経済学の基礎で考える日本経済14 「川上からの物価上昇」
本日(11月12日)の日経新聞に「原材料急騰、企業を圧迫、企業物価40年ぶり伸び、消費財への波及焦点」という記事がある。これは、川上(輸入段階)で生じた物価上昇が、原材料→中間財→最終財と波及していく時、価格転嫁が進まないと、企業収益の悪化要因になるというストーリーである。このストーリー自体は正しい。
この記事の中で、10月の企業物価指数の上昇率を段階別にみると、川上の素原材料から中間財を経て最終財へと川下に行くにしたがって物価上昇率が低くなっていることを紹介し、このように価格転嫁が進まないことが企業収益の悪化要因になっていると指摘している(私が適当に要約)。
日本銀行の企業物価指数の原典に当たってみよう。10月の企業物価指数の上昇率(前年比)を段階別にみると、素原材料(63.0%)→中間財(14.3%)→最終財(3.8%)となっている。確かに川下に行くほど上昇率は低く、企業はコストアップを価格に転嫁できていないように見える。
さてここから話がややこしくなるのだが、私は「企業の価格転嫁が進まず、収益の圧迫要因になっている」という結論には賛成である。しかし、「川下に行くにしたがって物価上昇率が低くなっていることがその証拠だ」という主張には賛成できないのだ。
その理由は、仮に順調に価格転嫁進んでいたとしても、川下に行くにしたがって物価上昇率は低くなるからだ。理屈は簡単だ。素原材料の価格に占める輸入コストの割合は高いが、川下の最終財に近づくにしたがってその割合は下がるからだ。筆者は実務に疎いので、実例をうまく挙げられないが、例えば、原油を1リットル50円で輸入してきて(素原材料)、これをガソリンに加工して1リットル100円でガソリンスタンド卸し、スタンドはこれを1リットル150円で売っていたとする。ここで原油価格が1リットル50円引き上げられたとする。素原材料の価格は1リットル100円となり100%上昇する。中間財であるガソリンは、同じく50円のコストアップだから1リットル150円となり、物価は50%上昇する。そしてスタンドのガソリンは1リットル200円となり33%上昇する。価格転嫁が完全に行われ、企業収益に悪影響がない場合でも、川下に行くにしたがって物価上昇率が下がることが分かるだろう。
つまり、最初の「価格転嫁が進まないので、企業収益が圧迫されている」ということを分析的に示すためには、価格転嫁が順調に進んだ場合の段階別の物価上昇率を計算し、それに比べて現実の上昇率が低いということを示す必要があるわけだ。これは結構面倒な作業である。
なお、同じように、川上からのコストアップで企業収益が圧迫されているということは、企業ベースの交易条件(仕入れ価格と販売価格の比)が悪化していることによっても示される。ただしここでも、仕入れ段階でのコストアップ要因のウェイトと販売段階でのそのウェイトは異なる(販売価格に占めるウェイトの方が小さい)ので、単純な交易条件指数を見ていただけでは不十分となる。
このように、何気ない主張でも良く考えてみるとそれほど簡単ではないことが分かる。そこが経済分析の面倒なところであり、だからこそ面白いところでもある。(2021年11月12日記)
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