人事権の行使としての降格が違法になる場合について

懲戒処分として降格を行う場合に違法となるか否かについては、「懲戒処分の適法性」に関する議論として、懲戒処分として法規制を受けるので、就業規則の根拠規定とそれへの該当性が必要であり、処分の相当性について、懲戒権濫用の法理が適用されます。これについては、別の記事で解説するとして、ここでは、人事権の行使として、降格を行う場合の違法性の判断について、解説します。

前述したように、降格には、職位・役職を引き下げる場合と、職能資格・職務等級を低下させる場合があります。
このうち、職位・役職を引き下げる降格は、これについては、労働者の適正や成績を評価して行われる労働力の配置の問題と捉えられますから、企業において、成績不良や職務不適合等の業務上の必要性があれば、人事権の行使として、企業の裁量的判断により降格を行うことが可能です。 

裁判例においても、「使用者が有する採用、配置、人事考課、異動、昇格、降格、解雇等の人事権の行使は、雇用契約にその根拠を有し、労働者を企業組織の中でどのように活用・統制していくかという使用者に委ねられた経営上の裁量判断に属する事柄であ」り(バンクオブアメリカイリノイ事件 東京地裁平成7年12月4日)と判示されているほか、降格について「本件降格(※筆者注 記録紛失等を理由に、当該従業員を、婦長から平看護婦に二段階降格させたもの)は、被告において人事権の行使として行われたものと認められるところ、降格を含む人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用にあたると認められない限り違法とはならないと解される」と判示しており(医療法人財団東京厚生会(大森記念病院)事件 東京地裁平9年11月18日)、降格を含む人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属することを認めています。

ただし、法令違反に該当するような降格の場合、たとえば、労働組合に加入したことや正当な組合活動や妊娠したことを理由に降格した場合は、当該降格は違法となります。
また、上記に加えて、会社が、その人事権を濫用した場合にも、降格は違法と判断されます。
では、どのような場合に、人事権の濫用となるのか、見ていきましょう。
判例は、主に、以下の4つのポイントを軸に、権利濫用になるか否かを判断しています。
・使用者側における業務上、組織上の降職の必要性の有無、程度
・能力、適正の欠如など、労働者側における有責性の有無、程度
・労働者の受ける不利益の性質及びその程度
・当該企業における昇進・降格の運用状況

前述した、バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件(東京地判平7・12・4)では、「…人事権の行使は、労働者の人格権を侵害する等の違法・不当な目的・態様をもってなされた場合には、経営者に委ねられた右裁量判断を逸脱するものとして違法となる。そして裁量判断を逸脱するものであるかどうかについては、使用者における業務上、組織上の必要性の有無・程度、労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するかどうか、労働者の受ける不利益の性質・程度等の諸点が考慮されるべきである。」と判示されています。

また、人事権の行使に使用者の裁量権が認められるとしても、会社における、業務上の必要性が認められないときや不当な動機、目的をもってなされたとき、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときは、特段の事情のない限り、人事権の行使は権利の濫用となる(東亜ペイント事件=最判昭61・7・14参照)。

降格の業務上の必要性については、使用者の裁量権に基づく総合判断である以上、相当程度の必要性があれば足り、高度の必要性まで要求されるものではないと考えられています。裁判例においても、営業所の業績不振や業務遂行状況、能力評価など総合的に判断して適格を欠くと評価し、営業所長から所長代理への降格を有効としています(エクイタブル生命保険事件=東京地決平2・4・27)。

さらに、管理職から降格させられることによって、管理職手当がもらえなくなり、賃金が下がる、といった事情があったとしても、それだけで降格が権利の濫用となるとは判断されません。裁判例においても、「降格行為は、これが従業員に及ぼす不利益が著しいものでない限り、人事権の行使として裁量の範囲内にあると解するのが相当である。本件降格が直ちにXの減給につながるものではなく、Xの生活に格別不利益を与えることはない一方で、Y信用金庫の地域に根ざした金融機関としての性質上、その組織を維持し、これを円滑に機能させるためにやむを得ない面があったものというべきである。
もっとも、Xは、管理職でなくなれば管理職手当が得られなくなるが(※筆者注:役職手当(月額4万5000円)をカットし、住宅手当を従前の月額2万円から月額1万3000円に減額)、これは業務の種類・態様が異なることによる当然の事態であり、管理職でなくなればその責任も軽減され、職務自体の質も軽減されるのであるから、この点の不利益をことさら重視することはできない」と判断されています(渡島信用金庫事件=函館地判平14・9・26。このように、誰を管理職にするかという点についても、企業は広範な裁量を有しており、別の人間を管理職にするために、現在管理職に就いている者を降格させることも許されます。
   
