経済学の基礎で考える人口問題9 「こども未来戦略方針」に異議あり

 政府は、23年6月「こども未来戦略方針」なるものを発表した。この文書の最初の「基本的考え方」の、さらに最初の部分を一読してみた。
 この文書では、冒頭次のように書いている。
「こうした急速な少子化・人口減少に歯止めをかけなければ、我が国の経済社会システムを維持することは難しく、世界第3位の経済大国という、我が国の立ち位置にも大きな影響を及ぼす。人口減少が続けば、労働生産性が上昇しても、国全体の経済規模の拡大は難しくなるからである。今後、インド、インドネシア、ブラジルといった国の経済発展が続き、これらの国に追い抜かれ続ければ、我が国は国際社会における存在感を失うおそれがある。」
 この文章だけで、私には既に多くの異議がある。
 第1は、「経済規模を維持するために少子化・人口減少対策を講じる」というロジックになっていることだ。「国の規模(GDP)が大きいことが国民を幸せにするということはなく、一人当たりのGDPが大きいことが国民を幸せにする」というのが私の常識である。インドの人口は日本の10倍だから、インドの一人当たりGDPが日本の10分の1になったら、日本とインドの経済規模は同じになる。これを避けることはできないし、インドに経済規模で抜かれたからといって、国民が不幸になるわけではない。
 確かに、経済規模が相対的に劣るようになれば、国際的地位は相対的に低下するのかもしれないが、「日本の国際的地位を保つために子供を増やし、人口を減らさないようにしましょう」というのは、かなり時代錯誤の考え方である。私などは、こうした「経済規模が重要だ」という主張が、政府の公式文書に、何のためらいもなく堂々と出てきたことが不思議に思える。
 第2に、政策目標が明確ではない。「少子化・人口減少に歯止めをかけなければ」と言っているのだから、政府は歯止めをかけようとしていることは分かる。しかし、歯止めをかけるとは何かが分からない。
 「少子化に歯止めをかける」ということであれば、「出生率の低下傾向に歯止めをかける」ということなのかもしれない。現時点の出生率は相当低いから、これはある程度可能かもしれない。
 あるいは「出生数の減少傾向に歯止めをかける」ということかもしれない。この場合は、出産可能な女性の人口そのものが減ることを考えなければならないので、単に出生率を引き上げただけでは、出生数が増えるわけではない。かなりハードルは高い。
 素直に読むと「人口減少に歯止めをかける」と言っているのだから、人口の減少そのものをストップさせるということなのかもしれない。その場合、出生率を置換水準の2.07にしなければならないので、これは「ハードルが高い」というより「実現不可能だ」と言った方がいい。
 「歯止めをかける」と勇ましく宣言しても、その歯止めなるものが何を意味しているかが分からないので、評価のしようがないと私は考え込んでしまう。
 第3に、経済との関係で人口要因を大きく考えすぎている。
 文書は「人口減少が続けば、労働生産性が上昇しても、国全体の経済規模の拡大は難しくなる」としているが、これは本当だろうか。これを成長に読み替えると「人口減少が続けば、労働生産性が上昇しても、経済は成長できない(マイナス成長になる)」ということになる。しかし、日本は2008年頃から人口は減少しているが、マイナス成長になったのは、リーマンショックやコロナの影響を受けた時だけで、大部分はプラス成長である。人口が減っても、経済成長をプラスに維持することは比較的簡単にできることなのである。
 また、名目経済規模を大きくしたいのであれば(実質GDPの国際比較は意味がないので)、為替レートを円高にしていけばいい。年数%の円高であれば、これも十分可能である。
 最初の部分をざっと見ただけで、これだけの異議が出る。さらに読んで行くともっとたくさん出そうだが、疲れてきたので今回はこの程度にしておこおう。
(23年6月25日記)


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