経済学の基礎で考える国際経済2 「国際収支はグロスで見よう」

 週刊東洋経済(7/15号)の「経済を見る眼」に「『日本の稼ぐ力は衰えている』は本当か」を書いた。これは、国際収支を「収支」というネットで見るのではなく、「受け取り」と「支払い」それぞれをグロスで見た方が良いということを述べたもので、私としては結構面白い視点を提要できたのではないかと考えているので、使用したデータも含めて、やや詳しく解説しておきたい。
 5月に発表された2022年度の経常収支は9兆2千億円の黒字で、黒字額は前年度に比べて54%も減少した。これを受けて「これは日本の稼ぐ力が衰えていることを示している」ということが言われた。
 以下、表を参照しながら話を進めて行こう。経常収支の内訳をみると、モノ・サービス貿易の収支差は赤字幅が拡大する一方で、利子・配当などの第一次所得収支の黒字幅は拡大している。これを見ると、日本は貿易で稼ぐ力が衰え、もっぱら利子・配当で稼いでいるように見える。
 さて、私はかねてから、ネットの収支を「稼ぐ力」の指標とする考えに違和感を覚えていた。収支が「稼ぐ力」だとすると、日本が輸入を減らすほど貿易で稼ぐ力が強まり、日本人が海外に観光旅行に行かなくなると「旅行部門で稼ぐ力」が強まるというおかしな議論になる。
 これは、身近な家計の場合を見ればよく分かる。家計は。労働の対価として所得を得て、その中から消費活動を行い、所得と消費の差は貯蓄する。この場合、所得が「稼ぐ力」であり、消費は「使う力」とも言うべきものだ。所得と消費の差額は「溜め込む力」とでもいうべきだろう。
 すると、経常収支についても、グロスの受け取りが「稼ぐ力」であり、グロスの支払いは「使う力」、差額としてのネットの経常収支は「対外資産を溜め込む力」ということになる。
 この考えで22年度の経常収支をもう一度見てみよう。22年度の経常収支のグロスの受け取り額の合計は179.3兆円で、前年度より20.4%増えている。一方、グロスの支払額の合計は170.1兆円で32.1%も増えた。つまり、稼ぐ力は強くなったのだが、使う力がより強く発揮されたので、黒字が減り、対外資産を溜め込む力が弱まったというのが、22年度経常収支の姿だったのだ。
 さらに、グロスの数字を見ていくと次のようなことが分かる。
 第1に、稼ぐ力としては、製造業の力が圧倒的に大きいことが分かる。モノの貿易の受け取りは99.6兆円で、第一次所得の受け取り(51.7兆円)よりずっと大きい。しばしば話題になる旅行収支についても、その受取額は2.1兆円で、製造業の2%に過ぎない。ネットの収支では、この製造業の強大な稼ぐ力が、輸入の分だけ差し引かれてしまっているので、その実力を見ることができなかったのだ。
 第2に、ネットとグロスを比べてみると、第一次所得収支の存在感が大きく異なることが分かる。ネットでは、第一次所得収支が黒字の大部分を稼ぎ出しているように見えるが、グロスで見た稼ぐ力は製造業の約半分に過ぎない。「日本はもっぱら利子配当所得で稼いでいる」という指摘は誤りである。
 第3に、ネットで見た第1次所得収支の存在感が大きいのは、「受け取り額が大きい」ことも寄与しているが、「支払額が小さい」ことも寄与している。この点について、私は、その一つの理由は、対内直接投資が少ないからではないかと考えている。日本の累積対内投資金額のGDP比が主要国中でダントツに低水準であることは良く知られている。対内投資が少ないので、海外への利子配当の支払いが少ないのだ。グロスで見た直接投資からの受け取りは51.7兆円であるのに対して、支払いは4.5兆円に過ぎない。つまり、ネットで見た第一次所得収支が大きいことは、対内直接投資の恩恵を享受するために、日本が支払う力を十分発揮していないことを示していることになる。
 これまで多くの人々は、「国際収支」というからにはネットの収支を見るのが基本だと何となく考えていたのではないか。しかし良く考えてみると、輸出から輸入を差し引いて考えなければならない理由はない。他の収支項目も同じだ。経済はグロスで動いているのだから、グロスの数字を基本的に見るべきなのである。
      表 ネットとグロスで見た経常収支の姿

(2023年7月11日記)

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