東京一極集中と出生率の関係

 2020年10月23日の日本経済新聞経済教室で、山崎朗氏が「東京都から地方に人口移動を促せば日本の出生率、出生数が高まるというのは、仮設というよりも幻想に近い」と述べている。全くその通りだ。以下私の考えをやや詳しく述べよう。
 地域振興、地域創生は10年に1度くらいの周期で政府の重点施策として取り上げられ、そのたびに何らかの新機軸が打ち出されてきた。1988~89年に当時の竹下登総理の肝いりで行われた、全自治体に使途自由の1億円を一律配布した「ふるさと創生1億円事業」がその典型だ。
 2014年からは、安倍内閣の下で地方創生への取り組みが始まり、現在も進行中である。 この地方創生がこれまでの地域振興と大きく異なる点は、それを人口政策と関係付けた点にある。「まち・ひと・しごと推進本部が決定した「地方創生推進の基本方針」(2014年9月12日)では、「50年後に1億人程度の人口を維持するため『人口減少・地方創生』という構造的な課題に正面から取り組む」としている。
 地方創生を進めるとなぜ人口1億人が維持されるのだろうか。その鍵を握るのが「東京一極集中の是正」である。この東京一極集中是正という政策目標も、しばしば掲げられてきたのだが、現在進行中の東京一極集中是正論の大きな特徴は、それが人口問題、少子化対策と密接に関連付けられていることだ。
 ではなぜ東京一極集中を是正することが少子化対策となり、人口1億人目標の達成に資するのか。その唯一の理由は、東京の出生率が低いということである。例えば、「まち・ひと・しごと創成長期ビジョン」では次のように述べられている。「こうした人口移動は、厳しい住宅事情や子育て環境などから、地方に比べて低い出生率にとどまっている東京圏に若い世代が集中することによって、日本全体としての人口減少に結びついていると言える。」つまり、東京の出生率は全国で最も低い。その東京に人が集まってくるから、全国の出生率も低くなる。東京一極集中を是正すれば、より出生率の高いところに人口が移るわけだから、日本全体の出生率は高まるはずだという議論である。
 つまり、誰もそれほどのものとして認識していないようだが、「東京一極集中を是正すると出生率が上がる」という命題は、地方創生、人口一億、東京一極数中是正という3点セットを結びつけるほとんど唯一の大変重要なロジックなのである。ところがその超重要なロジックはかなり怪しいというのが私の診断である。これには、ロジックの上からの問題と数量的な観点からの問題の二つがある。
 ロジック上の問題としては、「東京都の出生率だけを見ていていいのか」という問題がある。結婚市場と居亜中住コストという観点を考慮すると、東京都の出生率が低いのは、東京は結婚に至るマッチングの場、周辺県が結婚後の居住の場として機能しているからであり、東京圏全体の出生率は特に低いわけではないという議論がある(注)。
 数量的な議論としては、仮に東京から他地域に移動した場合に、その地域の出生率がそのまま実現すると仮定しても、それが日本全体の出生率を改善する効果は極めて小さい。2019年の出生率は、全国平均が1.36、最も低い東京都は1.15、九州7県の平均は1.62である。例えば、仮に東京都の人口の1割(130万人)が九州に移住し、移住先の出生率がそのまま実現したとしても、それによって全国の出生率が上昇する効果はたったの0.0048ポイント程度である。
(1.62-1.15)×130/12600=0.0048
東京都の人口の10分の1が移住することなどありえないが、それがあったとしても、その効果は四捨五入で消えてしまう程度なのである。
 詳しい議論は省略するが、同じような計算をすると「これまで全国的な出生率が低下してきたのは、人口が東京に集中してきたからである」という命題も否定される。全国的に出生率が低下したのは、各地域で出生率が低下したからである。
 こうして地方創生戦略の鍵を握る命題が否定されてしまうと、現在進められている「地方創生で人口1億人」「東京一極集中是正で出生率上昇」という地方創生戦略そのものの論理的基礎がくずれてしまうということになる。

(注)詳しくは、日本経済研究センター「大都市研究会都市問題研究会報告」第4章「東京は『日本の結婚』に貢献」(2015年7月)中川雅之日本大学教授執筆、を参照。
https://www.jcer.or.jp/research-report/20180829-43.html


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