BOOK NERD
普段私は電子書籍で本を読んでいて、理由はなんてことはない荷物が嵩張るからというだけだった。本を読んでは感想を記録し、おすすめの本は友人に紹介することでセンスがいいと思われる事を意識してしまったりもした。ある日SNSで読みたい本をアップしたところ、友人からちょうど手違いで2冊買っちゃったからあげるよと連絡があり、お言葉に甘えて本をいただくことになった。いただいた本を読んでいると、この本を人生で初めて読んだとしたら、なんか自分に酔っているなこの人と思ってしまっていたかもなとか考えた。いただいた本なので感想を友人に伝えると、「もう読んだの!?僕はまだ読み終わってないよ!」とのこと。いい本だったのですっかり友人を信用し切った私はおすすめの本はないかと図々しく聞くと、岩手県盛岡市にあるBOOK NERDがとてもいい本屋だと教えてくれた。数ヶ月後に久々に買い物をしている時にその本屋に行くことになった。
本と電子書籍どっちが良いのか論争なんてメディアの作り出した幻想みたいな物だけれど、確実に言えることは新品であれば電子書籍の方が安いということだ。数百円の差で何百枚もの紙が手に入ると思ったら本を買った方が賢明なのかもしれないが、本棚がもういっぱいで入らない。歩きながらそんなことを考えているとBOOK NERDが見えた。外から見ると思ったより小さい本屋だった。普段経理業務をしている私は経営面でとんでもない策があってのことなのだろうと思ったが、今日はただの客として来ているのでとりあえず中に入った。最初の感想は、良い匂いがするということだ。私は以前週一の頻度で通っていた古着屋の匂いが好きで、どうにか実際に使われていたお香をいただけないかと懇願し売っていただいたことがあった。そこの店と近い匂いがする。TPOは店舗の雰囲気を左右する大事な要素だ。店に違和感があるとその店にはあまり行きたくない。たとえば、せっかくヴィンテージの雑貨を取り揃えていても、最新のJ-POPばかり流れていたらもう通うことは無くなってしまう。(昔近所の酒屋で流れていたメロンパンの歌はなぜか好きだが)BOOK NERDはそんな違和感が微塵もないお店で、その心地良さは空間を実際よりも広くした。全く調べずに来てしまったため、店主さんに本選びのセンスを疑われないかを考える余裕がなく、自分の本当に欲しい本を直感で選び、この本屋の店主さんが書いた本と前日に行われていたという対談イベントに出演していた作家の本も選んだ。私はその人や店がこだわったであろう物や事はお金を払いたい。友人がダンスのイベントを開いた時は、予定があったため行けなかったがチケットは買った。また別の友人が音楽を配信する時は、サブスクリプションでも聴けるがアルバムを買った。他にも期間限定商品を買うのもその一つだ。定番の売れ筋商品と期間限定の商品が並んでいたとしたら、現時点で思いがつまっているのはきっと期間限定商品の方であろうと思われるからだ。全部で6冊の本をレジに持っていき、店員さんに聞きたかったことを聞いた。「ここの匂いって売っていただくことできますか?」我ながら何を言っているのかわからなかったが、店主の早川さんは汲み取ってくれていたようで、「ここでは売ってないけど、買えるところを教えるよ」とのことですんなり匂いの足がついた。捜査は足でとか現場百回とか刑事の心得があるが、要は聞いて回るのが早い。6冊の本をIpadで読み込んでいく中で、その中の一冊について、「この本は初めて翻訳されるんだよ」と教えてくれた。プロのその一言の付け足しが一番嬉しい。満足して店を出ると、だんだんレコードの音楽が遠ざかっていくのを意識しながら歩いた。その後は余韻にひたひたに浸かって、家に帰ってから焦げ目がつくまで読み込んで、メープルシロップとバニラアイスを乗せてとろけて混ざり合うそれをナイフとフォークで丁寧に味わい尽くすのだ。あいにく早川さんの本はそんなに甘くはなかった。
ぼくにはこれしかなかった。明らかにBOOK NERDが出来るまでの何かが分かりそうなタイトルなので、まず一番最初に読みたかった本だ。家に帰ってからすぐに読み始め、読み終わった。本は人であるなんてよく言った物だが、私はこれを信じきっている。人は知っていることしか知らない。知っていることしか書けない。だから、本には著者の知っている事実やフィクションがつまっている。頭の中が見える。本の感想は記録して自分の中だけに留めることにしてあるのだが、いつか本当に同じところを目指したいと思える人に出会えたら、今までつけてきた本の記録、つまりは頭の中を全て曝け出したい。格好つけてしまったが、読んだ本の感想をだれかとひたすら語り合いたいだけなのだ。そんな日が待ち遠しいと思えるし、本で繋がる狭く深い関係の人と出会えるまで、私は感想をひたすら本気で記録し続けようと思った。
本の中に出てきた「わたしを空腹にしないほうがいい」というくどうれいんさんの本だが、一緒に買ってきた自分を褒めたい。あんなの絶対に読みたくなってしまうじゃないか。比べるのはあまり好きではないが、早川さんが経験から紡ぎ出した作品だとすると、くどうれいんさんは内に秘める何かだった。芸術的であり対談を読む限りどこまでも一般人で、どこでこの著者と表現力の差が生まれたのか自分に絶望してしまう。本を読んで感動しこの絶望を覚えてからは、自分が出来ないことすべてに尊敬できるようになり、人間関係の質が劇的に良くなった。自分を卑下しているわけではなく、ただ自分が今まで気付けなかった事に気付けるようになった。本は自分の人生を豊かにしてくれる大切な作品だ。本がもたらしてくれる物は周囲への尊敬だけじゃなく、更なる気付きや考え方の変化をまだまだ運んできてくれるはずだ。そんなことを考えながら、そんな私と同じことを考えている誰かに出会えることを願っている。素敵な本屋でした。
書くために本を読みます! 本の経済が潤いますように!