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きまぐれカード紹介⑪ 瀬戸内の超人

 押入れを開けて瀬戸内の超人がいたら誰でも腰を抜かして気絶するだろう。俺もそうなった。

「うわあ、あなたは瀬戸内のちょ、超人」

 瀬戸内の超人は状況を飲み込めていないのか、しばらくキョロキョロと周りを見回していたが、ようやく俺に目を合わせて言った。

「%1>そ@ゆdi」

 そうか、クリーチャー語しか話せないのか。これは困った。こんな超人を部屋に置いていると知られては変人だと思われる。一刻も早く出て行ってもらわないといけないのに。俺はなんとかして対話しようとした。ジェスチャー、モールス信号、手話、筆談(このために禁断文字を覚えたのだが無駄足だった)、あらゆる手段をとったが全く意思疎通はできなかった。瀬戸内の超人はその間びくとも動かず、瞑想をしているようにも見えたが目はずっと何かをじいっと見つめている。そうかと思えばまた意味不明な言葉をぼそっと呟くのだ。



 そんなことが続いてはや1週間、瀬戸内の超人は急に日本語を喋り始めた。何の前触れもなく伏線もなく唐突に喋り始めた。物語の進行上の問題でしかないと俺も思う。あなたも思う。そうでしょう?

「いやアンタさ、全然アタシのこと理解してくれないじゃない?じゃこっちから合わせるかーってなったわけよ」

 ちなみに瀬戸内の超人の弁はこうだった。喋り方JKかよ。

「でさー、ここは一体どこなの?ぜーんぜん知らないゴミ屋敷なんだけど」

「……ここは俺の部屋だ馬鹿野郎」

「あはは。おこったおこったーっ。目つき怖いよーキミ!目がマジだ!」

 完全に生意気な女子高校生みたいな言動なので頭がぐっちゃぐちゃだ。あんな見た目から想像できる声とは180度違うし、瀬戸内なんだから瀬戸内寂聴みたいなのかと思ったら違うし。正直とてもすごく苦手なタイプだ。

「……で、お前はクリーチャーなんだろう?」

「ん。そだよー。こんなかわいい見た目でも一応クリーチャーって呼ばれちゃうんだよねん」

「……じゃあクリーチャーワールドから来たんだよな。なぜこんなところに?」

 彼女(?)がクリーチャーなのは見た目からも能力からも確実だ。ではなぜクリーチャーの彼女(?)がこの世界にいるのか?疑問に思って当然だ。彼女もこの質問が来ることは予想していたようで、すぐはっきりとした答えが返ってきた。

 いわく、

「ん。わかんないんだよねー」





「で、どう思うよ慶三郎」

「まあ、それはテレポーテーションだな」

 駅の西口から国道へと繋がる道を一緒に歩きながら、俺と慶三郎は瀬戸内の超人について話し合っていた。慶三郎は俺の中学校からの親友だ。デュエマオタクなのはもちろん、SF小説もよく読んでいるので相談に乗ってもらった。

「テレポーテーションって、あれだろ、瞬間移動みたいなやつ」

「まあ大体その認識でもいいんだが、念力によって物体を移動させることをテレポーテーションと言うんだ。移動というのは、なにもこの世界だけとは限らない。別世界から別世界へ飛ばしたり飛ばされたりしてもいいわけだが、」

「その念力の発生元がわからないと?」

「そう。パンドラ関係、シーザーの開けた穴、そこらへんがこの世界に繋がっているわけでもないし、やっぱりだれかの念力によって飛ばされている筈なんだ。でも、瀬戸内をクリーチャーワールドからこの世界に飛ばすメリットがない。飛ばされる理由もないんだろ?彼女の話によれば」

「まあ、あんな能力だしな。サムライの中でも最弱に近いくらいだ。誰かから恨まれるとか、あいつが敵にとって脅威だったとか、そんなことはないだろうな」

「じゃあ、これは事故だ。オリジンだかが念力を発動させた結果、別に飛ばすつもりもなかった瀬戸内の超人をこの世界に飛ばしたんだ。そんなとこだろう」

 この話題にあまり興味がないのか、彼の話し方はどこか素っ気ない感じだ。まあ彼にとっては全く関係のない超人の話を聞かされて、面白いということはあるまい。結局俺に出来ることは何もないことがわかっただけでも収穫か。




