経済学の基礎で考える日本経済 「内部留保とは何か」

 昨日(10/30)の日本経済新聞(夕刊)に、2019年度の法人企業統計季報の記事が出ている(小さいが)。記事によると「2019年度の内部留保(利益剰余金)は前年度比2.6%増の475.2兆円となった。‥足元では新型コロナウィルス感染症の影響で業績が悪化した企業などで、内部留保を取り崩す動きが強まっている可能性がある。」となっている。
 この記事を読んだ人は、「日本の企業は利益を溜め込んできたが、コロナ危機で業績が苦しくなったのでそれを取り崩しているんだろう。なるほど」と考えたのではないか。しかし、経済学の基礎(というか会計の基礎)で考えてみると、話はそう簡単ではない。詳しく書いていると日が暮れてしまうので、要点だけ指摘しておこう。
1.フローとストックの概念を区別して考える
 経済にはフローとストックという概念があるのは誰でも知っているだろう。記事にある473兆円の内部留保というのは、ストックで、これまでのフローの利益の一部を積み上げてきたものである。記事に即して言えば、2019年度には稼いだ利益から配当や税金を差し引いて残った12兆円(フロー)が新たにストックとしての内部留保に加わったということである。
2.貸方と借方を区別して考える
 企業のストックの状態を示すのが貸借対照表で、その左側が借方(この命名は果たして適当だったか?)でお金の使い道を示し、右側が貸方でお金の調達を示す。内部留保は貸方の項目である。この内部留保を使わないで現預金として溜め込めば、借方の現預金が増える。これを設備投資に使うと、借方の固定資産が増える。
 すると、しばしば指摘される「企業は稼ぎを内部留保として溜め込まないでもっと設備投資に振り向けるべきだ」という指摘は見当違いだということになる。企業が稼ぎを現預金で溜め込んでも、投資に振り向けても、貸方の内部留保は不変であり、借方の現預金と固定資産の構成が変わるだけである。つまり、指摘したいのであれば、「内部留保を現預金として溜め込まないで、もっと設備の増強に振り向けるべきだ」と言うべきなのである。
3.内部留保は取り崩せるのか
 さらに考えて行くと、記事にある「コロナ危機下の企業が内部留保を取り崩している」という指摘も怪しくなる。この点については、既に2020年4-6月期の法人企業統計季報が公表されているので、企業の財務諸表に何が起きたかを知ることができる。これはこれで面白いテーマなのだが、前述のようにいつまでも議論を続けていると日が暮れてしまうので、今回のテーマに関係する部分だけを指摘しておこう。
 4-6月期には、コロナショックで企業の収益は大きく落ち込んだ(全産業前年比46.6%の減少)。このため当然フローの利益剰余金も減り、ストックの利益剰余金(内部留保)は前年比1.8%減少した。つまり、「内部留保を取り崩した」というよりは、「利益が大幅に減ったので内部留保を積み上げられなかった」というのが正しい。
 一方、4-6月期のストックの現預金は前年比11.2%増となっている。つまり、企業が溜め込んでいるお金は、コロナ危機下で、取り崩すどころかむしろ増えている。ここから先は全くの想像だが、おそらくコロナ危機で経営が大幅に悪化した企業は、なけなしの収益を、とりあえずは、投資ではなく現預金として保有しておこうと考えたのではないか。(2020年10月31日記)

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