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短編小説

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短編小説集。 ぜんぶ一話完結。
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2019年5月の記事一覧

余生も半ばを過ぎて

ちょっぴり辛いお酒を少々と、それほど強くない煙草を少々、それと、新種すぎて恐らく違法性も認知されていない(されていたらごめんなさい)ドラッグの力を借りて書き上げた僕の新作小説『余生も半ばを過ぎて』の原稿が、なぜかレイ・ブラッドベリの短編『とうに夜半を過ぎて』にタイトルはおろか中身まで酷似しているという理由で没になってしまった。 なにがブラッドベリだと僕は思った。 ブラッドベリだかブラパットベリベリだか知らないが、僕が死に物狂いで捻り出した妙案を、あろうことかこのジジイは、何

ゴリラを捨てに

ゴリラを山に捨てにいくことになった。 以前ガボンへ旅行に行ったとき、おれの母ちゃんはZOZOTOWNで買ったというでかいカバンを持参していった。母ちゃんはZOZOTOWNのカバンはでかくていいぞと言った。おれがそうだねと返すと、母ちゃんはこれならゴリラだって入ると豪語した。 おれはさすがにゴリラは入らないだろうと言ったのだけど、母ちゃんは群れから逸れたゴリラを一頭捕まえると、すかさずZOZOTOWNのカバンの中に詰めた。ゴリラはミチミチといって詰まった。正確には詰まったの

心が雨漏りする夜に

おれは市内のボロアパートの一室で目を覚ました。 昨晩から降り続く雨は、未だ止む気配がなかった。ほのかにカエルの死骸の匂いが漂う。 隣には薄汚れたお爺さんの遺体があるけれど、それにしても、随分と気持ちよく眠れた気がする。 いつもは公園のベンチの上だったり路地裏のダンボールだったりで睡眠を摂っているので、おれのそれは睡眠というよりは気絶に近かった。その日は久しぶりに出向いた派遣先の日当を手にしていたので、たまには泥酔して寝るのも悪くないと思いおれは薬局に向かった。 昔からの

わがままな妻

『モンブランのケーキが食べたいから、帰りに買ってきてね』 妻からのメールが表示されたスマートフォン端末を覗き込み、僕は右手に持っていたショートケーキの入った袋を力なく揺らした。先ほど届いたメールにはこれを買ってこいと書かれていたのだけど。 僕の妻はわがままだ。ついこの間は新しく発売されたゲーム機が欲しいと言って聞かなかったので会社の帰りに買っていってあげたのだけど、どうも妻には向いていなかったようで、すぐに飽きて触らなくなってしまった。今では専ら、休日に僕のプレイを隣で見

魔人伝ババア

ぼくの町には魔人伝ババアが住んでいる。 年々ボケが進んでいるのか、今では夜な夜なヘルメットの代わりにキャベツを被って町を徘徊しているのだ。言うまでもなく、あくまで『徘徊』のため頭を守る必要はそれほどはない。 みなさんは魔人伝と聞いて、さも恐ろしい老害であると思われたかもしれないが、実際は魔人と称されるほどには魔人じみていない。 ただ魔人伝ババアは子供が大好きだ。もっと言うなら男の子が大好きで、ぼくたち小学生の男子にいつも絡んでくる。魔人伝ババアは毎回ぼくたちに「おちんちん

パピルス紙、もしくは雑多庭園

僕はペリカンを生涯のうちに3度見たら死ぬ。 これは比喩とかそういうことじゃなくて、物理的に本当に死ぬ。実際に死んだことが無いから詳しいことは言えないのだけど、聞いた話だと四肢がもげて内臓が爆散、その後散らばった肉片にはペリカンがたかり生首はヒグマが持ち去って山で崇めるのだそうだ。 なぜ僕がこんな体質なのかはわからない。しかして僕は、こんな体質なのだ。 どうやら2度までならなんの問題もないらしいのだけど、当然、僕だって疑問に思ったりはする。果たしてペリカンごときが複数回視界

ヨハンネと水星

ヨハンネはホームセンターで買ってきたロープで輪っかを作ると、それに自分の首を通した。 いつもと変わらぬ自分の部屋。首を吊る間際ならば何か違った景色が見えたり違った思想ができるかもと少し期待していたのだけど、景色は相変わらず寂れた四畳半のボロアパートで、死にたい気持ちにも特にさしたる変化はなかった。 ヨハンネは安月給だった。仕事の失敗も多かった。それでも愛する奥さんは文句も言わず、こうしてヨハンネが定年を迎えるまでずっと側で支えてくれた。愛情とは見返りを求めない恒久的な献身の