草を少々、それと、新種すぎて恐らく違法性も認知されていない(されていたらごめんなさい)ドラッグの力を借りて書き上げた僕の新作小説『余生も半ばを過ぎて』の原稿が、なぜかレイ・ブラッドベリの短編『とうに夜半を過ぎて』にタイトルはおろか中身まで酷似しているという理由で没になってしまった。 なにがブラッドベリだと僕は思った。 ブラッドベリだかブラパットベリベリだか知らないが、僕が死に物狂いで捻り出した妙案を、あろうことかこのジジイは、何

ゴリラを捨てに

ゴリラを山に捨てにいくことになった。 以前ガボンへ旅行に行ったとき、おれの母ちゃんはZOZOTOWNで買ったというでかいカバンを持参していった。母ちゃんはZOZOTOWNのカバンはでかくていいぞと言った。おれがそうだねと返すと、母ちゃんはこれならゴリラだって入ると豪語した。 おれはさすがにゴリラは入らないだろうと言ったのだけど、母ちゃんは群れから逸れたゴリラを一頭捕まえると、すかさずZOZOTOWNのカバンの中に詰めた。ゴリラはミチミチといって詰まった。正確には詰まったの

心が雨漏りする夜に

おれは市内のボロアパートの一室で目を覚ました。 昨晩から降り続く雨は、未だ止む気配がなかった。ほのかにカエルの死骸の匂いが漂う。 隣には薄汚れたお爺さんの遺体があるけれど、それにしても、随分と気持ちよく眠れた気がする。 いつもは公園のベンチの上だったり路地裏のダンボールだったりで睡眠を摂っているので、おれのそれは睡眠というよりは気絶に近かった。その日は久しぶりに出向いた派遣先の日当を手にしていたので、たまには泥酔して寝るのも悪くないと思いおれは薬局に向かった。 昔からの

わがままな妻

『モンブランのケーキが食べたいから、帰りに買ってきてね』 妻からのメールが表示されたスマートフォン端末を覗き込み、僕は右手に持っていたショートケーキの入った袋を力なく揺らした。先ほど届いたメールにはこれを買ってこいと書かれていたのだけど。 僕の妻はわがままだ。ついこの間は新しく発売されたゲーム機が欲しいと言って聞かなかったので会社の帰りに買っていってあげたのだけど、どうも妻には向いていなかったようで、すぐに飽きて触らなくなってしまった。今では専ら、休日に僕のプレイを隣で見

魔人伝ババア

ぼくの町には魔人伝ババアが住んでいる。 年々ボケが進んでいるのか、今では夜な夜なヘルメットの代わりにキャベツを被って町を徘徊しているのだ。言うまでもなく、あくまで『徘徊』のため頭を守る必要はそれほどはない。 みなさんは魔人伝と聞いて、さも恐ろしい老害であると思われたかもしれないが、実際は魔人と称されるほどには魔人じみていない。 ただ魔人伝ババアは子供が大好きだ。もっと言うなら男の子が大好きで、ぼくたち小学生の男子にいつも絡んでくる。魔人伝ババアは毎回ぼくたちに「おちんちん