2月24日の衆院予算委員会公聴会における発言参考資料

 2月24日午後の衆院予算委員会公聴会で、公述人として意見を述べました。その再配布した参考資料の全文は以下の通りです。

        コロナ危機下の日本経済と経済政策の課題
                        2021年2月24日
               大正大学地域構想研究所教授 小峰隆夫

1. コロナ危機下の日本経済についての基本認識
① コロナ危機後の経済は、感染症への対応の度合いに応じて、毎期、激しい変動を繰り返している。今後を展望しても、2021年1-3月期は大きなマイナス成長、4―6月期は大きなプラス成長が見込まれている(図1参照)。

図1 四半期ごとの経済成長率(実質、年率)の展望

図1 成長率

(出所)日本経済研究センター「ESPフォーキャスト調査」(2021年2月)

② 生産面では、製造業、非製造業ともに大きく落ち込んだ。非製造業がこれほど落ち込むことは過去にほとんど例がない(図2参照)。緊急事態宣言下で飲食業、旅行関連業などの対面型サービスが大きく落ち込んだためである。
  図2 産業活動の落ち込み(リーマンショック時との比較)

図2 産業の動き

(出所)経済産業省「鉱工業生産指数」「第三次産業活動指数」
③ 所得面では、2020年4―6月期には、賃金所得は減少したが、10万円一律給付があり、可処分所得はむしろ増えた。所得が増えて消費が減ったので貯蓄が大幅に増大し、家計の貯蓄率は近年例がないほどの水準に上昇した(表1参照)。
   表1  所得面の変化(単位:兆円)

表1 所得面の動き

(出所)内閣府「国民経済計算」

④ 雇用面では、雇用機会は大幅に減ったものの、休業者(雇用調整助成金などにより、企業が就業を継続)や非労働力人口(就業をあきらめて家庭に戻った)の増加などで吸収したため、経済が大きく落ち込んだ割には、失業者は増えずに済んでいる。

⑤ 景気は、2020年5月を底として回復過程にあるというのが多くのエコノミストの見方。

⑥ 今後しばらくの間は「方向はプラスだが、水準は低い」という状態が続く。2020年4―6月期の落ち込みが大きかったために、コロナ前の水準(2019年10-12月期)を上回るのは、2022年4―6月期になると予想されている(図3参照)。このため、多くの人々にとって「実感なき経済回復」が続くこととなる。

  図3 GDPの水準の展望

図3 水準の動き

(出所)図1に同じ


2.コロナ危機への政府の政策対応をどう考えるか
(1)3つのフェーズに応じた政策対応
 コロナ危機下の経済は、次のような3つのフェーズに分けられる
 フェーズ1‥感染症防止のため経済活動を強く抑制する時期(2020年1-3月期~4-6月期)
 フェーズ2‥感染症の広がりと経済活動のバランスを保つ時期(7-9月期以降、現在に至る)
 フェーズ3‥感染症から解放され、新しい歩みを始める時期(いつになるかは不明)
 フェーズ2までの段階では、一時的なショックが永続的な傷として残らないようにすることが重要
 当面は水面下の経済が続くが、これは感染症への対応が原因であり、これまでの景気後退時のような需要刺激型の景気対策は取れない。
 本格的な景気刺激策はフェーズ3以降での課題となるが、その段階になると、抑圧されてきた需要(pent-up demand)が自律的に拡大することが期待できる。

(2)財政面での対応についての基本的考え方
 当面のフェーズ2段階においては、
① 一時的な雇用調整が、長期的な失業につながらないように
② 一時的な経営危機が、長期的な廃業・倒産等につながらないように
 するため、困窮分野への一時的所得補てんやつなぎ融資が基本となる

 ただ、危機にあっては、各方面から歳出拡大の要請が相次ぐ中で、不必要に歳出が拡大し将来の負担にならないよう留意が必要である。そうした観点からは、次のような点が重要となる。
① 各方面からの歳出拡大要求が重なるこのような時ほど、賢明な支出(wise spending)や証拠に基づく政策立案(EBPM:Evidence-Based-Poicy-Making)を心がけることが重要

② コロナへの対応が、できる限り将来世代への負担とならないよう、コロナ関係の歳出を別建てとしておき、コロナ危機終息後に、増税などによってこれを回収するような仕組みを考えておくべきである。

(3)これまでの政策的対応の中で浮かび上がったいくつかの課題
 未知の政策課題に対して、試行錯誤的な政策対応が行われる中にあって、個別には次のような面で課題が見られた。


① 景気対策としての大規模な財政出動の是非について
 感染症の拡散を防ぐことが景気の減速の原因になっていることを考えると、「景気が悪いから、財政面から需要を増やして対応する」という政策には慎重な検討が必要。特に、マクロ的な需給ギャップと財政政策の規模を結びつけるような議論は、必ずしも適切とは言えない。

② 全国民への一律10万円給付について
 お金に色は付いていないので、厳密な結論を出すことはできないが、前掲表1を見ても、少なくともマクロ的には、給付の大部分は単に貯蓄に回っただけとなっており、需要拡大効果はほとんどなかったと考えられる。緊急の事態で実行が難しかったという面はあるが、給付措置を取るのであれば、何らかの手段で困窮者向けに的を絞るべきだったのではないか。

③ GoToキャンペーンについて
 経済学的には、コロナ危機下における旅行や外食需要は、いわば「時限的な外部不経済」に当たる。教科書的には、外部不経済に対しては、「行動を抑制した主体に補助金を与える」か「行動に課税するか」のどちらかが必要となる。しかるに、GoToキャンペーンは「外部不経済の拡大に対して補助金を与える」ことになっている。
 机上の空論をお許しいただけるのであれば、旅行や外食に課税して、その財源で被害を受けた事業者を直接救済するのが、最適な政策だと考えられる。(感染防止、被害の救済、財政赤字の回避の三つを同時に達成できる)

3.ポスト・コロナの日本の経済社会はどうなるのか
 コロナ危機によって、それまでの課題がより大きなものとなる面と、経済が望ましい方向に進むきっかけになる面とがある。前者に対しては、より大きな努力が求められ、後者に対しては、コロナ危機を契機に生じた流れを生かしていくことが必要である。

(1)従来からの課題がより厳しいものとなる面
① 巨額の財政支出により、財政再建への展望が描けなくなっている。コロナ終息の見通しが付いた段階で、危機後の経済展望を前提に、財政再建への道を描き直すことが必要。

② 持続的な社会保障の実現のためには、給付の削減、または消費税率の引き上げなどの負担増が必要という状況はコロナ前と変わらないが、コロナ危機の中で、国民負担を求める議論が行われにくくなっている。

③ コロナ危機で物価上昇率が低下したため、デフレからの脱却がますます難しくなった

(2)望ましい方向に転ずるきっかけになりうる面
 これまで「進めるべきだ」と言われてはいたものの、なかなか進まなかった改革が、コロナ危機に背中を押されて、一気に進展する可能性がある。こうした流れを生かし、さらに推進すべきである。

① メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行
 生産性の向上、男女共同参画社会への移行、子育てと就業の両立などのためには、終身雇用的なメンバーシップ型雇用から、職務の内容を明示してキャリアが形成されていくジョブ型への移行が必要と言われていた。
 コロナ危機で急展開したテレワークはジョブ型との親和性が高く、これを機会にジョブ型への移行を進めようとする企業が増えつつある。

② デジタル化の進展
 コロナ危機によって、日本のデジタル化がいかに遅れているかが明らかになり、政府部門のデジタル化が急ピッチで進められつつある。

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