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ダヴィッド・プリュドムを数冊買う。

 David Prudhommeの『レベティコ』がついに日本語訳でるそうですね。http://thousandsofbooks.jp/project/rebetiko/

→出版されました!

 個人的には大ニュースです。プリュドムはかなり好きなマンガ家です。1969年生まれのフランスのマンガ家。それにも関わらず通読したのはレベティコのみです。私はフランス語が全然わからないので、絵や演出しか見ることができないのです。マンガで大事なのはもちろんストーリーと演出です。絵も大事なんですが、やっぱり演出の方が大事なんじゃないかと思います。絵画とマンガとの決定的な差はここにあります。

 レベティコは1936年のギリシャを舞台にした物語です。もちろん、レベティコはギリシャの大衆歌謡。30年代のギリシャ!もうそれだけで最高ですね。クラシックだと作曲家のニコス・スカルコッタスが活躍してた時代です。この本を買ったのは2014年ですが一緒にイゴルト(Igort)の『FATS』という漫画を手に入れました。こちらもファッツ・ウォーラーというアメリカのジャズ・ピアニスト/シンガー/ソングライターの伝記です。彼も30年代に活躍しました。

 あまり日本ではこの戦前のころの時代にノスタルジーを感じる、魅力を感じるような感覚はウケませんね。永美太郎さんのマンガ『エコール・ド・プラトーン』も文豪、というフックのみでウケてる感じがします。私は1920年代の人が動いて青春してるだけで十分に楽しいのですが。夢とロマンがありますよ。

 私が他に持っているプリュドムのマンガはパスカル・ラバテとの共作『Rein in die Fluten!』です。ドイツ語版を持ってます。部屋にみつからないので拾い画で失敬。

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 プリュドム『レベティコ』もラバテ『イビクス』も根性で画面を描き込んでゆくスタイルでしたが、近年のものは割と簡素な線に若干サイケでカラフルな色彩をデジタルで置いてゆくスタイルになってます。

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 今回買ったのは『La TOUR des MIRACLES』(2003)という作品。Étienne Davodeauとの共作。ジョルジュ・ブラッサンスっていう社会派の歌手がいます。たぶん彼についてのマンガなんでしょうが中身は読めないのでわかりません。中学生のころシャンソン・ド・パリや、シャンソン・ベスト・コレクション1500といった廉価盤の編集レコードをよく買いました。今と違ってCDよりもはるかに安かったのです。オーケストラが好きでシャンソンを聴いていたので、ブラッサンスの弾き語りはなにを言ってるのか当時はよくわからなかったのですが、今聴くとめちゃめちゃいいですね……。「僕は牙の削がれた猛犬だ」なんて言われても14、15じゃわからんですよね。今ではシャンソン聴かなくなってしまったので、もう一度ちゃんと向き合わなきゃいけないとも思います。

 母がエディット・ピアフのファンで、それで自分でも聴き始めたのです。ジュリエット・グレコとか、ダミアとか。ジャズの話はギリギリ同世代の人とすることはありますが、シャンソンはほとんどないですね。フランスの旅行ガイドにシャンソンについての記事があり、そこにセルジュ・ゲンズブールが紹介されていて時代を感じました。「リラの門の切符切り」はシャンソンという感じがしますが、それ以降はイエイエをやったりアメリカ式のポップスという印象が強いです。どうでもいいのですがギターと歌で構成された5番目のアルバム『コンフィデンシャル』が一番好きです。さらにどうでもいいのですが、ジュリエット・グレコとマイルス・デイヴィスの恋愛を描いたマンガが新刊本として本屋で売ってました。絵が好みでなかったので買いませんでしたが。


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 話もどって『La TOUR des MIRACLES』です。中身の絵はわりと簡素に描いてありました。それにしても日本のマンガと、絵の作り方が決定的に違いますね。色の使い方にそれがあります。たとえばエルジェの『タンタン』のような絵は、線画に色指定で色を重ねてゆくので基本的に白黒ベースの発想で描かれています。日本のものとその点では変わりません。

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 このプリュドムのマンガ『La Farce de Maître Pathelin』(2006)は今回の旅行で購入したマンガで一番のアタリです。これなんかわかりやすいですが、白い画面に黒いペンで絵を描く発想ではなくて最初から有色地に色面を置いてゆく発想なんですね。普通日本のマンガだと白色からスタートするのですが、このマンガの場合は茶黄色(イエローオーカー)の地から始まり、白色はハイライトとして描くものなのです。これは輪郭線で対象物をとらえるか、明度(バルール)や固有色でものをとらえるかという違いにつがなります。

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 これはルーベンスのデッサンですが白も塗ってるでしょう。現代のプリンターはCMYKですが、これは全部白い紙にシアン、マゼンダ、イエロー、ブラックを乗せてゆくのでこういう絵とは発想のはじまりが違います。某海外マンガ家が、日本の出版社に邦訳条件として「白色」を印刷しろと言ったとか言わなかったとかそんな話を耳にしましたが、かなり感動しました。そんな印刷機があるのか知りませんが、実に西洋絵画的発想ですね。ちょっとフランスで美術館めぐりしてたので、柄にあわない話してみました。

