コロナ危機下の日本経済と経済・財政政策の課題

 本日(3月17日)、自民党の財政構造のあり方検討小委員会で「コロナ危機下の日本経済と経済・財政政策の課題」について説明した。以下がその時に配布した資料の全文である。2月の衆院予算委員会公聴会で配布した資料とほぼ同じだが、経済の現状の部分を簡素化し、財政政策についての部分を書き足している。       

コロナ危機下の日本経済と経済・財政政策の課題
                        2021年3月16日
                    大正大学地域構想研究所教授 小峰隆夫

1. コロナ危機下の日本経済についての基本認識
① コロナ危機下の経済は、感染症への対応の度合いに応じて、毎期、激しい変動を繰り返しているが、基調としては、2020年5月を底として回復過程にあるというのが多くのエコノミストの見方。

② 今後を展望すると、2021年1-3月期は大きなマイナス成長、4―6月期は大きなプラス成長が見込まれ、その後は1.5~2%程度の成長を維持すると見込まれている(図1①参照)。

③ ただし、コロナ前の水準(2019年10-12月期)を上回るのは、2022年4―6月期になると予想されている(同図②参照)。このため、 今後しばらくの間は「方向はプラスだが、水準は低い」という状態となり、多くの人々にとって「実感なき経済回復」が続くこととなるものと見込まれる。(追記:3月16日公表のESPフォーキャスト調査に基づいて計算すると、コロナ前の水準を上回るのは2022年1-3月期になる)

自民党図1

2.コロナ危機への政策対応についての基本的な考え方
(1)3つのフェーズに応じた政策対応
・コロナ危機下の経済は、次のような3つのフェーズに分けられる
 フェーズ1‥感染症防止のため経済活動を強く抑制する時期(2020年1-3月期~4-6月期)
フェーズ2‥感染症の広がりと経済活動のバランスを保つ時期(2020年7-9月期以降、現在に至る)
フェーズ3‥感染症から解放され、新しい歩みを始める時期(いつになるかは不明)

・フェーズ2までの段階では、感染症の拡大への影響を考慮せざるを得ないので、これまでの景気後退時のような需要刺激型の景気対策を取るのは困難であり、一時的なショックが永続的な傷として残らないようにすることが基本となる。
このため、
① 一時的な雇用調整が、長期的な失業につながらないように
② 一時的な経営危機が、長期的な廃業・倒産等につながらないように
するため、困窮分野への一時的所得補てんやつなぎ融資が基本となる。

・この点については、これまでのところ、倒産の多発、失業者数の大幅な増加等は避けられており、基本的にはうまく切り抜けてきたと考えられる。

・本格的な景気刺激策はステージ3以降での課題となるが、その段階になると、抑圧されてきた需要(pent-up demand)が自律的に拡大することが期待できる。

(2)財政面での対応についての基本的考え方
・危機にあっては、各方面から歳出拡大の要請が相次ぐ中で、不必要に歳出が拡大し将来の負担にならないよう留意が必要である。そうした観点からは、次のような点が重要となる。

① 各方面からの歳出拡大要求が重なるこのような時ほど、賢明な支出(wise spending)や証拠に基づく政策立案(EBPM:Evidence-Based-Poicy-Making)を心がけることが重要。

② コロナへの対応が、できる限り将来世代への負担とならないよう、コロナ関係の歳出を別建てとしておき、コロナ危機収束後に、増税などによってこれを回収するような仕組みを考えておくことも一案。

(3)これまでの政策的対応の中で浮かび上がったいくつかの課題
・未知の政策課題に対して、試行錯誤的な政策対応が行われる中にあって、個別には次のような面で課題が見られた。
① 景気対策としての大規模な財政出動の是非について
 感染症の拡散を防ぐことが景気の減速の原因になっていることを考えると、「景気が悪いから、財政面から需要を増やして対応する」という政策には慎重な検討が必要。特に、マクロ的な需給ギャップと財政政策の規模を結びつけるような議論は、必ずしも適切とは言えない。

② 全国民への一律10万円給付について
 お金に色は付いていないので、厳密な結論を出すことはできないが、少なくともマクロ的には、給付の大部分は単に貯蓄に回っただけとなっており、需要拡大効果はほとんどなかったと考えられる(表1参照)。緊急の事態で実行が難しかったという面はあるが、給付措置を取るのであれば、何らかの手段で困窮者向けに的を絞るべきだったのではないか。

自民党表1

③ GoToキャンペーンについて
 経済学的には、コロナ危機下における旅行や外食需要は、いわば「時限的な外部不経済」に当たる。教科書的には、外部不経済に対しては、「行動を抑制した主体に補助金を与える」か「行動に課税するか」のどちらかが必要となる。しかるに、GoToキャンペーンは「外部不経済の拡大に対して補助金を与える」ことになってしまっている。

3.中長期的に見た経済・財政政策のあり方
 コロナ危機後を見据えた経済・財政政策のあり方を議論しておく必要がある。

(1)再びやってくる人手不足への対応
・コロナ危機後には、再び人手不足が経済の制約要因となることは確実。生産年齢人口が減少する中で、いかにして経済成長を維持し、国民福祉を高めていくかが最大の課題。
 人手不足に対しては、これまでは、主に女性や高齢者などの非正規労働力の参入に頼る「動員型」の対応だったが、これでは賃金も成長力も高まらない。技術革新の推進、労働移動の弾力化、規制改革などにより、労働者一人当たりの付加価値生産性を高めていくことが必要。
・公共投資による景気対策は、その公共投資が実行された時だけに効果が現れるものであり、中長期的な成長力の底上げにはならない。むしろ、労働力を通じたクラウディングアウトを通じて、民間の成長力を阻害する可能性すらある。

(2)財政再建に向けての議論を
・コロナ収束の見通しが付いた段階で、コロナ危機後の経済展望を前提に、財政再建への道を描き直すことが必要である。その留意すべき点は次の通り。

① まず達成すべきはプライマリーバランスの均衡化
 長期的に見て、名目成長率=長期金利とすると、プライマリーバランスが赤字の場合は、債務残高のGDP比率が発散的に上昇するから、いずれは財政の持続性が失われることになる。プライマリーバランスの均衡化は、財政再建の第1歩である。
 その際には、楽観的な経済前提(高めの名目成長率、低めの長期金利など)ではなく、より慎重な前提を置くことが必要。楽観的な前提は、計画が未達となるリスクを高める。

② 社会保障の持続可能性を回復することが重要な課題
 団塊の世代が後期高齢者となっていく中で、放置すれば社会保障給付はさらに増加し、社会保障の持続可能性がさらに問われる。
 これに対処するためには、ことが、国民福祉のうえからも、財政再建の上からも重要。これに対処するためには、給付の削減、または消費税率の引き上げなど、何らかの国民負担増が必要という状況はコロナ前と変わらないが、コロナ危機の中で、国民負担を求める議論が行われにくくなっているが、コロナを言い訳にしない決意が必要。

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