大学受験の変化

1.数字で見る大学受験史

 「四当五落」という言葉があります。4時間の睡眠時間なら試験に受かるが5時間も寝たら落ちる,という意味です。この言葉を座右の銘にして,受験勉強に励んだという人も多いでしょう。

 今の受験生は,こういう言葉は知らないかもしれませんね。少子化により受験競争は緩和されてきていますので。私は1995年の春に大学受験をしましたが,結構大変だった記憶があります。世代を遡ると競争はより熾烈で,悲惨な事件も起きています。

 1980(昭和55)年の11月に,20歳の予備校生が両親を金属バットで殴り殺す事件が起きました。金銭の使い込みを咎められ,逆上してしまったそうです。浪人生活が2年目の秋で,生活態度が不安定になっていたこともあるでしょう。この人は1979年の春に最初の大学受験をしたと思いますが,同年の大学入学志願者は63.7万人で,大学入学者は40.8万人。単純に考えると,差し引き22.9万人が不合格になったことになります。不合格率は36.0%,3人に1人が辛苦を舐めていたと。この予備校生も,そのうちの一人でした。

 想像がつくでしょうが,大学受験の不合格率は時代と共に低下してきています。この指標を使って,大学受験競争の激しさの変化を視覚化してみると面白い。下のグラフがそれです。合格者はその年の大学入学者数で,不合格者は入学志願者から入学者を引いた数です。不合格率は,両者の合算に占める不合格者の割合を指します。

画像1

 大学受験の50年史ですが,いかがでしょうか。不合格率には2つの山があり,1960年代後半と90年代初頭では4割を超えていました。人数が多い団塊世代と,その子どもの団塊ジュニア世代が受験に挑んだ時期ですね。

 競争が最も激しかったのは1990年で,志願者88.8万人のうち39.5万人が不合格になっていました。不合格率は44.5%,半分近くです。この年の現役の受験生(18歳)は1971年生まれ世代ですが,思春期・青年期を競争の灰色で染められたことが,人格形成にどういう影響をもたらしたことか。この世代は現在48歳で,人件費の重みに耐えかねた企業のリストラに遭っています。われわれロスジェネに劣らず,ツイテない世代といえるかもしれません。

 大学入学志願者(合格者+不合格者)は1992年の92万人をピークに,減少に転じます。少子化の局面に入ったためです。その一方で,都市部の大学設置抑制政策が緩和され,雨後の筍のごとく大学が増え出したので,受験競争は和らいできます。不合格率は滑り台のごとく急降下し,2000年に20%,2008年に10%を割り,2019年の入試ではわずか5.6%です。競争が激しかった世代からすると,隔世の感でしょうね。

 トータルでみた場合,今の大学受験の合格率は95%で,あと少ししたら図の不合格者(赤色)の領分はほぼなくなるかもしれません。大学全入時代の到来とは,こういうことです。

2.浪人生の減少

 上記のような変化に伴い,いわゆる浪人生も減ってきています。私は1995年に東京学芸大学に入りましたが,浪人経由者は結構いて,3浪以上の多浪(タロウ)さんもいました。むしろ現役生のほうが少数派だったと記憶しています。しかし20年以上を経た今では,状況は変わっていることと思います。

 文科省の『学校基本調査』では,各年の大学入学者の数を,高校卒業年別に分けて集計しています。その年の卒業生を現役,前年の卒業生を1浪人,前々年の卒業生を2浪…,とみなしましょう。このやり方で,各年の大学入学者の現役・浪人構成を明らかにできます。下表は,入試が最も激しかった1990年と,四半世紀近くを経た2014年の入学者のデータを比べたものです(2015年以降は,高校卒業年別の集計がされなくなっています)。

画像2

 18歳人口は減っているものの大学進学率が上がっているので,大学入学者の数は49万人から59万人に増えています。現役・浪人の内訳も変わっており,1990年では現役生は64.1%でしたが,2014年では86.0%となっています。浪人生の割合は35.9%から14.0%に低下。バブル期では3人に1人が浪人経由者でしたが,近年では7人に1人です。より直近の年では,浪人生の率はもっと下がっていると思われます。

 入試競争が緩和されていることに加え,経済的理由から浪人を忌避する傾向が強まっているのでしょう。私は鹿児島出身ですが,県民所得が低いこともあってか,浪人は忌み嫌われる土地柄でした。とくに女子はそうであるように思います。九州大学に行ける力があるのに地元の鹿児島大学にした女子生徒がいましたが,現役合格が確実な鹿大にしなさい,という親の意向があったようです。

 データでみても,浪人経由者の率には性差があります。大学の設置主体(国・公・私)によっても違っています。これらで分けたデータも出せますので,ご覧に入れましょう。

画像3

 1990年では,男子の大学入学者の浪人比率は43.1%にも達していました。競争が激しく,かつバブルの時代で浪人を許容する経済的余裕があったためでしょう。しかしこういう時代でも,女子の浪人比率は低くなっています。国公私立の差はほとんどなかったようです。