 このマンガのタイトルを調べたところパトラン先生というファルスだそうです。1456~69年の作で、作者不詳。どんな筋書きでしょうか。集英社世界文学大事典によるとこうです。

「(前略)筋立てはきわめて巧妙かつ明快だ——狡猾(こうかつ)な弁護士パトランは,強欲だが頭の鈍い羅紗屋から羅紗を騙し取る。羅紗屋が請求に来ると女房ギユメットと共謀,錯乱した瀕死の病人をよそおって撃退する。憤懣やるかたない羅紗屋は,預かった羊をくすねては密殺していた羊飼いチボー・ラニュレを訴える。その弁護を引き受けたのがパトラン。勝ち目がないと見て,羊のように「メー」とだけ答えろと指示する。裁判所で変装した弁護士の正体を知った羅紗屋は逆上,パトランと羊飼いの両方に食ってかかり,告発事由が騙し取られた羅紗のことなのか,密殺された羊のことなのか,裁判官には一向わからない。しかも,羊飼いはなにを尋問されても「メー」としか答えぬため,呆れた裁判官は告訴を却下,羊飼いを憐れんで無罪放免する。哀れな羅紗屋は諦めきれず,なおも支払いを迫るが,パトランは取り合わない。だが,羊飼いのほうがさらに一枚上手。弁護料を請求されても,「メー」としか答えない……。〈詐欺にかかった詐欺師〉という常套的な喜劇のテーマにすぎないが,この笑劇の工夫は,それを二重に絡ませて展開した点にある。したがって,絡み合いの頂点をなす,パトラン,羅紗屋,羊飼いの勢ぞろいした裁判所の場面が圧巻だ。主役3人はもとより,脇役のギユメット,裁判官にも,役柄・性格にふさわしい,生き生きとした,巧みな,滑稽な台詞が割り振られ,観客の笑いを絶えず誘わずにはおかない。事実,完成度でこれに匹敵する喜劇作品はモリエール以前になく,また現代でもなお上演されて成功する珍しい例の一つである。(新倉俊一)

 だそうです。面白そうです。また脱線しますが、モリエールは人生ではじめて描いた石膏像です。

 プリュドムのマンガ版はデフォルメされた人物がいろいろな表情をして、心理戦を展開してみせています。表情の切り返しや、人物が数コマにわたって長台詞を言うときに、いろいろなポーズをとってみせるさまは確かに演劇的と言えるのかもしれません。過度なクローズアップや切り返しは日本のマンガの特徴としばしば言われますが、本作ではそれより徹底した演出がとられております。邦訳されてほしい作品です。ちょっとおもしろい演出を紹介します。

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 このシークエンスはかなり「映画的手法」っぽいですね。私はこの言葉苦笑いしながらいつも使うんですがそれは置いておいて、二通りの意味で「映画的」です。一つはまるでカメラがどんどんレールで対象物から退いてゆくかのように描かれている点。もう一つはサイレント映画期に鍵穴から部屋の中を覗くような演出がよくあったからです。

 他にもいいシーンがいっぱいありました。延々と与太話が続いてしまうのであとの本は手短に。

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 こちらは『La Marie en plastique, scénario』(2007)。パスカル・ラバテとの共作。うわ~5コマ目のブラウン管テレビの描き方がいいですね。焦げ茶の四角形をとって曖昧に黒い輪郭線のない青色でモニターの形をとっている。モニター下の縁に曖昧に下地が見えてるところなんかおしゃれです。絵がうまいから、1~2コマ目のような微妙な動作が描ける。1コマ目のおばさんは重心が少し後ろに反り返り、2コマ目で前に傾く。飛んだり跳ねたりするのだけがアクションではないのです。

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 こちらはオムニバス集。『Le jour où...: 1987-2007 : France Info, 20 ans d'actualité』(2007)ラバテ、プリュドム、ダヴィッド・ベー、ジョー・サッコなどなど。かつて日本でも翻訳された作家から、未邦訳のイケてる作家までいろいろ乗っています。このころラバテとプリュドムはかなり画風が接近しています。一緒に共作してるんだから、そりゃそうか。

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 話はさっぱりわからんけれどもイケてますね。2005年の作品らしい。おじさんの表情が最高。ヨーロパのさえないおじさんが好きなので100点です。

 最後に。みなさんもこの『レベティコ』の邦訳プロジェクトはじまりましたら支援しましょう。はじまったらtwitterで私も宣伝したく思います。本当に楽しみです。

http://thousandsofbooks.jp/project/rebetiko/

 2019.11.6

 ◎わたしが描いたマンガの単行本『電話・睡眠・音楽』は劇画の短編集で14作掲載されてます。基本的にガロ系です。A5判型344ページ。表題作はここ(トーチweb)で全部よめます。新品買ってね!


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