他方で、相当の理由のない降格といえる場合には、権利濫用になることもあり得ます。
看護婦Aが、記録紛失等を理由に婦長から平看護婦に2段階降格(「本件降格」)させられた使用者(病院B)の措置を、違法・無効であると主張して、Aが(退職後に)、Bに対し、退職時から定年退職時までの賃金相当額の逸失利益等の賠償を求める損害賠償請求事件において、裁判所は、「…本件降格は、被告において人事権の行使として行われたものと認められるところ、降格を含む人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用にあたると認められない限り違法とはならないと解される。…使用者に委ねられた裁量判断を逸脱しているか否かを判断するにあたっては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及び程度、労働者の受ける不利益の性質及び程度、当該企業体における昇進・降格の運用状況等の事情を総合考慮すべきである。」と、人事権の行使としての降格は、権利濫用にならない限り認められるとしたうえで、次のように述べ、本件降格が権利を濫用したものであると判断しました。
「…①BがAに対し、紛失した予定表を徹底的に探すように命じたのか否かにつき疑問も存し、予定表の発見が遅れたことについてAのみを責めることもできないこと、②予定表の紛失は一過性のものであり、Aの管理職としての能力・適性を全く否定するものとは断じ難いこと、③近時、Bにおいて降格は全く行われておらず、また、④Aは婦長就任の含みでBに採用された経緯が存すること、⑤勤務表紛失によってBに具体的な損害は全く発生していないこと等の事情も認められるのであって、以上の諸事情を総合考慮すると、本件においては、Bにおいて、Aを婦長から平看護婦に2段階降格しなければならないほどの業務上の必要性があるとはいえず、結局、本件降格はその裁量判断を逸脱したものといわざるを得ない。」(なお、婦長と平看護婦は待遇面では役付手当5万円がつくか否かにしか違いがありませんでした。)

職位・役職を引き下げる(一定の役職を解く措置)降格については、使用者の裁量を尊重し有効とする裁判例が多いですが、本件のように、降格を違法としている点も使用者としては十分留意すべきです。
降格が違法になっているケースは、本件のように、「業務上の必要性がない」と判断されているものが、相当な理由のない降格として、違法と判断しているものが多いように思います。

また、職能資格・職務等級を引き下げる降格(降格によって職位が引き下げられることで職能資格も引き下げられるという場合を含む)については、就業規則等の根拠がないと実施できないと理解されているため、労働者との合意によって契約内容を変更する場合以外は、就業規則等の明確な根拠規定がなければ、違法になってしまいます。 
なお、明確な根拠規定が存在する場合でも、当該資格が契約上許容される範囲内であるかどうかが別途検討される点は、一定の役職を解く措置の場合と同様です。職能資格の引下げとしての降格が明確な根拠規定に基づくもので、かつ、契約上許容される範囲内のものであっても、その契約内容に沿った措置であるか、権利濫用等の強行法違反に当たる事情がないか、という観点から判断されます。

ELCジャパン事件(東京地判令2・12・18)では、2度にわたり退職勧奨を行い、労働者が拒否するたびに降格(※別部署のアシスタントマネージャーに異動させた(職務の変更))した事案において、次のように判断しました。
「(1)就業規則により、…職務等級制度の下、職務の変更に伴い職務等級の変更があり得ること、特に、組織運営上又は業務上のやむを得ない理由により職務が変更となる場合には下位の等級への変更もあることが明記されている。…甲と会社の間に職種限定合意があったとは認められない。」→就業規則等の明確な根拠規定の確認と、契約上許容される範囲内のものであることの確認。
「(2)本件降格については、NY本社以下の製品企画開発部門の指揮命令系統の中で、同拠点を…集約するのに伴い、日本の拠点を廃止することにな(り)、…異動することに伴うものであり、業務上の必要性があったといえることは明らかである。…本件降格が、甲が主張するような不当な動機又は目的により行われたと認めることはできない。」→業務上の必要性の確認。
「(3)…降格に当たっては、甲の製品企画開発の経験を活かすことができる役職であることが一定程度考慮されていた。…キャリア形成に重大な影響が生じたとまでは認め難い。」
「また、…本件降格後も本件降格前と遜色ない額の給与が毎月支払われており、…賃金の点で甲に大きな不利益が生じたとは認め難い。」
「(4)本件降格は、…人事権を濫用したものともいえないから有効である」
   
本件は、会社が労働者に対して、2度にわたって退職勧奨を行っており、「退職誘導の動機が認められる」余地もあると思われましたが、この辺りは、事実認定の問題であると思われます。

なお、最近では、職能資格制度に代わり、職務内容によって格付けを行う、職務等級制(ジョブ・グレード制)が、外資系企業を中心としてグローバルな考え方を意識した相当多数の企業に採用されているといわれています。