 2014年になると,どの属性でも浪人率は低下します。男子は43.1%から18.0%に激減し,女子は1割を切ります。設置主体別にみると「国>公>私」というように,入試難易度とリンクした序列ができています。国立大学は今でも難関ですからね。一方,私立大学の難易度は著しく下がっています。AO(All OK)入試を多用し,無試験同様で入学させている大学も多し。

 いやはや,状況は変わったものです。これをどう見るか。世間では無駄と見られがちな浪人生活に,一定の教育的意義を認める考え方もあります。私は2009~10年度,都内の私大で卒論ゼミを持ちましたが,「浪人生が勉強以外に学ぶものは何か」という論文を書いた学生がいます。2浪の経験者で,自身の体験や後輩浪人生へのインタビューに基づく,迫力のある作品でした。それによると,視野が広がった,耐性がついた,苦労を共にした生涯の友ができたなど,様々な効用があるとのこと。

 学術的な著作でも類似のことが指摘されており,塚田守教授は著書『浪人生のソシオロジー』(大学教育出版,1999年)の末尾で,「子どもには1年ぐらいの浪人を経験させてはいかがか」と述べています(169ページ)。

 時代の必然かもしれませんが,大学入学者が現役生一色で染まっていくのはどうなのかな,という気もします。しかし現在でも浪人率が高い学部はあり,国立大学医学部医学科は入学者の54.6%,国立大学美術学部は75.1%が浪人経由者です(2014年度)。後者は東京藝術大学かと思いますが,3浪以上の多浪生も26.5%います。キャンパスに足を踏み入れたことはありませんが,さぞ面白い世界なんでしょうね。

 18歳の現役で大学に入らないといけない,ということはありません。青年期の回り道(迂回)を許容してもいいのではないか。こんなふうにも思うのです。

3.予備校生の減少

 受験競争の緩和,それに伴う浪人生の減少に頭を痛めているのは予備校業界でしょう。2014年の8月に,大手の代ゼミが校舎の7割を閉鎖すると発表し,世間を驚かせました。大教室でも前の3列ほどしか生徒がおらず,今の規模を維持するのはとても不可能。こういう決断だったそうです。

 関係者にすれば「ついに,ここまできたか」という感じですが,予備校の生徒数は減少傾向にあります。予備校は,制度上は専修学校ないしは各種学校に該当し,前者の「受験・補習」,後者の「予備校」という学科カテゴリーの生徒数でもって,トレンドを把握できます。下のグラフは,受験競争がピークだった1990年以降の推移を跡づけたものです。

画像4

 1990年では専修学校タイプが5万2150人,各種学校タイプが14万2910人で,合計19万5060人でした。平成の初頭では20万人近くいたのですね。しかし時と共に減少し,1999年に10万人,2014年に5万人を割り,2019年現在では4万1620人となっています。平成に時代にかけておよそ4分の1に減ったと。予備校業界にすれば「失われた30年」です。

 なお,減少分の多くは各種学校タイプであることが分かります。小規模の予備校が淘汰されているのでしょう。しかし大手の代ゼミも大リストラを強いられるなど,業界全体にとって非常に厳しい時代になっているのは確かです。

 少子化が進んでいるためですが,進学志向の高まりにより大学受験をする若者の絶対数は増えています。前節でみたように,主な顧客の浪人生は減っていますが,予備校生はもっと速いスピードで減り続けています。うーん,少子化のせいだけじゃなく,受験生の予備校離れの可能性もありそうですね。

 大学入学者(うち浪人経由者)と予備校生徒数を対比し,予備校の利用度を出してみましょう。下の表を見てください。

画像5

 1990年4月の大学入学者は48.7万人で,前年5月の予備校生徒は20.1万人ほどでした。ラフに考えると,この年の受験生の予備校利用率は4割ほどだったことになります(c/a)。浪人経由者に至っては,大半が予備校を使っていたと推測されます。

 2014年では大学入学者は増えていますが,予備校生徒は大きく減り,予備校の利用度はガタ落ちしています。浪人経由者ベースでみても然りです。予備校の苦境は,少子化よりも受験生の予備校離れによる部分が大きいように思えてきます。

 競争の緩和により,そこそこの大学も独学で受かるようになっていますからね。教育動画やスタディアプリなど,独学を助けるツールも多く出回っています。また家計の逼迫など,背景要因はいろいろ考えられます。

 物理的なハコを構え,生徒が来てくれるのを待つ従来型のスタイルでは,淘汰されるのは時間の問題です。最近は講師の授業を動画配信したり,受験生の質問をSNSで受け付けるなど,ICT戦略をとる予備校が増えてきました。大学受験市場では生き残れないと,公務員試験対策に鞍替えするなんていう話も聞きます。こちらは,幅広い年齢層が顧客になり得ますからね。

 大事なのは,時代(需要)の変化に即した形に柔軟に変身することです。専修学校や各種学校は,正規の学校に比して制度的な要件が緩いので,それが容易であるのが強みです。

4.大学入学者数の将来予測

 大学も頭を抱えています。大学入試改革が話題になっていますが,厳正な試験で入学者を選抜できる大学は少なくなっています。少子化が進んでいますからね。入学者の供給母体の18歳人口は,ピークの1992年では205万人でしたが,2019年では117万人にまで減っています。

