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自己紹介 #1

最近日本語で文を書いたりまず文すら書かない日常を送ってるから変なところ見つけてもスルーしてくれたら嬉しいです。なんせ音符しか書いてないもんで。記念すべき第一回は自己紹介と僕の18年間の人生を軽く紹介したいと思います。

僕の名前はタイラー、漢字で書くと泰良、今だに自分の漢字をどう説明したらいいか分からない。オーストラリア人の父と日本人の母の間に生まれた4人兄弟の三番目だ。生まれは日本育ちも日本。見た目は外国人ぽいって言われるけど中身は完全に日本人だと思っている。僕は小さい時からスポーツと音楽が大好きだった。小学校に入ってから色々なスポーツをし、一番長くつずいたのはボートかな。5年生の終わり頃、お母さんとボートの大会を見にいって僕は一目惚れしたかのようにボートにはまってしまった。週5のペースで練習に行っていた。ある日の練習の後コーチから僕の夢は何かと聞かれ、僕はボートでオリンピックに出ると答えた。自分の目標や将来やりたいことなどをノートに書いてお母さんに見せた。”オリンピック行くから”となんども良い、お母さんはいつも応援してくれた。小学校を卒業した後から僕はHISに移った。それと同時にボートを練習する頻度は減り中学を終わる前にもう行かなくなった。お母さんは最近ボートの練習はどう?とか、オリンピックはどうするの?とかたまに聞いてくる時があった。もちろん自分の中ではまだ夢として残っていたけど、もう忘れかけそうだった。これが初めて僕がお母さんを裏切った時だった。

それからぐーたらのんびり月日がたって、去年の夏、僕は親から高校卒業したらどうするの?と毎週のように聞かれるようになり正直うんざりしていた。将来自分がやりたいこと、なりたい仕事、行きたい学校なんて考えたこともなかった。でも小さい時からよく旅行していた僕は飛行機が好きだったこともあって、パイロットになりたいって思い始めた。それから色々航空関係の学校を調べたり、最安値でパイロットになれる方法などを調べていた。それには両親も少しホッとしたらしい。やっとやりたいことが見つかったって。でも結局はそれ際も裏切る形になった。やりたいことがコロコロ変わってその度に親に心配かけたりがっかりさせたり僕は本当自分勝手だなって思う。

そして今年僕は目覚めてしまった。。。そう音楽の世界に。僕は何を比べても音楽が好きだ。聞くだけじゃなくて演奏や作曲も好きで音楽のことを考えてない時なんてないんじゃないかレベルで常に僕の頭の中には音楽の世界であふれている。bioやLitのクラス中でも頭から離れなくて病気じゃないかなって思い始めた時もあった。何かうまくいかなくてイライラしたとき好きな曲を聴くと落ち着いた。音楽という薬やっちゃったのかも。そして親に音楽が好きだと伝えて、その道に行くことを決めた。お父さんは僕の好きなことをしなさいと応援してくれて大学調べたり全部してくれた。でもお母さんは ”パイロットは諦めるの?もっとちゃんとした道に行って欲しいな” って何回か言われた。自分でもわかっていた。音楽の道は何があるか分からないし、安定した収入もらえないし、絶対親に心配と迷惑をかけるだろうって。それでも、自分が好きなことしないで生きてる人生って意味ないじゃんって自分のことしか考えてない自分がいた。

2020年3月、大学から合格の通知が来て進学するところも決まり僕は嬉しかった。これでお母さんを喜ばせられるぞって思って僕はすぐお母さんに合格を知らせた。でも一番最初に出てきた答えは ”また遠くに行っちゃうんだね” だった。僕はそれを聞いて急に胸が苦しくなってものすごい罪悪感を感じた。中学からずっと寮暮らしで親と住んでいた時間はそこら辺の誰よりもみじ会と思う。毎週日曜日に電話をするが、毎回おこずかいのことばかり聞いてたようだ。”また電話してきたのー?電話してくるときは毎回お金のことだけん嫌い”って言われた時もあった。週一回の電話でも10分も行かない。それを6年間続けて今、後数ヶ月したら海外に行って今以上に離れてしまう。おじいちゃんだって大学の進路について聞いてくる。最近すごいボケてきたおじいちゃんは会うたびに聞いてくるようになった。僕が答えようとすると、”もう帰っておいで、みんないるからここがいいでしょ”って行ってくる。オーストラリアに行くことが決まっているなんて言えない。。出発まで4ヶ月切ってるけど、まだちゃんと伝えられてない。言いたいけど、怖い。

僕は自分が好きなことはものすごい頑張るけどそれ以外は目も手もつけない。音楽は僕が生まれた一つの理由なのかもしれない。それを理解してくれて、応援してくれる親に感謝しても仕切れない。心配かけまくってって多分今一番心配かけてるんだろうな、、車の免許とったけど運転させてくれないもんw ちょっと心配しすぎかもだけどw まーそれほど僕のことが大好きなんだろうね。そう思うと思うほどあの時の ”また遠くに行っちゃうんだね” の言葉が頭を横切って朝まで考える時だって多々あった。それでも僕は決めた、音楽の道で絶対に成功してお母さんとお父さんを安心させる。成功するまでは心配と迷惑は絶対かけるけど、それ以上の恩返しをする。それが僕の本当のゴール。

とりま残りの高校生活楽しむだけ楽しんで、別れるときは泣くだけ泣いて悲しんで新たなスタート切ろうかな。みんな最後の時を楽しもうや!

なんかなっがい文章だったね。構成絶対ぐっちゃぐちゃで同じこと何回か繰り返してるときあるかもしれないけど、ここまで読んでくれてたら、ありがとう。後半書いてると涙が出てきてしまった。いつぶりの涙だろう。。思い出し笑いはしないが、思い出し泣きはしょっちゅうする自分。へーんなの。
まだ話したいこと話し切れてないからまたいつか話そうかな。

ではではこの辺で、、さようなら。

泰良

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18歳 オーストラリと日本のハーフ 音楽