経済学の基礎で考える日本経済16  「経済成長率の見方は意外に難しい」

 以下は、新年早々かなりマニアックな話である。大部分の人にとっては面倒なだけでちっとも面白くないだろう。しかし、そういうことは気にしないで、私の考えを書くことにする。
 経済指標で誰もが注目するのが経済成長率である。成長率の中でもさらに注目度が高いのが「年度平均成長率」である。例えば、12月23日の各紙は、政府の2022年度の経済成長率見通し(実質GDP成長率)が3.2%だと報じている。この3.2%というのは「年度平均成長率」である。
 だれも疑問に思わないようだが、年度平均成長率という計算方法は意外に問題がある。私はこれを「見かけ成長率」と呼んでいる。必ずしも経済の実力を示しているとは限らないからだ。
 図1を見て欲しい。図中の表ではケースA、B、Cの三つのパターンのGDPの推移を示したものだが、2年目のGDPはどれも同じである。ところが、2年目の平均成長率を計算すると、ケースAは8.2%、ケースBは5.0%、ケースCはなんとマイナス0.9%である。

   図1  前年の姿で変わる今年の成長率

2201  成長率図1

 こんなことになるのは、2年目の平均成長率は、1年目の経済成長のパターンの影響を受けるからだ。ケースBのように、1年目が停滞していると2年目の成長率は低くなり、ケースCのように1年目が下落していると、2年目の成長率はさらに低くなる。図には示していないが、1年目が後半に高い成長率になっていると、2年目は高めの成長率となる。
   これは、エコノミストの間では「ゲタ」として知られているものである。具体的には、前年度の平均GDPと前年度末(1‐3月期)のGDP(季節調整済み年率)との比率がゲタである。図2に示すように、前年度末の時点でGDPは前年度平均をゲタの分だけ上回っているので、当年度全く経済が成長しないでも、ゲタの分の成長率は実現できる。いわば前年度からのお土産のようなものである。

図2 各種成長率の関係

2201  成長率図2

   では、ゲタの影響を受けない実力を示す成長率の計算方法はないのか。何とそれがあるのだ。具体的には、前年度末の1‐3月期と、当年度末の1‐3月期を比較するのである(図2を参照)。これは「年度間成長率」と呼ばれるもので、当該年度1年間で経済がどれだけ成長したかを示す。私はこれを「実力成長率」と呼んでいる。
   図2を丁寧見に見れば分かることだが、「年度間成長率=年度平均成長率-前年度からのゲタ+翌年度へのゲタ」という定義式が成立する。この関係を使って、2021年度と22年度の成長率を比較してみよう。一般に、22年度の成長率は21年度より高くなるだろうと予想されている。12月に閣議了解された政府の経済見通しでは、実質成長率は21年度2.6%、22年度3.2%となっている。民間エコノミストの将来予測の平均(日本経済研究センター「ESPフォーキャスト調査」2021年12月)も、21年度2.7%、22年度3.0%である。
  では、年度間成長率はどうか。政府の見通しでは四半期ベースが公表されていないのでこれを計算できないので、フォーキャスト調査で計算してみると、21年度2.4%、22年度2.1%となる。今度は22年度の方が低い。つまり、実力としての成長力は22年度にわずかながら低下することになる。
   前述の定義式に分解すると、次のようになる。
21年度の年度間成長率(2.4%)=21年度平均成長率(2.7%)‐20年度からのゲタ(1.8%)+22年度へのゲタ(1.5%)
22年度の年度間成長率(2.1%)=22年度平均成長率(3.0%)‐21年度からのゲタ(1.5%)+23年度へのゲタ(0.6%)
  21年度と22年度で実力成長率と見かけの成長率が逆転するのは、もっぱら21年度から22年度へのゲタ(21年度の実力だが22年度の実力ではない)よりも22年度から23年度へのゲタ(22年度の実力に含まれる)が小さいことによってもたらされている。これは、22年度が後半に失速する(前半は落ち込みからの回復で高めの成長率になるが、後半は巡航速度に戻る)ことによってもたらされている。やや話が先走り過ぎるが、24年度の平均成長率は、前年度からのゲタが小さいので見かけ上低めに出るということになる。
  私は当該年度の成長力を見るのであれば、通常使われている「年度平均成長率」ではなく、「年度間成長率」の方が適切だと考えている。「何だそれは。そんな成長率は聞いたことがない」という人も多いと思うが、そう突飛な話でもない。例えば、アメリカの大統領経済報告には政府のGDP予想(projection)が示されているが、この成長率は「Q4-to-Q4」と表示されている。第4四半期同士の比較、つまり年間成長率である。私は、日本の政府見通しも年度間成長率で示したほうが良いと考えている。
  以上のようなことは、あまり教科書にも書かれていないことなのだが、現実の経済を観察する上では結構重要な視点である。私は長い間経済を観察する中で、上記のような考えを自力で練り上げてきた。本には出てこないが、自分は重要だと思うことを考えに考えて、自分なりに整理していくと、多くの人の経済についての見方が必ずしも適切ではないことに気づいたり、更には政府見通しの成長率計算方法を変更すべきだという、自分でも驚くような政策提言まで導かれる(多くの人に理解されるはずがないので、実行されることはあり得ないが)。全くのところ、私のような市井の一エコノミストにとって、これこそが経済観測の醍醐味である。こういうことがあるので、経済観測は、今年もまた私の趣味であり続けているのだ。
(2022年1月3日記、1月5日一部修正)

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