 家に帰ると瀬戸内の超人はなぜか座禅を組んで目を閉じていた。寂聴要素は別にいらないのだが。

「おっ、帰ったねーキミ」

 目は閉じたまま口だけ動かして瀬戸内の超人は言った。

「……何してるの、それ」

「見てわかるでしょー、座禅よ座禅っ」

「なんで?」

「ん。なんとなくねーなんとなく」

「……なんとなく、ね」

 サムライの習性なのだろうか。まあそんなことはどうでもいいが。それから瀬戸内の超人はあっさりと座禅をやめて(『もう飽きたー』らしい)、目を開けて俺に向き直ると、

「ねえねえ、キミこれから暇でしょ?」

 とのたまった。別に瀬戸内の超人の見た目で言われてもちっとも嬉しくない。いいセリフなのにな……

「ちょっと付き合ってほしいの……」

 別に瀬戸内の超人の見た目で言われても……その2、だ。これが毎回続くのだから勘弁してほしい。何を勘弁してほしいのかは俺もよくわからない。




「で、カードショップと」

「ん。私がまだ使われてるのか気になってねー」

 俺と瀬戸内の超人の2人は都内某所のカードショップを訪ねていた。今日は店舗大会が開かれるようで、どう見てもオタクにしか見えない小太り眼鏡から小学生まで結構たくさん客が入っていたが、もちろんみんなの注目の的になるのは我らが瀬戸内の超人。その姿から発せられる強大な威圧感とその異様さ、そして時々聞こえてくるJK風な喋り方に興味を持たない人がいただろうか。

「ねーねーみんなアタシのこと見てない?」

「そりゃそうだろお前クリーチャーだよ……」

 お前クリーチャーだよ、が悪口にならない初めてのケースかもしれなかった(例によって何も嬉しくないが)。隣で話しかけられてる俺にも怪奇の目は向けられているのだ。一刻も早く出たいぜ、こんなところ。

 瀬戸内の超人はカードショップが珍しいのか、はたまた懐かしいのかキョロキョロと見回している。

「みんななんとかダム、なんとかダムって言ってるけどここ群馬?」

「デドダムな。そして群馬県にあやまれ」



 俺の記憶が正しければ、瀬戸内の超人がデュエマの競技シーンにおいて活躍したことなど無いと言っていいだろう。なのになぜか瀬戸内の超人は自分が昔は使われていた、というようなことを言っていた。世界のズレ的な話かと思ったのだが、

「ん。別に使われてるとこをちゃんと見たわけじゃないんだけどね。まあアタシの実力だしー?使われて当然って感じかにゃー?」

「……よくそんな自信あるな」

 俺が呆れているうちに、瀬戸内の超人はショーケースを眺めていた小学生くらいの男の子に標準を合わせたようだ。

「おーいそこの少年クン、もちろんアタシのことはわかるよねー?」

「……」

 見た目の異様さに怯えて何も喋れなくなってしまっている。ほら震えてるじゃないか。

「ねーねー、なんとか言ってよう……ん?キミ、これは?」


 少年が手にしていたのはイメンボアロだった。


「はっ、こんなに強い効果のカードがッ!?」

「同じコストなのに出来ることが全然違う……パワーでしか勝ててない……」

「ちなみにこんなのもいるぞ」

「何も勝ててない……?アタシが……?」



 
 カードショップを出てからもずっと元気がなかった瀬戸内の超人は、「もう帰るね」と言い出した。

「なーんか自分に自信無くしちゃってさー。ちょっと自分を見つめ直そうと思うんよ。一回実家帰って、考えてみようと思ってねー」

 サムライの実家ってどんなところなんだろう。アクアツバメガエシの塩焼きとか囲炉裏で焼いてそうだな。

「でも帰り方、わかるのか?」

「ん。それがわからないんだよねー。とりあえず新宿出てから考えるわ」

 新宿に出ても何もわからないだろうが、俺にとって彼女が家を出ることはいいことだから余計なことは特に何も言わない。

「ん。なんだかんだで楽しかったよーキミ!」

「さいですか」

「じゃあここで。駅こっちでしょ?」

 瀬戸内の超人は最後に振り返ってこちらに手を振った。

 やっぱり好きにはなれなかった。

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