人事権行使の根拠

前回の記事では、人事権の行使の種類についてご紹介しましたが、それぞれの人事権の行使の根拠について、お話させていただきます。

昇進・昇格について

特定の従業員を昇進させるかどうかといった人事は、企業がその業績等に応じて判断していく事柄であることから、企業の裁量的判断(人事権)によって行われます。
昇格についても、使用者である企業の裁量的判断として行われることになります。なお、昇格については、項目、基準、方法等が、職能資格制度上定められていることが多いため、それらの基準に基づき、あとは、企業の裁量に委ねられることになります。

降格について

前述のとおり、降格については、懲戒処分としての降格と、人事権の行使としての降格があります。
このうち、懲戒処分としての降格の場合は、その他の懲戒処分と同様に、就業規則等において、懲戒事由(無断遅刻、無断欠勤、服務規律違反等)と懲戒処分の種類として、降格が定められていること、懲戒事由に該当すること及び懲戒処分としての降格をすることが相当であるといえる必要があります(労働契約法15条)。
裁判例においても、「懲戒処分は…、それを行うについて契約関係における特別の根拠が必要とするのが相当であり、就業規則上の定めが必要と解される(労働基準法89条1項9号参照)。したがって、使用者が、懲戒処分として降格処分を行うには、就業規則上、懲戒処分として降格処分が規定されていなくてはならない。Yにおいては、就業規則上、懲戒処分として降格の規定はないから、Yは、懲戒処分として降格処分を行うことはできない。」と判示しています。

次に、人事権の行使としての降格を行う場合にも、職位・役職を引き下げる場合(昇格の反対措置)と、職能資格・職務等級を低下させる場合(昇級の反対措置)とに分ける必要があります。

まず、職位・役職を引き下げる降格(営業所長→営業社員、部長職→一般職など)を、人事権の行使として行う場合は、就業規則等の根拠規定がなくても、人事権の行使として企業の裁量的判断により可能であるとされています。
裁判例においても、「…法人は、特定の目的及び業務を行うために設立されるものであるから、この目的ないし業務遂行のため、当該法人と雇用関係にある労働者に対し、その者の能力、資質に応じて、組織の中で労働者を位置付け、役割を定める人事権があると解される。そして、被用者の能力、資質が、現在の地位にふさわしくないと判断される場合には、業務遂行のため、労働者をその地位から解く(降格する)ことも人事権の行使として当然認められる。したがって、降格処分について就業規則に定めがないYにおいても、人事権の行使として降格処分を行うことは許される。」と、就業規則がなくても、労働者を役職から解く(解職としての降格)は認められるとしています。
  
これに対して、職能資格・職務等級を引き下げる降格については、一度到達した職務遂行能力としての資格・等級について、引き下げる場合があり得ることを、就業規則等の根拠がないと実施できないと理解されています。なぜなら、一度備わっていると判断された職務遂行能力を引き下げるということは、本来予定されていないと考えられているからです。
裁判例においても、「使用者が、従業員の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付けされていると認められる者の資格・等級を一方的に引き下げる措置を実施するにあたっては、就業規則等における職能資格制度の定めにおいて、資格等級の見直しによる降格・減給の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠づけられていることが必要である」としています(アーク証券事件(東京地決平8・12・11))。
   

配転について

前述したバンクオブアメリカイリノイ事件において、「配置転換」についても、人事権の行使として、雇用契約にその根拠を佑氏、使用者の裁量に委ねられている旨が判示されています。
特に、ある程度長期的に雇用し続けることを想定している正社員については、職種、職務内容や勤務地を限定せずに採用され、会社内の様々な事情(注力分野、人手不足、当該従業員の働きぶり等)によって、適材適所を目指して、配転が行われていくのが通常です。
このように、使用者である企業は、人事権の一内容として、労働者の職務内容や勤務地を決定する権限を有しているとされています。
配転は、規定がないと認められない、という類いのものではありません。すなわち、仮に配転に関する明示の規定や同意がなくても、労働関係の類型として当然に企業に包括的な配転命令権が目次の労働契約内容として認められる場合もあると考えられています。
もっとも、配転命令権を明確にしておくために、就業規則上、配転に関する規定(例:「業務の都合もしくは社員の適性により必要がある場合は、社員に異動(配置転換(同一事業所内での担当業務等の異動)、職種変更等)を命じ、または担当業務以外の業務を行わせることがある。」)を置いておくと良いでしょう。
また、雇用契約上は、「配転があり得る」といった内容を記載しておき、配転の可能性について、労働者から包括的な同意を取り付けておくと良いと思われます。
もっとも、昨今ニュースにおいて、雇用契約書上に、将来の勤務地や仕事について、明示することを義務づける動き(労基法の改正)が出てきているようです。仮に、これが現実のものになった場合、これまでは雇用契約書の記載が曖昧でも、就業規則に条項があれば、かなり広い人事異動を命令することができたのが、雇用契約書に明示がないとできなくなる、という可能性があります。今後、注視していく必要があるかもしれません。

出向について

出向については、配転とは異なり、就業規則・労働協約上の根拠規定や採用の際における同意など明示の根拠がないかぎりは出向を命令することは認められないと考えられています。
なぜなら、出向の場合は、企業内における人事異動である配転とは異なり、企業間の人事異動であり、出向対象の労働者にとって、労務提供の相手方企業が変更されることによって、労働条件の変更を伴ったり、キャリアに影響が出ることから、労働者にとっての影響が大きいためです。
そのため、就業規則・労働協約上の根拠規定のほか、採用の際における同意などの明示の根拠のほか、出向先企業での労働条件、出向期間、出向元企業への復帰条件などが出向規定等によって、労働者の利益に配慮した形で整備されていることが必要と解されています。

転籍について

転籍については、労働者の同意が必要となります。転籍は、雇用先企業との労働契約を合意解約して、新たな企業(転籍先)と労働契約を締結するものであることから、出向と同様に、労働者への影響が大きいためです(転籍の場合、復帰という途がないため、ある意味、出向よりも影響が大きいといえるかもしれません。)。