経済学の基礎で考える日本経済 「『貯蓄から投資へ』の論理を問う」

 金融財政事情(11月30日号)に「安心ミライへの『資産形成』ガイドブックQ&A」(三井住友トラスト・資産のミライ研究所編、金融財政事情研究会)の書評を書いた。書評そのものは掲載誌を見てもらうことにして、ここでは、この本を読みながら改めて感じたことで、書評で取り上げるには適さないことを書いておきたい。いくつかあるのだが、今回は「貯蓄から投資へ」というスローガンについて取り上げる。
 実は、私はもともとこの「貯蓄から投資へ」というスローガンの意味が良く分からなかった。国民経済計算では、可処分所得から消費を除いた部分が「貯蓄」となり、それは事後的には必ず国内または海外の投資となる。貯蓄と投資は一致するしかないので、「貯蓄から投資へ」と言われても困るのだ。
 この点について本書に説明があった(21ページ)。このキャッチフレーズは、1996年の金融ビッグバン以降登場するようになり、2001年6月の骨太方針(小泉内閣)で使われて以降、金融行政のスローガンになったのだという。その狙いは、当時間接金融下で不良債権の累増が大きな政策課題となる中で、「企業が国民から直接お金を貸してもらう」直接金融にしようということだった。そこで、家計に積極的な証券投資を奨めるという方策が推進されたというわけである。
 なるほど、多分そうだとは思っていたが、この記述で「貯蓄から投資へ」に至る経緯が良く分かった。しかし、よく分かってみると、このスローガンへの違和感はさらに高まる。
 第1に、やや上から目線的な姿勢が気になる。家計に、証券投資の比率を上げましょうと呼びかけるのは、何となく「皆さんは知らないでしょうが、もっと証券投資をすると資産形成に有利ですよ」と教えられているような気がする。しかし、家計も馬鹿ではないから、自らの判断で、住宅投資を行い、貯蓄を現預金、証券投資、保険などに振り向けているはずだ。直接金融にしたいというのであれば、家計にスローガンで呼びかけるのではなく、家計が自らの自由な判断で直接金融を選択するような金融環境を整備するのが王道であろう。
 第2に、注文を付ける相手が違うのではないかという気もする。家計がリスク性の低いポートフォリオを選択するのは、老後や不時に備える意識が強いからだ。この傾向は、今回のコロナ危機でさらに強まっている可能性が高い。頑健な社会保障があり、セーフティーネットが整備されれば、自ずから家計のポートフォリオも変わるだろう。また、投資を呼びかけるのであれば、家計ではなく企業であろう。日本では90年代末頃から、一貫して企業部門が貯蓄超過という異常な事態が続いている。是正するとすればこちらではないか。
(2020年11月28日記)

(2020年12月1日一部修正)

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