 今や大学は,職員だけでなく教員も高校訪問に行かせ,「ウチに生徒をよこしてください」と懇願しています。押しかけられる高校はハタ迷惑で「資料を置いて帰れ」と言うのですが,「進路指導主任の名刺がほしい,行った証拠として大学に提出しないといけない」と居座るのだそうです。また年中オープンキャンパスを開催し,参加した高校生には文具や図書券を配り,学食もタダで食わせています。生徒にすればいいバイトみたいで,「夏休みはOP巡りで*万円稼いだ」「毎日,OPのタダ飯でお腹いっぱい」という書き込みがツイッター上で散見されます。

 涙ぐましい努力ですが,悲しいかな,それが実らず定員割れに陥る大学が増えています。私立大学・短大の定員充足率の分布がどう変わったかを図示すると,以下のようになります。

画像6

 左側の大学をみると,1990年では定員割れ大学の割合は4.1%でしたが,2019年現在では33.3%に増えています。現在では,私立大学の3分の1が定員割れであると。

 短大はもっと悲惨で,定員割れの割合が3.7%から76.8%へと激増しています。定員割れを免れている短大は少数で,全体の4割は定員充足率80%未満の倒産予備軍となっています。既に淘汰が始まっているのは,学校数の減少からも明らかです(483校→297校)。

 大学のほうは学校数が増え,入学者数も増加の傾向にはあります。18歳人口は1992年から2019年にかけて205万人から117万人に減りましたが,大学入学者は54.2万人から63.1万人に増えています。大学進学率が高まっているからです。よく言われるように,現在は同世代の半分が大学に行く時代なり。

 2019年春の大学進学率(18歳人口ベース,浪人込み)は53.7%となっています。18歳人口が減ってもこの数値が高まれば,大学入学者は増える,ないしは維持できることになります。関係者の中には「大学進学率が高まれば何とかなる,パイの増加は見込めなくても現状維持は可能だ」と楽観する人もいますが,そう上手くいくでしょうか。

 2050年の18歳人口は81.3万人と予測されますが,今年春の大学入学者63.1万人をキープするとなると,大学進学率は77.6%にならないといけません。同世代の8割近くが大学に行く(行かされる)…。ちょっと怖いような気もします。その一方で,大学進学率はもう天井に達しているのではないか,という見方もあります。

 今後の大学進学率がどうなるかは神のみが知りますが,2つのモデルを想定し,未来の大学入学者数をシュミレートしてみましょう。大学進学率が2050年の70%までコンスタントに伸びるとする楽観モデルと,55%までしか伸びないとする悲観モデルです。想定した大学進学率を,各時点の推定18歳人口にかければ,大学入学者数の理論値が出てきます。

画像7

 楽観モデルだと2050年の18歳人口は81.3万人,大学進学率は70%ですので,大学入学者は両者をかけて56.9万人となります。2019年現在よりも6.2万人の減です。進学率はもうほとんど伸びないとする悲観モデルでは44.7万人,現在より18.4万人減ることになります。

 単純に考えて,楽観モデルでは入学者1000人の大学が62校,悲観モデルだと184校潰れる計算になります。現実は両者の中間だと思いますが,非常に厳しい時代になるのは確かです。随所で言われているように,大学倒産時代がやってきます。

 大学関係者にすれば震え上がる数字ですが,どうするつもりでしょう。高校生を徹底的に勧誘し,大学進学率を8割,果ては9割にまで高めようというのでしょうか。そうなると,大学までほぼ義務化です。意向や適性に関係なく大学進学を強制され,ほぼ全ての若者が22歳まで学校に囲い込まれる…。当人らにとっては非常に生きづらく,社会にすれば壮大な無駄です。ただでさえ子どもが減ってくるのに,そんな人財の浪費をする余裕はないはずです。

 ランクの低い私大ほど学生の奨学金利用率が高く,卒業後はブラック企業に流れたり,非正規雇用やニートに行き着く率が高い傾向にあります。つまり奨学金破産のリスクが大きいのですが,こういう「死のコース」に若者を呼び込んでいるとしたら,存在意義を厳しく問われることになります。「FランはATMのあるパチンコ屋」という揶揄がありますが,自己の維持存続のために若者に借金を負わせ,彼らの人生を潰すようなことをしていないか。

 厳しい言い方ですが,こういう大学は退場していただいたほうがよいと,私は考えています。2020年度から高等教育の無償化がスタートしますが,一定の要件を満たさない大学は対象外となります。経営努力を怠っている大学を,税金で救済することになってはならないからです。支援の対象となる大学のリストが公表されていますが,ここから漏れている大学は,真剣に身の振り方を考えていただきたく思います。

 やせ細る18歳人口を躍起になって奪い合うのは見苦しいし,彼らの人生にも悪影響を与えます。大学は,成人学生の受け入れに注力すべきです。雇用の流動化,また自己実現への欲求の高まりにより,学び直しを欲する成人は数多くいます。大学は,成人のリカレント教育に機能の重点を移すべきです。この点については,生涯学習というテーマの別稿にて詳しく述べようと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?