経済学の基礎で考える日本経済11  「物価の指標としてのGDPデフレータについて」

 一昨日(8/18)の日経新聞に「6月の交易条件、11年ぶり悪化幅」という記事がある。その中で「政府がデフレ脱却の指標として重視する『GDPデフレータ』もマイナスに転じる見通しだ。」とある。そこで、物価の指標としてのGDPデフレータについて考えてみよう。
 しばしば、GDPデフレータは物価の総合的な指標だと考えられている。デフレータは、GDPの名目値を実質値に割り引く指標である。例えば、名目個人消費を個人消費デフレータで割り引くと実質個人消費が得られる。すると、経済全体の経済活動である名目GDPを割り引くGDPデフレータは、経済全体の物価を示す総合的な指標だと考えたくなる。しかし、GDPを物価の総合指標と考えるのは誤りである。
   式で示してみよう、
実質GDPをY、実質国内需要をD、実質輸出をE、実質輸入をM
それぞれのデフレータを、Py、Pd、Pe、Pmとする。PyがGDPデフレータである。
名目GDPは、
Y・Py=D・Pd+E・Pe‐M・Pm
である。すると、
Py=(D/Y)・Pd+(E/Y)・Pe‐(M/Y)・Pm
となる。
   つまり、GDPデフレータは、各需要項目デフレータを、それぞれのGDPに占める比率でウェイト付けして合計したものである。ここで注意して欲しいのは、輸入デフレータがマイナス項目となっていることだ。すると、例えば、石油危機当時のように、石油の輸入価格が上昇して、日本の物価が上がるようなときには、GDPデフレータは低下するということである。物価の指標としては奇妙である。
   ところが、ここまでの議論は、「石油の輸入価格が上昇した時、輸入以外の各需要項目のデフレータは変化しない」という前提を置いている。石油の輸入価格が上がれば当然、国内の物価は上昇するから、各需要項目のデフレータも上昇する。この時、輸入価格上昇分によるコストアップ分が、全て各需要項目のデフレータの上昇となると、輸入価格上昇によるGDPデフレータの下落と、輸入デフレータ以外のデフレータの上昇がちょうど相殺されるため、GDPデフレータは不変となる。
    分かりにくいかもしれないが、次のように考えてはどうか。輸入価格の上昇によるコストアップが全て価格に転嫁されれば(価格上昇による数量減はとりあえず無視する)、各事業者の付加価値は不変である。GDPは国内で形成された付加価値を捉えたものだから、付加価値が変化しない時には、付加価値の合計についてのデフレータであるGDPデフレータも変化しないのである。
    すると、GDPデフレータには別の意味が出てくる。それは、物価の上昇が「輸入インフレ」か「ホームメイドインフレ(国内に原因があって物価が上昇するケース)」かという区別である。海外から物価変動の影響がやってきた時、それによるコスト変動が国内物価に反映されれば、国内物価は上昇しても、GDPデフレータは変化しない。ホームメイドインフレの場合は、物価上昇分だけ国内で形成される付加価値が増えているから、GDPデフレータが上昇する。つまり、GDPデフレータは、ホームメイドインフレの指標なのである。
   私は、経済企画庁内国調査課の課長補佐時代に、経済白書の原案を執筆する役割を担っていたのだが、第1次、第2次石油危機を経た1981年の経済白書で、GDPデフレータを使ってホームメイドインフレの議論を展開している。図がそれだ。第1次石油危機では、激しいホームメイドインフレが発生したが、第2次ではそれが抑制されているという議論である。この議論は、石油価格が上昇して消費者物価が上昇した時、賃金もそれにスライドして引き上げるべきかという、やや込み入った議論に発展していくのだが、長くなるのでこの辺にしておこう。

56年白書 ホームメードインフレ

(出所)経済企画庁「平成56年版経済白書」


 要するに、GDPデフレータは、物価の総合指標ではなく、ホームメイドインフレの指標である。GDPから物価の総合指標を得たいのであれば、図に出ている「総需要デフレータ」または「国内需要デフレータ」を使うべきであろう。
(2021年8月20日記)

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